ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

ノンフィクション

<ノンフィクション>というカテゴリーは幅広いのですが、とりあえずここでは小説、戯曲、文芸評論以外の本をまとめています。

降臨するのは神か悪魔か 〜「生成AIで世界はこう変わる」今井翔太

2022年秋にChatGTPが現れたことは、個人的にインパクトのある出来事でした。ちょっと試してみようと、ChatGTPにアクセスして詩やラブレターの代筆をリクエスト。そして生成AI(クリエイティブな人工知能)が創造した<作品>に、少なからず驚きと驚異を感じ…

今宵、古老の話に耳を傾けませんか 〜「忘れられた日本人」宮本常一

文学作品を評するのであれば秀作、あるいは傑作という言葉があります。しかし「忘れられた日本人」(宮本常一、岩波文庫)は、フィールドワークに徹した民俗学の仕事。最初の1ページから惹き込まれ、読み終えて、これは紛れもない名著だと思いました。 昭和1…

<紙>と出会ったあの女王 〜「和紙の話」朽見行雄

<紙>の歩みをたどって日本の歴史を描く。そんな本はこれまでなかったのではないでしょうか。そもそも紙という素材、めったに表舞台で注目されません。だからこそ紙の視点から歴史を眺めると、思いがけない新鮮な景色が広がっていました。 「日本史を支えて…

時空を旅して帰り着く 〜「日本の歴史」小学館

秋。ほんの半月ほど前の9月17日、義父の四十九日の法要と納骨のときは、まだ真夏の陽射しに焼かれる墓地で、汗を流して読経を聞いたのに、秋分を過ぎたころから一気に秋らしくなりました。異常気象の夏もようやく過ぎ去ったよう。 朝の陽射しの暖かさを、あ…

鉄砲伝来が変えたもの 〜小学館「日本の歴史」

5月下旬から2カ月近く、小学館が2007年から2009年にかけて刊行した「日本の歴史」を読み継いでいます。全16巻(+別巻1)のうち、今日は第10巻「徳川の国家デザイン」(水本邦彦)を読了しました。 旧石器から古墳時代を扱った第1巻「列島創世記」(松木武彦…

言葉は時代を映す 〜「消えたことば辞典」(三省堂)

国語辞典の編纂、編集とはどんな仕事で、いかなる人たちが携っているのか。もし職業別人口分布の詳細統計があったなら(あるかもしれませんが調べていませんw)、国語辞典編集者は0%=誤差の範囲内=になってしまいそうな、マイナーな存在。そんな稀少生物の…

時空を散策する楽しさ、退屈さ 〜「全集 日本の歴史」16巻+別巻1

日本の通史を学び直したい...という気持ちが以前からあって、しかし、なかなか手をつける勇気が出ませんでした。 いつだったか百田尚樹さんの「日本国紀」(幻冬舎文庫、上下巻)をこのブログで紹介しました。これは一人の小説家の視点による通史です。主観…

自分探しのベースキャンプ 〜「『日本』とは何か 日本の歴史00」網野善彦 講談社

自分を探す18歳 みんなが自分を探す81歳 以前、SNSで見つけて思わす破顔した標語(?)です。80を過ぎてしっかりした高齢者はたくさんいらっしゃいますから、けしからん!と言えばその通りなのですが、18歳より81歳によほど近い自分としては、もう少し長生き…

色とりどりの宝石たち 〜「巻頭随筆 百年の百選」文藝春秋編

命まで賭けた女(おなご)てこれかいな 無名の人の、知られざる1句。川柳の句集「有夫恋」が異例の大ベストセラーになった時実新子さんが、平成6(1994)年4月号の月刊誌「文藝春秋」に書いたエッセイで、取り上げている1句です。わたしは思わず笑ってしまい…

里山に生きた人びと 〜「二人の炭焼、二人の紙漉」米丘寅吉

図書館の奥に眠っていたこの本を、これから読む人はそう多くないでしょう。何人か、せいぜい何十人かもしれません。既に絶版で、ネット検索するも古本はなかなかヒットせず。地元の図書館検索で探し、貸し出し可の1冊を見つけました。 「二人の炭焼、二人の…

作り手たちのカオスな日常 〜「最後の秘境 東京藝大」二宮敦人

おそらく10分に1回くらいは、にんまり頷いていました。30分に1回くらいは、笑い声をあげていたかもしれません。 たまたま、知人と時間待ちをしていたとき。文庫本を開くわたしの不審な笑いを、知人に聞きとがめられました。 「どうしたんだ?」 いや、それが…

「吉田調書」をめぐって 〜「朝日新聞政治部」鮫島浩

本についてブログを書くとき、肯定的な心の発露による文章だけを書きたいと思っています。要は、心が動かなかった本、否定的な思いを抱いたものは取り上げない。作者が精魂傾けた仕事に、ちっぽけな個人の主観で異を唱えたくないからです。 「朝日新聞政治部…

質素な中の 限りない豊かさ 〜「土を喰う日々」水上勉

よく行く書店に映画やテレビドラマの原作になった、あるいは近々公開予定の映画の原作を集めたコーナーがあります。眺めて「なるほど」とか「へえー、これを映像化?」とか。もちろん「どんな小説なんだろう」と、想像が広がる未読作が圧倒的に多いのも楽し…

大災害と小さな新聞社の苦闘 〜「6枚の壁新聞」石巻日日新聞社編

宮城県北東部の石巻市は、太平洋に面した人口13万6千人の市です。沿岸部は漁業や養殖、水産加工業が盛んで、北部にかけてリアス式海岸の複雑な地形が続いています。 その石巻市で1912年(大正元年)に創刊され、石巻と東松島市、女川町をエリアに読まれてい…

想像力を超えた究極の創造力 〜「なぜ宇宙は存在するのか はじめての現代宇宙論」野村泰紀

悠久とか壮大とか、そんな形容がちっぽけで使えなくなるのが最先端の宇宙論です。「なぜ宇宙は存在するのか はじめての現代宇宙論」(野村泰紀、講談社ブルーバックス)は、理系科目を高校入学と同時にあきらめたわたしにさえ、ぞくぞくするような興奮を与え…

10年後に見えたもの 〜「福島第一原発事故の真実」NHKメルトダウン取材班

もし巨大な旅客機を操縦中に、全電源が失われ、あらゆる計器類が止まり、操縦桿も含めた全てが機能を失ったらどうなるでしょうか。東日本大震災の福島第一原発は、突然そうした状態に陥ったのです。 しかも原発の場合、最悪のシナリオは単なる墜落では済みま…

国を持てなかった大地と人びと 〜「物語 ウクライナの歴史」黒川祐次

ロシアによるウクライナ軍事侵攻が起きなければ、手にすることはなかったであろう1冊が「物語 ウクライナの歴史」(黒川祐次、中公新書)です。とてもいい勉強になりました。読みながらつい、このころ日本はどんな時代だったかと、いちいち並置してしまうの…

言葉の美味しさ 〜「小説の言葉尻をとらえてみた」飯間浩明

「これは面白い○○だなー」 読みながら何度も心の中でつぶやき、つぶやきながらもどかしかったのは、「○○」に当てはめるべき言葉が見つからないことでした。評論、随筆、エッセー?。どれもぴったりきません。小説を取り上げているけれど書評とは言えないし。…

コロナ禍の群像 〜「東京ルポルタージュ 疾病とオリンピックの街で」石戸諭

新型コロナウイルスのパンデミックは、人びとの生活を一変させました。自粛、リモートワークなど、さまざまな言葉で新しい日常を切り取ることができますが、一つの言葉の背後には異なる事情を抱えた千差万別の暮らしと人生があります。 「東京ルポルタージュ…

言葉は面白い と目からうろこ 〜「日本語の大疑問」国立国語研究所編

わたしは言語学を学んだこともなければ、日本語を研究する趣味もありません。しかし、三浦しをんさんが国語辞典編集者の地道で味わい深い喜怒哀楽を描いた小説「舟を編む」などは、心底楽しみながら読みました。<ことば>というものに少し、興味をそそられ…

物語が断ち切られたとき 〜「絶望読書」頭木弘樹

「絶望読書」(頭木弘樹=かしらぎ・ひろき=、河出文庫)とは何とも、意表を突いたタイトルです。何なのだ、これは?。つい手にし、読まねばなるまい、でした。 簡単に言えば、お勧め本や映画、落語、テレビドラマを紹介したガイドブックです。ただし心底打…

面白い歴史でなく、歴史の面白さ 〜新版「日本国紀」百田尚樹

百田尚樹さんという小説家による歴史本・日本通史が「日本国紀」(幻冬舎文庫、上下巻)です。百田さんを知る人がまず思い浮かべるのは、「永遠の0」や「海賊と呼ばれた男」(本屋大賞)のはず。2作ともとても面白い小説で、一気読みした人は多いと思います…

本についての 美しい本 〜「モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語」内田洋子

本について書かれた美しい本。 文春文庫の新刊「モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語」(内田洋子)を簡潔に表すなら、わたしにはこの言葉以外にありません。もちろん「美しい」のは本の造りではなく、書いてある中身です。そして歯切れのいい文章も…

こんな本のお世話になっています 〜「新聞集成 明治編年史」全15巻

慶応4年(=明治元年、1868)3月14日、京から攻め上がってきた官軍の大将・西郷隆盛と、幕府を代表する勝海舟が会談し、江戸城を明け渡すことで合意します。大都市江戸が戦火に焼かれる悲劇を避けた無血開城として、NHK大河ドラマなどでもハイライトになる歴…

時空を超えた事実 それは<物語> 〜「イヴの七人の娘たち」ブライアン・サイクス

<縄文顔>と<弥生顔>という、ちまたの分類があります。縄文=ソース顔、弥生=しょうゆ顔、と言い換えてもいいでしょう。この分類、なかなか遺伝子的に日本人の成り立ちを言い当てていると思います。 などど、知ったふうに書いたのは、遺伝子解析が切り拓…

武士だって死ぬのは怖い! 〜「戦争の日本中世史 下剋上は本当にあったのか」呉座勇一

時間をかけて、少々カタい本を読んでいました。「戦争の日本中世史 『下剋上』は本当にあったのか」(呉座勇一、新潮新書)は、鎌倉時代の蒙古襲来から始まり、南北朝を経た戦国前夜まで、武士階級を軸にして日本における<中世>の実像に迫った論考です。 …

「旨い」と「美味しい」 〜「食卓のつぶやき」その他、池波正太郎

歴史学者で考古学者の松木武彦さんが、駅弁について書いたエッセーがあります。松木さん曰く。昔、ディーゼル急行の固い座席で割り箸を使った高松駅の駅弁は、どうしてあんなに旨かったのか?。 言われてみれば確かに、冷えた幕の内弁当がレストランで出てき…

知の巨人 逝く 〜「知の旅は終わらない」立花隆

2021年6月、現代を代表するジャーナリスト、立花隆さんの訃報が伝えられました。1974年の「文藝春秋」に掲載された2本の記事、立花さんの「田中角栄研究ーその金脈と人脈」と、児玉隆也さんの「淋しき越山会の女王」が、金権政治で権力をふるう内閣総理大臣…

なぜ、こんなにたくさん集めなすった? 〜「ぐるぐる♡博物館」三浦しをん

どうにも<博物館>というやつは、地味です。 美術館は、やれフェルメールだ、印象派だ!と、日本人のキラーコンテンツを引っぱってきて企画展をやれば、大都会では長蛇の列。10年近く前、上野公園の某美術館でフェルメールの少女の小品見るために、殺到した…

臥す枯野なほかけ廻る夢心 〜「永訣かくのごとくに候」大岡信

<死>とは何か、人は決して知ることはできません。死んでから甦って語ることがない以上、つねに<死>は生きている人の中にある、さまざまなイメージです。 <死>について語るとは、<死>を前にした<生>の在り方をつづることになります。辞世の句、遺作…