ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

本についての 美しい本 〜「モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語」内田洋子

 本について書かれた美しい本。

 文春文庫の新刊「モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語」(内田洋子)を簡潔に表すなら、わたしにはこの言葉以外にありません。もちろん「美しい」のは本の造りではなく、書いてある中身です。そして歯切れのいい文章も。

 ヴェネツィアの細い道を折れた路地の奥にある一軒の古本屋さん。店主と懇意になったことから、本の歴史をたどる内田さんの旅が始まります。タイトルに「物語」とありますが、フィクションではありません。足をかけ、資料を集め、遠い過去の本の行商人に思いを馳せたルポルタージュです。

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 北イタリアの山間地に、モンテレッジォという廃絶寸前の村があります。その昔、男たちは春から秋まで出稼ぎに山を下り、農場で働きました。ところが19世紀の初め、火山噴火による天候不順で欧州の農業が数年にわたって大打撃を受けたとき、彼らは職を失いました。

 村の家族を養うために、男たちは行商を始めました。売り歩いた商品の一つが本だったのです。社会の近代化は識字率の向上につながり、次第に本の行商の追い風になりました。

 まともな本の販売ルートはなく、本屋も少ない時代です。

 それまでの本を読む人たちとは異なる種類の人たちが、各地で行商人たちの運んでくる本を心待ちにした。(中略)何より、店主である行商人たちは丁寧に相手になってくれるのだった。各地を歩いて本を売っている村人たちの話には、臨場感があった。

 余談ながら、わたしがふと思い浮かべたのは、「売薬さん」と呼ばれた越中の薬売りです。庶民がおいそれと医者にかかれなかった時代、売薬さんは全国津々浦々に配置薬の箱を置いて回りました。家々では、売薬さんがもたらしてくれる知らない土地の土産話も楽しみにしていたのです。

 本であれ薬であれ、洋の東西を問わず、ネットもテレビもない時代の行商人は庶民に情報を運んで来る貴重な存在でもありました。

 イタリアのあちこちに出版社ができると、経営者たちは有力な全国販売網である本の行商人を頼りにします。まず行商人にゲラを読んでもらってから、印刷するかどうか決めることさえあったようです。

 モンテレッジォは<本の行商の村>という稀有な存在になります。しかし同時に

 村人たちは底辺の行商人だった。青天井で売る。町中の書店で売る本とは違っていた。価格も、格も、読者も。

 やがて時代の移り変わりとともに本の行商は廃れ、また行商先で本屋や古本屋を開いて定住する人も相次いで、村は忘れられていきます。

 現代のその村へ何度も足を運んだ内田さんの旅は、本や出版文化の歴史を背景に、貧しさの中を生き抜いた庶民の素顔を照らし出していきます。そしてこのルポの冒頭、内田さんが懇意になったヴェネツィアの古本屋さんも、ルーツはモンテレッジォ村の行商人でした。

 

 さて、今から70年前の1952年、村人や出身者がモンテレッジォに集まり、村の生活を支えてくれた本に感謝する集いを開くことにしました。これを知った作家や出版関係者が賛同して「本の村を表敬訪問しよう」と呼び掛け、当日は大賑わいになりました。

 このとき、本屋が集まって決める文学賞をつくろうと決議されました。「露天商賞」が創設され、現在ではイタリアの有力な文学賞に育っています。作家や批評家ではなく本屋さんが選ぶ賞は、日本の「本屋大賞」に先駆けたお手本みたいな存在ですね。

 集いの翌1953年、第1回露天商賞が決まりました。受賞したのはアメリカ人作家が書いた小説(イタリア語に訳された本)でした。原題は

 Ernest Hemingway 「The Oldman and the Sea」

 です。

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 本の行商人の姿