ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

時空を超えた事実 それは<物語> 〜「イヴの七人の娘たち」ブライアン・サイクス

 <縄文顔>と<弥生顔>という、ちまたの分類があります。縄文=ソース顔、弥生=しょうゆ顔、と言い換えてもいいでしょう。この分類、なかなか遺伝子的に日本人の成り立ちを言い当てていると思います。

 などど、知ったふうに書いたのは、遺伝子解析が切り拓いた現代の考古学(正確には分子人類学、他の呼称もあり)について、ごく少しだけ知っているからです。

 「イヴの七人の娘たち」(ブライアン・サイクス、ソニー・マガジンズ=現在は河出文庫で出版)は、この分野を面白く紹介してくれる科学ノンフィクションです。

 翻訳が出たのは20年前の2001年ですから、もはや先端技術の<古典>ともいうべき1冊。文系人間にも読めて、なかなか面白い。

 1991年のことでした。ヨーロッパアルプスの氷河から、干からびた男の死体が発見されました。妙に古臭い斧も近くに。やがて、放射性炭素原子の年代測定で、「アイスマン」と命名された彼が死んだのは5000年以上前だったと判明します。日本なら、縄文時代中期ですね。

 アイスマンの遺体の一部からDNAを採取したのが、この本の著者でオックスフォード大の研究者であるブライアン・サイクスです。

 そして、採取したDNAの遺伝子を解析して判明したことは...

 当時ヨーロッパ中から提供されていた遺伝子サンプルの中に、アイスマンと完全に一致する遺伝子配列があったことです。それは英国で経営コンサルタントをする女性の遺伝子でした。

 つまり、どういうことか?。えーと、この本によれば

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 DNAにもいろいろあるそうですが、ミトコンドリアDNAというのは母親からだけ子供たちに受け継がれます。

 というのも、父親のミトコンドリアDNAは、精子の尻尾にしかないのですが、卵子と結びついたとたんに精子が泳ぐ原動力だった尻尾は切り離されてしまうので、哀れ父親DNAは取り込まれず、子供に受け継がれません。

 母親は、またその母親だけから同じDNAを受け継いでいるわけです。

 そんなふうにして人間は、母系のミトコンドリアDNAを子孫に伝えます。

 もし、北海道と沖縄に暮らす見知らぬ2人の細胞が、同じミトコンドリアDNAを持つとすれば、2人の祖先を母の母、さらに母→母→母.....と遡れば、やがてはどこかの時代で同じ1人の<母>に行き着くというわけです。

 逆に描けば、大昔のある<母>の子が姉妹であれば、枝分かれして同じDNAを受け継ぎ、やがてまたそれぞれが母になり、次の世代で枝分かれして..を繰り返し、現代の多くの人につながるのです。

 三たび、しつこく別角度からの説明。現代に生きるわたしたちのDNA配列は千差万別ですが、ごくごく低い確率で一致する人がいて、一致する人たちは人類の歴史のどこかで、同じ祖先=<母>から枝分かれしたことになります。

 もちろん、その<母>もまた、さらに過去へ母→母→母....と何万年も遡れます。同じように遡った多くの違う遺伝子配列や、配列の変異の度合いなどを解析して(いや、何をどうすることが解析なのか、素人にはちんぷんかんぷんですが)、とにかく、やがてホモ・サピエンスの発祥の地はアフリカだったという推論に至ります。

 というか、至るようです。わたしの雑な頭で想像すると。

 脳みそが混乱・爆走しそうですが、話をもとに戻します。要は、現代の英国人女性と5000年以上前のアイスマンの遺伝子配列が一致したということは、もっと昔のどこかで、2人は同じ<母>から枝分かれした子孫であり、遠い親戚だったということです。

 DNAという超ミクロの世界から、広大な時空にまたがる壮大なストーリーを描き出せるところが、何ともダイナミック。こんなのが学問というものの面白さなんだろうなあ、と思います。わたしは外野の観戦者ですが。

 本のタイトルである「イヴの七人の娘たち」とは、ヨーロッパに住む人びとの歴史を遺伝子から遡ると、7人の女性に行き着くことから取られています。訳者の「あとがき」によれば、本が出た2001年当時、日本人のルーツとも言える<母>も何人か特定されていて、彼女たちは「エミコ」「ネネ」「アイ」などと命名されているそうです。

 さて、紹介したのは本の内容のごく一部です。壮大で、感動的な物語が(遺伝子が導き出した事実が)もっと紹介されています。

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 昨日(2011.9.18)、面白いニュースを読みました。縄文から古墳時代までの国内の遺跡12カ所から発掘された人骨12個体から、研究チームがDNAを採取してゲノム(全遺伝子情報)を解析したのです。

 判明したのは、現代の日本人の人種構造は3層だということ。従来は先住の縄文人がいて、弥生時代に北東アジアから流入した人たちとの混血で、現代に至るという2層構造が定説でした。

 ところが、古墳時代に東アジアからの集団がさらに混血していて、三重構造だというのです。

 うーむ、<縄文顔>VS<弥生顔>という分類(どちらの遺伝子がより強く顔に表れているかの違い)も、今後は厳密に検討し直すことが必要なのかーと、どーでもいいことを心配したのはわたしです。

 このニュースをきっかけに、「イヴの七人の娘たち」という本を思い出したのでした。