ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

日日雑記

本屋さんに行って、ぐったりする理由

こんなブログを書いているくらいなので、本屋さんに行くのは好きです。そして、毎回けっこう疲れます。 平積みされた新刊本の山々、店の奥まで何列も並ぶ本や雑誌。目を凝らしてその中を行き来し、手に取り、また進む。物色するわたしの心の中にあるのは、「…

初めてのバラ一輪 そして紫式部など 〜「源氏物語」瀬戸内寂聴訳その3

昨年の今ごろ、庭のツルバラを剪定したとき、元気な枝を1本、小さな鉢に挿しました。 雨風が当たらないよう、鉢は部屋に入れて窓際に置きました。根が出たようで、秋には枝から芽が。 4月に大きな鉢に植え替えて外に出し、蕾が付き、日々膨らむのを楽しみに…

不倫の大絵巻 いよいよ佳境に 〜「源氏物語」瀬戸内寂聴訳その2

体調がすぐれないため、祈祷をしてもらおうと出かけた春の山寺で、光源氏は10歳ほどの女の子を見かけます。 女の子は扇を広げたような黒髪を揺らし、赤く泣き腫らした顔。育ての親である祖母の尼君を見つめて必死に訴えるのです。 「雀の子を、犬君(いぬき)…

つれづれに楽しむ 紫式部変奏曲 〜「源氏物語」瀬戸内寂聴訳

5月の連休明けから、のんびり読み進めているのが「源氏物語」(瀬戸内寂聴訳、講談社)です。紫式部の「源氏物語」は54帖、今風に言うなら54話で構成された大長編ですが、瀬戸内さんの現代語訳では全10巻。 「さあ、読破するぞ!」などと意気込んでは挫折必…

<濃厚接触者>になって思ったこと

「発熱した。PCR検査の結果は明日だけど、もし陽性だったら、お前も新型コロナの濃厚接触者になる。申し訳ない」 結果から言ってしまえば、わたしは感染していませんでしたが、つい先日まで<濃厚接触者>でした。 知人から連絡をもらって、とっさに思ったの…

酔筆夕刻

新緑から、日々緑が濃くなる5月。現代は冬なら暖房、夏は冷房のために窓を閉め切る生活が普通ですが、今はどこも窓を開けるシーズンなので、ご近所の生活の音が聞こえてきます。 わたしは庭に出ている時間が多く、夕刻にもなれば隅のベンチでビールを飲み始…

もう、2年なのか 〜ご挨拶に代えて

風薫る、5月。2019年の5月下旬にブログを開設して、早いもので2年が過ぎました。その年の6月に、長く働いた仕事からのリタイアを決意していたわたしは、これからゆっくり本を楽しみ、読書記録を残そうと、初めてブログに挑戦したのでした。 個人的な<本の日…

男と女について拾い読み 〜石川啄木、大岡信

死にたくはないかと言へば これ見よと 咽喉の痍(きず)を見せし女かな 積読本の拾い読み。その面白さは、例えばこんな短歌と出会えることです。なんとも大人の世界。これを名品とは言わないけれど、ちくりと刺さったりして(わたしだけ?)。 ちなみに、こ…

草むしりとお絵かきについて

昨日と打って変わって、肌寒い春の1日。 スーパーで買ってあった約100円ハンバーガーをチンして、コーヒーで朝食。昨夜書き上げたコラムを読み直し、少し手を入れて送信しました。ほっとする一方で「あとはどうにでもなれ」の、開き直りもあります。仕事の…

コラムの舞台裏 ぼた餅とお彼岸について

昨日は春分の日でした。仕事の一つである週1本の新聞1面コラムで、何を題材にするか迷ったとき、物色するのは<時事ネタ>か<季節ネタ>です。新型コロナや政治などの社会状況は時事ネタ。春分の日は、季節ネタですね。 昼が長くなって桜の開花が近づくころ…

春 歌書よりも軍書にかなし

田舎住まいのうちには、2本の桜があります。1本は道路に面した狭い一角に植えた桜桃。サクランボがなるミザクラ(実桜)で、早咲きです。例年、彼岸のころ満開になるのですが、今年はやや早く、昨日あたりから開花し始めました。 いよいよ春本番は近い。 母…

「積ん読」と鉛筆デッサン

読むつもりの本や雑誌は、しっかり机に積まれているのに、このところなかなか手に取る元気が出ません。文藝春秋3月号は、新芥川賞の「推し、燃ゆ」を読みたくて買いました。ところが新型コロナ第3波「失敗の本質」という特集が組まれていて、今はまずそち…

料理して母の言葉を思い出す

在宅で細々と仕事をし、それも最近はけっこう暇で(う...)、昼は一人買い溜めした冷凍食品ですませています。まあ、わたしの食のレベルは現状、そんな具合です。 まだお気に入りの冷凍坦々麺とかパスタの在庫はあるのに、スーパーへ出かけたのは、PayPayで…

森田知事が青春のシンボルだったころ 〜「文學界」昭和60年11月号

お世辞にも几帳面とは言えない性格だから、本の整理がつかなくなって、ずいぶんになります。だからある本を探していたら、書架の奥から雑誌「文學界」昭和60(1985)年11月号が突然出てきても、なんら不思議はありません。 不思議なのは、なぜこの年のこの文…

自分の絵と旅した5カ月

思い返せばキャンバスの下塗りから始まり、この静物画と旅をしていたような5カ月でした。 やや感傷的な書き出しになったのは、描いている途中に老犬・くーが逝ってしまったからです。描き始めてから今日まで、まったく絵筆を持たなかった日は10日もないでし…

こんなわけで こんな本を買う

道路上の除雪がかなり進んだことに加え、今日は暖かかったので、車高が低い、しかも後輪駆動のマイカーでも大丈夫だろうと外出しました。車道はほぼアスファルトが露出していますが、路肩は除雪で積み上がった雪が壁になっています。一部は、2車線のうち走…

日々の雪譜 その3・古墳やピラミッドを作った人びとは...

意に反して、豪雪ブログに衣替えしてしまったこのところ。雪は午後に一段落し、久しぶりの陽射しがうれしい。白く輝いているのは、庭に出現した<プライベート・ゲレンデ>です^^。 雪かき作業は、当然のことながら排除した雪をどこに移動するかが大問題。…

日々の雪譜 その2・豪雪でロックダウン

気象台によると今日の昼で積雪1メートル20センチ、富山は35年ぶりの豪雪になっています。ここまでの雪は、さすがに参るなあ。 とにかく玄関から道路までのアプローチを確保し、車が車庫から出られるようにと、朝から3時間の雪かきでした。全身汗だくで着替え…

日々の雪譜

昨冬は異常に雪が少なく、地球環境の行方にいっそう不安を感じたものですが、今冬は12月に1度まとまった積雪があって、何となく安心しました。そして今朝、目を覚ますと未明からわずか数時間でちょっと降り過ぎだろw...の世界でした。 ( ↑ 今朝の玄関からア…

澁澤龍彦 〜作家つれづれ・その2

何度もくり返しわたしを惹きつける、そんな要素の一つに<不完全さ>というものがあります。 酒に例えるなら、磨き上げられたグラスに注がれる半透明のカクテルのような。美しい色合いが、早く味わってくれと囁いてきます。飲む前から酔ったような気分になっ…

雪が降っている 2020・年の瀬に

今朝未明、午前3時過ぎまでかけて、堂場瞬一さんの文庫書き下ろし新刊「共謀捜査」(集英社文庫)を読んだのですが、レビューは...まあいいか。堂場作品は何回か書いているから「相変わらず面白い」ということで。 さて、これほど「激動」という言葉にふさ…

<最後の浮世絵師>と出会った、遥かな記憶 〜「美術の窓」2016年12月号

2020年の個人的な大事件(?)の一つは、春から絵を描き始めたことです。以来気にとめるようになったのが、生活の友社から出ている「美術の窓」という月刊誌。とはいえ、1冊千数百円もするし、わざわざ買うこともないな....という程度なのですが。 たまたま…

ドストエフスキー 〜作家つれづれ・その1

異常気象で雪が積もらなかった昨年と打って変わり、いつもの冬がやってきました。朝、目が覚めて見れば一面の銀世界。まるで世界をリセットしたよう。庭のサクラも雪をまとって、枝垂れ桜みたいな風情になっていました。 (今朝の庭) わたしの住む地では、基…

できること、できないこと

くーが逝って以来、どうにも本を読む気になれません。本に限らず、活字全般を自分の中に摂り入れる、あるいは発する(何かを書く)ことが億劫になったままです。言葉というやつはときに、何とも重い。 このブログのタイトルは「ことばを食する」ですが、食欲…

犬は犬、我は我にて

犬は犬、我は我にて果つべきを命触(ふ)りつつ睦ぶかなしさ 平岩米吉 2020年11月19日 木曜 晴夜雨。未明、くー永眠。朝、小屋の中で冷たくなっていた。16歳5カ月。 火葬。骨になって、いまピアノの上にいる。 「ハラスのいた日々」再読。

じいじ馬鹿のクリスマス・プレゼント

わが子かわいさに、つい甘やかしてしまう。欠点が目に入らない。これを「親馬鹿」と言います。 ややもすると、親よりも甘くなるのが祖父母です。基本的に養育の責任がないので、自己反省することなくただ可愛がることができます。こうして、わたしのような「…

絵=メイキング 本=カミング・スーン

この10日ほど、司馬遼太郎さんの「国盗り物語」をこつこつ読み進んでいるのですが、なにせ文庫で全4冊の長編で、なかなか読了できません。仕事というか、細々とした在宅ワークがちょっと山場に差し掛かっているせいもあります。 近日中には読み終わりそうな…

空の高い季節に 紙の本と電子の本

先日まで昼は半袖でも過ごせましたが、もう長袖の時季です。秋は太陽の位置が低いので、窓から入る日射しが部屋の奥まで伸び、外に出れば目に映る自然がより輝いています。日の光が低いから地上がきらきらし、逆に青空は高い。 「空の高い国」。スペインとい…

昔の自分に遭遇した夜

自分が若いころ、詩を書いていたという意識は、ありません。 とぎれとぎれながら、数年の間に何編かの<詩のようなもの>を書いたのは、20代の後半でした。散文詩も含め、せいぜい10篇くらいです。 既に就職していて、文章を書くことが仕事になっていました…

心の豪遊はできる はず

10月に入るとさすがに、朝晩は半袖で寒くなりました。ちょっと気分転換しようかと、このブログ記事のカテゴリー分けを一部整理。サイドバーに「日日雑記」「掌編」の2カテゴリーを新設して、これまでごった煮だった書評以外の投稿をまとめました。 「日日雑…