ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

壮絶な記録文学 300余の人柱 〜「高熱隧道」吉村 昭

壮絶な記録文学です。北アルプスの黒部峡谷は、峻厳な地形や豪雪が人の侵入を拒み続けてきた秘境。その峡谷に水力発電のダムを建設するため、人や資材を運ぶ隧道(トンネル)の掘削が始まりました。 ところが地下火山の影響で、掘り進むと岩盤温度は160度を…

食い道楽 日の丸お粥に中華そば 〜食の記憶・file4

ふと、ある食べ物が思い浮かび、無性に食べたくなる...こと、ありませんか? 若いころは洋食に中華、和食、創作料理、B級グルメまで、いろいろ情報を見て食べくなったものです。思い浮かべるだけで、口にじわっと唾がたまる感じ。体が、食物を求めていたのだ…

届かない恋心 切ない大人の童話 〜「やさしい訴え」小川洋子

「やさしい訴え」(小川洋子、文春文庫)を読みながら、読み終えて、しばし考えました。この小説について、なにか書くべきなのか...。以前、このブログである恋愛小説を取り上げたとき、以下の趣旨のことを書きました。 いい恋愛小説はただ共感できるか否か…

極限状態、冷徹な人間観察 〜「野火」大岡昇平

ウクライナ、パレスチナのガザ地区など、世界のあちこちで戦争が絶えません。有史以来、国と国は武器を執って争い、21世紀になっても変わることがない。 幸い、日本はしばらく戦争に直面していないけれど、「戦後」という言葉が過去になったわけではありませ…

思えば遠くへ来たもんだ

たまたまSNSと、とあるブログで相次ぎ、手塚治虫が1970年に描いた同じ画像を見ました。人の一生を男女別の図にしていて、なんと10歳過ぎまでと50歳以降は、男も女もないことになってます。 手塚センセイ、多少のアイロニーを込めて描いたと想像しますが、半…

百年を経て妖になった面々 〜「つくもがみ貸します」畠中恵

私たちが日常に使う道具類、百年の年月を経ると魂が宿って妖(あやかし)になるという。これが付喪神(つくもがみ)です。 茶碗なんてすぐ割れるし、木製品だってガタがくる。たいていの道具、器物はとても百年持ちません。しかし一方で、精巧な細工を施した…

いちまいの絵

40年近く前、1週間ほどパリを訪れました。ガイドブック片手に、移動手段は地下鉄の回数券を買い、バスに乗り、郊外へは駅からフランスの国鉄で。あとは徒歩。旧ルーブル美術館は朝から夕方まで費やしてとても回り切れなかったり、アポリネールの詩「ミラボー…