ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

2024-01-01から1年間の記事一覧

いちまいの絵

40年近く前、1週間ほどパリを訪れました。ガイドブック片手に、移動手段は地下鉄の回数券を買い、バスに乗り、郊外へは駅からフランスの国鉄で。あとは徒歩。旧ルーブル美術館は朝から夕方まで費やしてとても回り切れなかったり、アポリネールの詩「ミラボー…

長い逃亡劇の果て 彼女が見つけたもの 〜「ヒロイン」桜木紫乃

「ヒロイン」(桜木紫乃、毎日新聞出版)は、23歳から17年間にわたる逃亡の物語です。華やかなタイトルと裏腹に、殺人罪の指名手配写真を気にしながら、次々と別人になりすまして世間を欺く長い旅。そこにも男との出会いと死があり、最後にようやく、ヒロイ…

ああこんな夜 また酔ってゐる 〜「続・吉原幸子詩集」など

梅雨入りし、蒸し暑い日が続きます。 最近処方された薬の副作用に、「眠気」があります。そのせいなのか、寝る前に飲むと深く眠れて朝寝坊になりました。本来の効能より、そちらに感謝したいくらい。 そして明け方によく夢を見ます。幸いにも、いい夢である…

心を白紙に、物語に身を任せて 〜「ナミヤ雑貨店の奇蹟」東野圭吾

日々の暮らしで、つい肩に力が入り、いつの間にか疲れているとき、心の重さを解き放ってくれるのもフィクションが持つ力の一つです。 「ナミヤ雑貨店の奇蹟」(東野圭吾、角川文庫)を読み終えて、わたしは久しぶり清々しい気持ちになりました。心がぎすぎす…

この迷宮におそらく解答はない 〜「箱男」安部公房

6月中旬にして今日は真夏日の予報。朝から冷房の効いた喫茶店に逃避し、モーニングセットを食べ、いまノートPCを開いてこれを書き始めました。 このところ、読了した本はそれなりにあっても、ブログに書くのが億劫になっています。理由は単純で、油彩で風景…

澄んだ水脈に 心ひたすような 〜「月まで三キロ」伊与原新

気づいたら、泣いていましたーと、文庫本の帯にあったけれど、なるほど泣くかどうかは別にして、いい短編集だと思いました。「月まで三キロ」(伊与原新、新潮文庫)です。 表題作を含め7篇が収めてあり、どれも冷たい渓流の流れを掬って飲むよう。飲んで初…

不忍池 上野公園を歩いて

仕事を通じて知り合い、20年来の友になった4人で2泊3日、東京への「お上りさん」を楽しんできました。帰宅したらブログに書こうと思っていたのに、昨夜キーボードを叩いて記したのは、なぜか駅で買った古本のことでした。あれ。 「お上りさん」は、年に1回の…

本との出会い、そして古本屋さん

週末にかけて東京に出かけ、両国、翌日の夜は銀座の端で、友人たちと飲みました。2泊して夕方の新幹線で富山駅に帰着。改札を出ると、駅の南北をつなぐ自由通路で恒例の古本市<BOOK DAY とやま>が開かれていました。年数回、地元の古本屋さんたちがこぞっ…

風景を描き始めて

このところ、本を読むより絵を描く時間が多いのです。わたしにとって「描く」とは、自分の感性とか、絵画的な効果を考えるとか、そうした類のあらゆる人為的なフィルターを排除すること。 愚直に写実です。描く対象(モチーフ)を見続けて、それが現実に存在…

日常を破壊する現代の童話 〜「砂の女」安部公房

「白雪姫」をはじめ、童話や昔話の原典をたどると実は残酷な話が多い....というのは、けっこう知られていると思います。 では、残酷な童話を現代小説として創作すればこうなるのではないか。 安部公房の「砂の女」(新潮文庫)を読んで、最初に思ったのがそ…

春の譜

久しぶりに会う約束をした友人から、待ち合わせ場所に着く直前にメッセージが入りました。 「病院にいる。すまん」 彼はある病気と長く付き合いながら仕事を続けています。事情をよく知っているから、怒る気になれないし、必要以上に心配もしません。ときど…

SF小説の古典 名作なんだけど... 〜「華氏451度」レイ・ブラッドベリ

「華氏451度」(レイ・ブラッドベリ、ハヤカワ文庫)は、1953年に書かれたディストピア(=ユートピアの反対語)小説の名作。アメリカのSFの大家、レイ・ブラッドベリの代表作といえばこれか、「火星年代記」でしょう。 書物を読むこと、所持することを禁止…

哀れ 恋心 自堕落 そして生きること 〜「山の音」川端康成

旧友を酒に誘い、夕方から早めに家を出ました。会社を離れて田舎に引っ込むと、街中に行く機会があまりありません。約束の時間まで、久しぶりに駅前の大型書店とBook・offをはしごして、荷物にならないよう1冊だけ買い、<スタバ読書>で時間を潰そうという…

美しすぎるものを焼き尽くせ 〜「金閣寺」三島由紀夫

幼時から父は、私によく、金閣のことを語った。 三島由紀夫の「金閣寺」はさらりと、物語の骨格を示して始まります。1956年に雑誌連載後、単行本として刊行されたこの作品は、三島に対して懐疑的だった一部の批評家たちを黙らせ、海外でも翻訳されました。 …

だから歴史は面白い 〜「磯田道史と日本史を語ろう」

「磯田道史と日本史を語ろう」(文春新書)は、雑誌に掲載された12本の対話をまとめた1冊です。磯田さんと語り合うのは養老孟司さん、半藤一利さん、浅田次郎さん、阿川佐和子さんら。1対1の対談だけでなく、2、3人の専門家たちと語り合う対話もあります。 …

繰り返し読む本、読まない本

本好きは、常に新しい出会いを求めています。書店で、図書館で、目立つよう平積みされた本をチェックし、次は林立した書架にぎっしり並ぶ背表紙を眺めてうろうろ。事前の情報収集で、読みたい本が決まっていれば、真っ直ぐお目当ての1冊に向かうこともあるで…

日日是好日

陽が射し、朝から1カ月ほど季節を先取りしたような陽気でした。庭先で桜桃の開花が始まり、春を告げています。20年余り前、一番花の枝を折って母の枕元へ届けたことを思い出します。 末期がんで在宅死を望んだ母は、翌日逝きました。 庭に出て雪つり縄を取り…

命をかけて、人と自然が交わるとき 〜「ともぐい」河﨑秋子

読み始めから、歯切れのいい文章のテンポに引き込まれました。北海道の厳しい自然と、街に馴染めず、独り猟師として生きる男の息遣いが立ち昇ってきます。 「ともぐい」(河﨑秋子、新潮社)は、2023年下半期の直木賞受賞作。主な舞台は明治後半の北海道、人…

京都・大原の早春

2月がまもなく終わる寒い日、朝から車で高速道路を走りました。行き先は京都の山里、大原。かわり映えしない日常を、変えてくれるのは小さな旅です。京都は何度か訪れたことがあっても、大原とその周辺は未踏の地でした。 現役引退し、差し迫った仕事に縛ら…

新しい絵に着手

遠くに暮らす孫娘を小品に描き始めました。 いまはざっくりした下絵の途中。気が向いたときに、これから少しずつ進めるつもりです。細部を描きこむ前なので、まだあまり女の子らしくないかなw。でも最初のざっくりで、この子の中身をつかみたい、なんて。 第…

ぼくは二十歳だった。それがひとの... 〜ポール・二ザン「アデン アラビア」のことなど

昨夜、麦のお湯割りをちびちびやりながら、武者小路実篤について書きました。小説「愛と死」の読後感を綴ったのですが、投稿を公開してから、やおら立ち上がり、踏み台に乗ってごそごそ。確かこのあたりにあったはず...と、書架の一番上の奥からポール・二ザ…

純愛小説の古典 〜「愛と死」武者小路実篤

わたしが子どものころ住んでいたぼろ家の、居間兼座敷に1枚の色紙が掛けてありました。本物ではなく、安っぽい複製品です。子どもながらにも達筆とは思えない毛筆で、こう書かれていました。 「この道より我を生かす道なし この道を歩く 武者小路実篤」 色紙…

降臨するのは神か悪魔か 〜「生成AIで世界はこう変わる」今井翔太

2022年秋にChatGTPが現れたことは、個人的にインパクトのある出来事でした。ちょっと試してみようと、ChatGTPにアクセスして詩やラブレターの代筆をリクエスト。そして生成AI(クリエイティブな人工知能)が創造した<作品>に、少なからず驚きと驚異を感じ…

晴れ着と油彩画

絵の額装は、手塩にかけて育てた子に、晴れ着を着せるような気持ちになります。 子の出来の良し悪しは横に置いて、こんな色合いが似合うだろうか、デザインはどんなのがいいか、できれば安く...。というわけで晴れ着、ではなく油彩額を昨年末からネットで物…

今宵、古老の話に耳を傾けませんか 〜「忘れられた日本人」宮本常一

文学作品を評するのであれば秀作、あるいは傑作という言葉があります。しかし「忘れられた日本人」(宮本常一、岩波文庫)は、フィールドワークに徹した民俗学の仕事。最初の1ページから惹き込まれ、読み終えて、これは紛れもない名著だと思いました。 昭和1…

翻訳家と剣客小説

常盤新平(1931ー2013)という名前を聞いて、「ああ」と、思い当たる人はそう多くないと思います。アメリカのペーパーバックスを読み漁った若い時代を描いた自伝的小説「遠いアメリカ」で、1986年に直木賞を受賞。しかし、小説は余技でした。 わたしにとって…

地震

うちは震度5強。本が落ち、水槽の水が勢いよくこぼれました。幸いにも本棚が倒れることはありませんでした。津波警報が出て、家の中を確認する間もなく車で丘陵目指したけれど、幹線道路は渋滞。あせりました。 夜9時過ぎまで避難していて、とりあえず帰宅。…