ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

2021-01-01から1年間の記事一覧

古日記、古本 〜みなさま良いお年を

俳句には季語が織り込まれている。 芭蕉の句も、雪山を眺めて隣のおじさんがひねった作も、巡る季節の一断面を詠んでいる。名随筆を遺した物理学者・寺田寅彦は、日本の春夏秋冬が見せる表情は多種多様で、これが私たちの感性を育み、文芸として発展したのが…

クリスマスイブの夜

今年のクリスマスイブはわたしにとって、単に残り1週間になった2021年のカウントダウンが始まる日です。数日前、ある手書きの自伝原稿前半がどっさり届きました。今日も半日、その原稿を読み込んでいました。 来年1月半ばまでに、必要なところに手を入れて整…

芥川君、君、先生の『こころ』を読みましたか? 〜「ミチクサ先生」伊集院静

夏目漱石の生涯を読み進むにつれ、いつの間にか自分も、同じ空気を吸い、同じ時間を生きているように思われてきます。「ミチクサ先生」(伊集院静、講談社)は、漱石を軸にしながら、正岡子規ら日本の近代文化を切り拓いた若者たちにスポットを当てた群像劇…

電 話

電話が鳴ることに、いい思い出がありません。 最前線の新聞記者だったころは24時間、たとえ明け方であろうと電話(あるころからは携帯電話)が鳴りました。事件発生か、事故か、あるいはそれ以外の何か。強大な力を持つ政治家が亡くなったとか、自然災害など…

男と女のどろどろは、ついに心理小説へ 〜「源氏物語」瀬戸内寂聴訳その7

12月にもなれば、北陸は雪の気配です。冷たい雨やみぞれを降らす雲で空は覆われ、晴れる日が少なく、やがて分厚い雪雲に変わっていきます。昼過ぎにはもう、雲の向こうの見えない日没に向かって、長い夕暮れが始まる気がするのです。 若いころはそんな鬱々と…

簡単で、難しくて、うーん.... 〜「俳句、はじめてみませんか」黒田杏子

それが俳句であるか川柳であるか、はたまた戯言に過ぎないかは別として、指折りながら1度や2度くらいは五七五と、頭をひねった経験のある人は多いと思います。 「俳句、はじめてみませんか」(黒田杏子=ももこ=、立風書房、1997年)という絶版本を、わざわ…

カレンダー 

あの葉がすべて落ちたとき、わたしの命も消える...は、よく知られたO・ヘンリーの名篇「最後の一葉」です。うちは11月末、庭のソメイヨシノに残っていた最後の一葉が散りました。月がかわり、トイレに掛けてある小ぶりなカレンダーは、最後の一枚を残すのみ…

ホキ美術館について

4日間にわたり、仕事も放り出して、愛知から東京へと回ってきました。そして帰り着くと、<国境の長いトンネルを抜けると雪国であった>...とまでは言わないけれど、北陸は冷たい雨が降る冬の始まりに変わっていました。 必要があっての遠出。そこに組み込ん…

春乃色食堂

山から雪の気配が漂い始める北陸の晩秋。色鮮やかな落葉が終わったころ、枝先に残る木守柿が、ぽっと火を灯したように目に入ります。 今日、些細な仕事で山沿いにある小さな町に出かけました。用事を終えると、冷たい雨が上がっていたので街中をぶらぶら歩き…

本についての 美しい本 〜「モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語」内田洋子

本について書かれた美しい本。 文春文庫の新刊「モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語」(内田洋子)を簡潔に表すなら、わたしにはこの言葉以外にありません。もちろん「美しい」のは本の造りではなく、書いてある中身です。そして歯切れのいい文章も…

お絵描きの近況

先月から、油の絵筆を持ってF10のキャンバスにしこしこ再開しました。下塗り段階で、今は大まかな色のイメージを固めているさ中です。描いているのはモズの巣。地元のバードウオッチセンターに展示してあるのです。 今はこんな具合ですが、これでは抽象画み…

生きることの哀しみ 温かさ 〜「泥の河」「蛍川」宮本輝 

デビュー作には作家のすべてがあると言うけれど、「蛍川・泥の河」(宮本輝、新潮文庫)を読んで確かにその通りだと思いました。 「泥の河」という短い小説は、昭和30年の大阪の場末を舞台に、一人の男のあっけなくも悲惨な死から物語が始まります。のっけか…

小春日和

<小春日和> 死んだ夏の虫を 低い太陽が温めている あいもにくしみも漂白した空の高さ 地の底で 蒼い静脈がひとすじ ひそかに切れた 遠い山あいの窪みで 雲を映す水面(みなも)が 小さく波立つ だれも見ない だれにも聴こえない けさ郵便受けに絵葉書が届…

秋 深まり

庭のキンモクセイが香り、思わず深く息を吸ってしまいます。ソメイヨシノは紅葉から落葉へ。萩は花期が終わり、名残の花びらが日差しを浴びています。 わたし、もしかすると読書以上に手間暇かけているかもしれない草木の世話。今日は風も心地よいので、拙宅…

名文とは...結局、心地よくて面白い文章 〜「鬼平犯科帳」池波正太郎

今日読み終えた「鬼平犯科帳」7(池波正太郎、文春文庫)の巻末に、故・中島梓=小説家としてのペンネームは栗本薫=が、文体・文章について書いていました。これがなんとも興味深かった。というのも、わたしもまた池上さんの文体について、ずっと気になって…

こんな本のお世話になっています 〜「新聞集成 明治編年史」全15巻

慶応4年(=明治元年、1868)3月14日、京から攻め上がってきた官軍の大将・西郷隆盛と、幕府を代表する勝海舟が会談し、江戸城を明け渡すことで合意します。大都市江戸が戦火に焼かれる悲劇を避けた無血開城として、NHK大河ドラマなどでもハイライトになる歴…

車飛ばして美術展へ... 林忠正のこと

昼から天気が崩れるという予報を見て、朝から隣の市にある美術館へ車を走らせました。車の運転は、やはり青空の下がいい。「高岡で考える西洋美術ー<ここ>と<遠く>が触れるとき」(国立西洋美術館、高岡市美術館など主催)という企画展が気になっていて…

女のハードボイルドは男を凌ぐ 〜「ブルース Red」桜木紫乃

「いい体してるよね」莉菜が言うと「ありがとうございます」と返ってくる。この女の良さは肌を出しても感情を露出させないことだ。(中略)「ないふり」は難しいものの「あるふり」が出来るのが感情だろう。余裕のない人間は、どこかで見たような言葉と表情…

切なくて重い、人というもの 〜「ある男」平野啓一郎

単行本が文庫版になって刊行されると、たいていは巻末に批評家や同業者による「解説」が付きます。ところが「ある男」(平野啓一郎、文春文庫)には解説文がない。むむ、これは...。 わたしは結構「解説」を読んで、その本を買うか買わないか決めるのですか…

三島由紀夫 〜作家つれづれ・その5

<既視感>という言葉があります。初めて訪れた地なのに、いつかどこかで、この景色を見たことがあるような。もし過去に本当に見ていたのなら、そこは初めて訪れた地ではないのだから、これはそもそも矛盾で成り立つ感覚です。 本に当てはめるなら既読感とで…

国を支える「母」への道のり 〜「月と日の后」冲方丁

この世をばわが世とぞ思う望月の....と詠んで、権力をほしいままにした藤原道長。その娘・彰子(しょうし)の生涯を追い、怨念や陰謀渦巻く平安貴族の権力争いを描き出します。「月と日の后」(冲方丁=うぶかた・とう=、PHP)の斬新さは、どろどろした政争…

冲方さんと千年前の女性たち 〜作家つれづれ・その4

冲方丁(うぶかた・とう)さんの新刊「月と日の后」(PHP)を読んでいます。読了していないので、作品レビューを書くのは後日にするとして、今は趣の赴くままに...。 一昨日から息子と2歳の孫の男の子が帰省していて、振り回されていました。幼い瞳は、なん…

惨めなシンデレラとその後 〜「源氏物語」瀬戸内寂聴訳その6

5月の連休のころヤフオクで全10巻、1,000円で落札した瀬戸内寂聴訳「源氏物語」。併読本として年末までには読み終えようか...と、気軽に構えていました。 ところが読み始めるとそれなりに深みにはまり、いまや年内の読了をほぼあきらめています。この大作が…

時空を超えた事実 それは<物語> 〜「イヴの七人の娘たち」ブライアン・サイクス

<縄文顔>と<弥生顔>という、ちまたの分類があります。縄文=ソース顔、弥生=しょうゆ顔、と言い換えてもいいでしょう。この分類、なかなか遺伝子的に日本人の成り立ちを言い当てていると思います。 などど、知ったふうに書いたのは、遺伝子解析が切り拓…

中村真一郎 〜作家つれづれ・その3

最近、中村真一郎さん(1918〜1997年)の本を引っ張り出してきて、拾い読みの再読をしています。今はもう「それはだれ?」、という人が多いかもしれません。 小説家、仏文学者。文学評論も書き、若いころは詩人として知られ、またラジオドラマの脚本なども書…

すくすく伸びる命について

昨年秋に、剪定したツルバラの枝を1本、挿木して部屋に持ち込みました。 幸い根が出て、冬に芽を伸ばし始めました。肥料と水管理に気を配り、大きな鉢に2回の植え替え。たった1年で、ここまですくすく伸びた命の力に驚くばかりです。 昨年の冬 今年5月ごろ 2…

軽い気持ちで読むと.... 〜「貝に続く場所にて」石沢麻依

森に接した大学都市、ドイツのゲッティンゲン。留学中の<私>は人気ない駅舎の陰で、日本から訪ねてくる友人を待っています。 <私>は東日本大震災で被災した過去を持ち、ゲッティンゲンを訪ねてくる彼は、大学時代の美術史の研究仲間。沿岸部に住んでいた…

常夏の氷 秋風が吹いて栗 〜「源氏物語」瀬戸内寂聴訳その5

わたしの住む地、9月になったとたんに涼しくなり、いや、肌寒いほどでした。夜になって、外からは激しい雨音。 「もう栗が出回っているのか」と、スーパーで栗を見かけたのが8月最後の昨日のことで、帰宅して水に浸しておきました。今日の夕方から鍋でことこ…

武士だって死ぬのは怖い! 〜「戦争の日本中世史 下剋上は本当にあったのか」呉座勇一

時間をかけて、少々カタい本を読んでいました。「戦争の日本中世史 『下剋上』は本当にあったのか」(呉座勇一、新潮新書)は、鎌倉時代の蒙古襲来から始まり、南北朝を経た戦国前夜まで、武士階級を軸にして日本における<中世>の実像に迫った論考です。 …

「旨い」と「美味しい」 〜「食卓のつぶやき」その他、池波正太郎

歴史学者で考古学者の松木武彦さんが、駅弁について書いたエッセーがあります。松木さん曰く。昔、ディーゼル急行の固い座席で割り箸を使った高松駅の駅弁は、どうしてあんなに旨かったのか?。 言われてみれば確かに、冷えた幕の内弁当がレストランで出てき…