ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

2025-01-01から1年間の記事一覧

貌のない言葉という凶器 〜「踊りつかれて」塩田武士

SNSを中心にしたネット上の言論空間を、みなさんはどう感じているのでしょうか。たぶんSNSとの接し方は、世代によって大きく異なる。昭和の時代に人格形成が終わったわたしから見れば、SNSは便利な道具であると同時に、底知れない闇を抱えていて、しかも闇が…

より健やかな末期のために 〜「私はがんで死にたい」小野寺時夫

「死ぬなら、がんで死にたいんだよ」 と、いきなり知人に言われたら、あなたはどう思うでしょう。「縁起でもない」とか「がんはいやだ」とか、とっさに拒絶感を抱く人は、少なくないのではないでしょうか。 厚労省の統計で日本人の死因の1位はがんであり、2…

なんで外来語はカタカナなの? 

2、3カ月ごとに酒を飲み交わす仲間たちがいて、先日は「暑気払いに焼肉!」というお題で声がかかりました。わたしが現役のころからの飲み会なので、もう10年以上続いています。 メンバーは50代から60過ぎで、かつて在籍した会社の後輩ではないけれど、仕事を…

歴史の深い面影をたたえ 〜「古都」川端康成

人はみな<今>を生きています。当たり前だけれど。ところが、人は<今>というものの豊さやかけがえなさを、ほんの少ししか受け止めることができません。だから過去を振り返って、「ああ、あのときは...」と感慨にふけったり、悔やんだりする。そして時を経…

無垢な心 天才の心 〜「アルジャーノンに花束を」ダニエル・キイス

「アルジャーノンに花束を」(ダニエル・キイス、ハヤカワ文庫)を読むと、否応なくわたしたちは、人の幸福とは何かを問われ、欠陥だらけのこの社会の現実を直視することを強いられます。そして苦悩する主人公の姿に、胸を熱くする読者も少なくないと思いま…

フェルメールの黄色

フェルメールの絵を見るほど、心に広がるのは静謐です。 これほど慎ましやかでありながら、色彩の力を画布に定着した人はいないと思います。情熱的で荒々しく、構図も色も雄弁な画家はたくさんいます。フェルメールはわたしにとって、その対極。日常を描いて…

余韻をはらんで言葉は流れる 〜「沈むフランシス」松家仁之

散文詩を読むように、小説「沈むフランシス」(松家仁之、新潮文庫)のページをめくりながら、わたしはずっと考えていました。この文章(文体、表現の作法、エクリチュール)の魅力は、どこから生まれてくるのだろう...。 なによりもまず、丁寧な記述です。…

幕末と維新 彼らは生き抜いた 〜「潮音」宮本輝

歴史小説の主人公は概ね、名を知られた武将たちです。戦国大名や軍師たち、幕末から維新にかけてであれば近代への扉を開いた志士たち。ところが「潮音」(宮本輝、全4巻、文藝春秋)は、越中富山の一人の薬売りが主役です。 幕末に生まれた薬売りが、老いて…

鉛筆を削る

5月の大型連休明けに、鉛筆10数本をカッターナイフで削りました。熱いコーヒーを横に置き、削り始めると、いつの間にか鉛筆の先に神経を集中して周囲が見えなくなります。 10Bや4Bといった濃い鉛筆は減りが早く、使用頻度の割にずいぶん短くなっています。9H…

かけがえのない日々 〜「火山のふもとで」松家仁之

松家仁之(まついえ・まさし)という作家を知ったのは、本猿 (id:honzaru)さんのブログを通してでした。書かれていたのは、松家さんのデビュー作である「火山のふもとで」(新潮文庫、読売文学賞受賞作)についての、最高級の賛辞を含んだレビューでした。 …

終着駅の春

家を出て車で2時間半、豪雪地でもある福井県大野市(越前大野)は、盆地にある古い城下町です。北陸自動車道福井北ICから、岐阜方向へ中部縦貫自動車道に折れます。30分ほど山間部を貫く道を走ると目の前が開けて、大野市に着きます。 人口3万人弱の静かな市…

タケノコのこと

わたしがよく使う田舎の県道は、途中1キロほど竹林の中を通ります。毎年4月下旬から5月の連休明けまで、その区間にタケノコ直売所がいくつも開店し、風物詩になっています。今年もシーズンに入りました。 直売所はどれも屋根と売り台があるだけ、形ばかりの…

女性たちの心に棲む永遠の「女の子」? 〜「赤毛のアン」モンゴメリ

みなさんご存知「赤毛のアン」(モンゴメリ、村岡花子訳、新潮文庫)。わたしは漠然と、少女向けの児童文学だとイメージしていました。ところが予想外に分厚い文庫本を手にしてみれば、500ページ超の長編。しかも続編を含めシリーズ11作という、堂々たる大作…

写実絵画はなにを語るか 〜画集「増補|磯江毅|写実考」

高齢者の仲間入りをしたわたしが、趣味で油絵を始めたのは、パンデミックのコロナ禍に世界が震撼した2020年春でした。気づけば5年になります。この間、仕上げた油彩は数枚、鉛筆などの素描(デッサンやクロッキー)20点くらいか。どれも「これ以上続けてもき…

春の譜 2025年 〜赤毛の女の子のことなど

今年も桜の季節がやってきて、3月末からSNSやテレビのニュースに、見事な映像があふれています。日本人は桜が好きですね。もちろん、わたしも。うちの庭にも1本の桜があって、開花を毎年楽しんでいます。 30数年前、地元に陶芸館が建設されたとき、市が周囲…

感度の高い言葉の共鳴函 〜「内部」エレーヌ・シクスス

「ことばを食する」と題し、本や言葉をテーマにしたこのブログを始めたとき、いつか書きたいと思いながら、果たしていない作品がいくつかあります。「内部」(エレーヌ・シクスス、新潮社、絶版)が、そう。かつて20歳代前半のわたしに、精神的な暴力に近い…

子午山 過去も未来も風になり 〜「岳飛伝」北方謙三

中華の北、深く長い山嶺に子午山(しごさん)があります。実在する山だと思いますが、ネットでざっと検索した程度では、確信が得られません。しかし「子午山」という言葉にヒットする情報はあふれています。 尾根をいくつか越えると川があり、川を渡った先の…

インテリげんちゃんの、夏やすみ。

昔買った本を手に取ると、ときに思わぬものが挟まれています。映画や美術展の使用済みチケットをしおり代わりに使い、そのままだったり。数年前には、書架の奥に眠っていた洋書から、はらりと大学時代の元カノの写真が落ちてきたこともありました。あのとき…

今年のガーデニング事始め バラを植える

目が覚めると、陽が射していました。数日前まで庭に残雪があったのに、窓から外を見るともう雑草が目に入ります。たくましい奴らよ。苦笑いしながら思う。「ようやく春らしくなったな」と。 早々に朝食を済ませて着替え、作業小屋で除草フォーク、シャベル、…

人生の蛮勇とは何だろう 〜「バルセロナで豆腐屋になった」清水建宇

2月も下旬に入ったというのに、景色を白く埋めて今も降り続ける雪を、窓の外に見ながら思いました。蛮勇とは何か。 一か八かのギャンブルは、勇気でなく弱さの裏返しというのはよくある話。あるいは追い詰められた窮鼠が猫を噛むのは開き直りだけれど、開き…

最近の芥川賞3作を読む 〜「DTOPIA」「ゲーテはすべてを言った」「バリ山行」

いろいろある文学賞の各受賞作品について、わたしに「追っかけ」や「推し活」趣味はありません。でも、次に読む本がなかなか決まらないとき、あるいは品切れで再版待ちをしているとき、それなら最新の芥川賞作を読んでみようか...という程度には意識していま…

立春大寒波

立春を過ぎた火曜日から、大雪に見舞われています。今冬は12月が寒く、1月は逆に早春のような気候でした。寒の入りのころ、雪のない庭には緑の雑草がぽつぽつ見え始めていました。 ところが2月になると、1月の気候と入れ替わったよう。一昨日、目覚めると50…

静かに 小さな勇気をもらう 〜「青い絵本」桜木紫乃

人の心の在処など深追いしない 心細やかな人ほど、そして懸命に厳しい現実に立ち向かって生きているほど、そう思うのではないでしょうか。人の心の在処を深追いしないと決めた。その代わりだれにも、迷惑はかけないつもりだ。だから、自分が本当はどう思って…

さざんか さざんか さいたみち 〜冬の童謡と絵 

〜 さざんか さざんか さいたみち たきびだ たきびだ おちばたき 「あたろうか」「あたろうよ」 きたかぜ ぴいぷう ふいている この童謡の題名、すぐに浮かんだ人は、かなり年配の方でしょうか。ん、題名、なんだっけ..と、遠くを見る目になった方もきっとい…

犯行動機は 償いか愛か 〜「白鳥とコウモリ」「架空犯」東野圭吾

東野圭吾さんの「架空犯」(幻冬舎)が刊行されたのをきっかけに、未読だった前作「白鳥とコウモリ」(2021年)を書店で買い、新刊である「架空犯」はネットで古本を注文しました。ん、新刊の方が古本かよ。 どちらも刑事、五代努が殺人事件の真犯人を追い詰…

激動の幕末 薬売りの青年は 〜「潮音」第1巻、宮本輝

越中富山の薬売り。江戸時代から全国津々浦々を巡り、こどもたちに紙風船や錦絵を配り、配置薬のうちの、使った分だけお金を頂き、新しい薬を補充して次の家に行きます。 幕府の隠密さえ生きて出られなかったという薩摩藩にも、越中の薬売りは出入りが許され…

転々とつながる人間模様 〜「青い壺」有吉佐和子

ほぼ半世紀前に書かれた小説が、いま静かな人気になっていると知り、「青い壺」(有吉佐和子、文春文庫)を手にしました。 無名の陶芸家が焼いた、美しい青磁の壺。売られ、贈られ、盗まれ、京都の露天の骨董市に並び、果てはスペインに渡り。転々とする青い…

本についての やれやれ...

わたしが若かったころですから、ずいぶん昔になります。身動きもままならない大都市の非人道的?な通勤電車は別として、ふつうの電車内では、吊り革につかまりながら大人たちが器用に新聞を広げ、学生や高校生は参考書か文庫本を読んでいました。 活字を追い…

色の日めくり 〜2025年

明けましておめでとうございます。正月はとうに過ぎましたが、わたしは今日がブログ始めです。 新しい年になったからといって、特に目新しいことがあるはずもなく。むしろ妙に急かされた気になる年末の方が、いろいろ頑張るのではないでしょうか。わたしの場…