ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

2024-01-01から1年間の記事一覧

春の譜

久しぶりに会う約束をした友人から、待ち合わせ場所に着く直前にメッセージが入りました。 「病院にいる。すまん」 彼はある病気と長く付き合いながら仕事を続けています。事情をよく知っているから、怒る気になれないし、必要以上に心配もしません。ときど…

SF小説の古典 名作なんだけど... 〜「華氏451度」レイ・ブラッドベリ

「華氏451度」(レイ・ブラッドベリ、ハヤカワ文庫)は、1953年に書かれたディストピア(=ユートピアの反対語)小説の名作。アメリカのSFの大家、レイ・ブラッドベリの代表作といえばこれか、「火星年代記」でしょう。 書物を読むこと、所持することを禁止…

哀れ 恋心 自堕落 そして生きること 〜「山の音」川端康成

旧友を酒に誘い、夕方から早めに家を出ました。会社を離れて田舎に引っ込むと、街中に行く機会があまりありません。約束の時間まで、久しぶりに駅前の大型書店とBook・offをはしごして、荷物にならないよう1冊だけ買い、<スタバ読書>で時間を潰そうという…

美しすぎるものを焼き尽くせ 〜「金閣寺」三島由紀夫

幼時から父は、私によく、金閣のことを語った。 三島由紀夫の「金閣寺」はさらりと、物語の骨格を示して始まります。1956年に雑誌連載後、単行本として刊行されたこの作品は、三島に対して懐疑的だった一部の批評家たちを黙らせ、海外でも翻訳されました。 …

だから歴史は面白い 〜「磯田道史と日本史を語ろう」

「磯田道史と日本史を語ろう」(文春新書)は、雑誌に掲載された12本の対話をまとめた1冊です。磯田さんと語り合うのは養老孟司さん、半藤一利さん、浅田次郎さん、阿川佐和子さんら。1対1の対談だけでなく、2、3人の専門家たちと語り合う対話もあります。 …

繰り返し読む本、読まない本

本好きは、常に新しい出会いを求めています。書店で、図書館で、目立つよう平積みされた本をチェックし、次は林立した書架にぎっしり並ぶ背表紙を眺めてうろうろ。事前の情報収集で、読みたい本が決まっていれば、真っ直ぐお目当ての1冊に向かうこともあるで…

日日是好日

陽が射し、朝から1カ月ほど季節を先取りしたような陽気でした。庭先で桜桃の開花が始まり、春を告げています。20年余り前、一番花の枝を折って母の枕元へ届けたことを思い出します。 末期がんで在宅死を望んだ母は、翌日逝きました。 庭に出て雪つり縄を取り…

命をかけて、人と自然が交わるとき 〜「ともぐい」河﨑秋子

読み始めから、歯切れのいい文章のテンポに引き込まれました。北海道の厳しい自然と、街に馴染めず、独り猟師として生きる男の息遣いが立ち昇ってきます。 「ともぐい」(河﨑秋子、新潮社)は、2023年下半期の直木賞受賞作。主な舞台は明治後半の北海道、人…

京都・大原の早春

2月がまもなく終わる寒い日、朝から車で高速道路を走りました。行き先は京都の山里、大原。かわり映えしない日常を、変えてくれるのは小さな旅です。京都は何度か訪れたことがあっても、大原とその周辺は未踏の地でした。 現役引退し、差し迫った仕事に縛ら…

新しい絵に着手

遠くに暮らす孫娘を小品に描き始めました。 いまはざっくりした下絵の途中。気が向いたときに、これから少しずつ進めるつもりです。細部を描きこむ前なので、まだあまり女の子らしくないかなw。でも最初のざっくりで、この子の中身をつかみたい、なんて。 第…

ぼくは二十歳だった。それがひとの... 〜ポール・二ザン「アデン アラビア」のことなど

昨夜、麦のお湯割りをちびちびやりながら、武者小路実篤について書きました。小説「愛と死」の読後感を綴ったのですが、投稿を公開してから、やおら立ち上がり、踏み台に乗ってごそごそ。確かこのあたりにあったはず...と、書架の一番上の奥からポール・二ザ…

純愛小説の古典 〜「愛と死」武者小路実篤

わたしが子どものころ住んでいたぼろ家の、居間兼座敷に1枚の色紙が掛けてありました。本物ではなく、安っぽい複製品です。子どもながらにも達筆とは思えない毛筆で、こう書かれていました。 「この道より我を生かす道なし この道を歩く 武者小路実篤」 色紙…

降臨するのは神か悪魔か 〜「生成AIで世界はこう変わる」今井翔太

2022年秋にChatGTPが現れたことは、個人的にインパクトのある出来事でした。ちょっと試してみようと、ChatGTPにアクセスして詩やラブレターの代筆をリクエスト。そして生成AI(クリエイティブな人工知能)が創造した<作品>に、少なからず驚きと驚異を感じ…

晴れ着と油彩画

絵の額装は、手塩にかけて育てた子に、晴れ着を着せるような気持ちになります。 子の出来の良し悪しは横に置いて、こんな色合いが似合うだろうか、デザインはどんなのがいいか、できれば安く...。というわけで晴れ着、ではなく油彩額を昨年末からネットで物…

今宵、古老の話に耳を傾けませんか 〜「忘れられた日本人」宮本常一

文学作品を評するのであれば秀作、あるいは傑作という言葉があります。しかし「忘れられた日本人」(宮本常一、岩波文庫)は、フィールドワークに徹した民俗学の仕事。最初の1ページから惹き込まれ、読み終えて、これは紛れもない名著だと思いました。 昭和1…

翻訳家と剣客小説

常盤新平(1931ー2013)という名前を聞いて、「ああ」と、思い当たる人はそう多くないと思います。アメリカのペーパーバックスを読み漁った若い時代を描いた自伝的小説「遠いアメリカ」で、1986年に直木賞を受賞。しかし、小説は余技でした。 わたしにとって…

地震

うちは震度5強。本が落ち、水槽の水が勢いよくこぼれました。幸いにも本棚が倒れることはありませんでした。津波警報が出て、家の中を確認する間もなく車で丘陵目指したけれど、幹線道路は渋滞。あせりました。 夜9時過ぎまで避難していて、とりあえず帰宅。…