ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

小説

<小説>というカテゴリーに説明不要だと思いますが、日本、海外の作家によるフィクションです。

のろまで不器用で、泣き虫な<希望> 〜「さぶ」山本周五郎

江戸・下町の表具店で、一人前の職人を目指して修行する栄二とさぶ。男前で仕事もめきめき腕を上げる栄二に対し、さぶはずんぐりした体型、のろまで不器用、おまけに泣き虫。同い年の二人は、強い友情で結ばれ助け合っています。 ところが23歳になったある日…

秋の日射しのような... 〜「古本食堂」原田ひ香

11月に入って庭のドウダンツツジが赤く色づき、斜めから射す光を浴びています。夏の太陽は頭上から照りつけるけれど、冬を控えたこの時期は真昼も空の低い位置から光が射し、景色が輝いて見えるのはそのせいだろうか...と、ふと思いました。 「古本食堂」(…

かくして世界一の都市は生まれた 〜「家康、江戸を建てる」門井慶喜

18世紀に人口が100万人を超え、世界最大の都市になったのは徳川幕府のお膝元・江戸です。欧州最大の都市、ロンドンでも当時は85万人程度だったとか。 天下を統一した秀吉が、北条氏の所領だった関東八カ国へ移るよう、家康に申し渡したのは16世紀の終わりこ…

恐ろしくも哀しい 〜「破船」吉村 昭

「破船」(吉村昭、新潮文庫)は、感情を排した描写に徹し、淡々と言葉を紡いで恐ろしい寓話世界へ案内してくれます。 背後に山々が迫り、目の前は岩礁に白く波が砕ける僻地。へばりつくようにして人々が生きる小さな村があります。舞台は江戸時代、小舟を出…

戦国を駆け抜けた孤独なヒール 〜「じんかん」今村翔吾

面白い小説は冒頭の数ページで読者を引き込みます。ページをめくったとたんに「むむ!」っと思わせ、先を期待させる雰囲気をぷんぷん発してきます。 暖簾をくぐったら、目の前のざわめきや漂ってくる食い物の匂いで、「この店は当たりだ」と直感するのに似て…

はるかな宇宙で衝撃の出会い 〜「ソラリス」スタニスワフ・レム

満天の夜空を見上げれば、だれしも感嘆します。星に見える輝きの多くは、実は無数の星が集まった星雲であり、光がようやく地球に届いた遠い過去の姿をわたしたちは今見ている。そして宇宙全体が膨張を続けていると聞かされれば、なんとも不思議な気持ちに襲…

大切にされ続けた本には心が宿る 〜「本を守ろうとする猫の話」夏川草介

町の片隅にある一軒の小さな古書店「夏木書店」。 床から天井に届く書架を、世界の名作文学や哲学書がぎっしり埋めています。売れ筋の人気本や雑誌などは一切置かずに、「これで経営が成り立つのか」という店です。細々と店を営んできた祖父が急死しました。…

美味しさについて書かれた 美味しい1冊 〜「美味礼讃」海老沢泰久

もし、「美味しいこと」に関する1番のお勧め本を問われたら、ずいぶん迷います。味の好みが年齢と共に変わるのは確かで、最近は和食や、質素な精進料理の淡白に奥深さを感じます。 一方で、1皿のために時間と素材を贅沢に使うフランス料理に感服する心も未だ…

美味しいと、言う必要のないご飯が美味しい 〜「おいしいごはんが食べられますように」高瀬隼子

近年、芥川賞受賞作と聞くと無意識のうちに身構える部分があります。というのも、普通の生活感覚からズレた(いい意味で)斬新な作風が多いから。文学に限らず、芸術は過去にない新しい領域を世界に付け加えようと作者が格闘するものですから、純文学を標榜…

苦しみは天から降る光のせい 〜「くるまの娘」宇佐見りん

話題作「推し、燃ゆ」で芥川賞を取った宇佐見りんさん。受賞後の第一作が「くるまの娘」(河出書房新社)です。 書店に平積みされ、帯にある出版社の<推し>がすごい。まず「慟哭必至の最高傑作」と目に飛び込んでくる。山田詠美さん、中村文則さんの推薦文…

「粋」と「いなせ」 〜「天切り松 闇語り」浅田次郎

歳はとりたくねえもんだの、くーさん。昔なら三日とかからなかったろうに、最近はのんびりかい。まあ、若え時分と同じにやれってほうが無理な話だがの。 ...と、「天切り松 闇語り」(浅田次郎、集英社)を読み終え、わたしは登場人物の東京弁(いうまでもな…

浅田次郎 〜作家つれづれ・その6

10年ほど前、浅田次郎さん、中村文則さんと食事をご一緒したことがあります。わたしが勤務していた会社と某企業が組み、作家の講演会を開きました。講師として話していただいたのがこの2人でした。 講演会は盛況に終わり、関係者数人で夜の宴席を設けたので…

貧しさと人の本性 浅田作品の魅力を考える 〜「流人道中記」浅田次郎

浅田次郎さんの「天切り松 闇語り」シリーズ(5巻、集英社)を読みたいとネットで物色するうち、買ったのがなんと「流人道中記」(上下、中央公論社)になってしまいました。 「天切り松」はヤフオクで全巻揃いを見つけたのですが、オークションの締切が6日…

事実と真実 そして哀しみに至る 〜「朱色の化身」塩田武士

昭和31年4月23日、フェーン現象で乾燥した強風が吹き荒れる朝、福井県の国鉄芦原駅前の商店から出た火は、福井を代表する温泉街・芦原温泉を焼き尽くしました。「朱色の化身」(塩田武士=たけし=、講談社)は、炎に追われ焼け出された人びとの群像を活写し…

謎解きがたどり着く静かな光 〜「ノースライト」横山秀夫

解けそうもないさまざまな謎の断片が、終盤になって一気に像を結び、幾つもの魂のうめきが聴こえてきます。別れた夫婦、父と子、友。作中で語られる人間関係はどれも軋みを発し、現在と過去の3人の死がストーリーを動かします。 だからと言って「ノースライ…

「はあ」..「やれやれ」とその後 〜村上春樹&映画「ドライブ・マイ・カー」

少し前のことになりますが、アカデミー賞を獲得して話題になった映画「ドライブ・マイ・カー」(濱口竜介監督、西島秀俊主演)を観に行ったのは、4月下旬の大型連休前の平日でした。話題の映画だったにもかかわらず空席が目立ったのは新型コロナのせいか、2…

生き抜くために今はただ敵を.. 〜「同志少女よ、敵を撃て」逢坂冬馬

今年の本屋大賞はちょっと肌触りが違うようだ...と、受賞作紹介文で思い、本屋さんではタイトルとカバーイラストにやや尻込みしたけれど、やっぱり買うことにして、読み始めれば「うん、悪くない」と何度もにんまりしたのが「同志少女よ、敵を撃て」(逢坂冬…

楽しく諧謔に満ちたお話はいかが? 〜「お伽草子」太宰治

日本の昔話、説話に材を取った「お伽草子」(太宰治、新潮文庫)が書かれたのは、昭和20(1945)年3月から7月にかけて、米軍による空襲が激しくなった時期です。太宰も疎開先の家を焼夷弾に焼かれ、書き上げたばかりの原稿を抱えて炎から逃げたりしました。…

本当は怖すぎる 大人の童話 〜「地球星人」村田沙耶香

長野の山奥にある祖父母が暮らす家へと、曲がりくねった坂道を父が運転する車は進みます。乗っているのは母と姉、そして小学校5年の<私>。お盆には毎年、その山奥の家におじさんやおばさん、従兄弟たちが集まるのです。 「地球星人」(村田沙耶香、新潮文…

浮世絵の男とゴッホ 〜「たゆたえども沈まず」原田マハ

日本人は印象派の画家たちが大好きです。モネの「睡蓮」、ルノアールが描いた少女や女性たち、ドガの踊り子、ゴッホの「ひまわり」や「星月夜」...。(厳密には、ゴッホは「ポスト印象派」とされています) もし私が美術館の学芸員・キュレーターで、上司か…

その生き様 静かに一気読み 〜「朱より赤く 高岡智照尼の生涯」窪美澄

明治の終わりから昭和にかけ、時代の耳目を集めた女性としてわたしがまず思い浮かべるのは柳原白蓮です。<大正の三美人>と称された一人で、歌人。父は伯爵という超エリートの血筋。 波乱にみちた生涯については、林真理子さんの「白蓮れんれん」(集英社文…

江戸の「景色」に遊ぶ 〜「鬼平犯科帳」池波正太郎 その2

師走のころから立春を過ぎたここまで、大きなエネルギーを注がざるを得なかった仕事にようやく一区切り、一息ついて、さてどうしようかと、焼酎お湯わりを舐めていた昨夜、手にしたのは「鬼平犯科帳」(池波正太郎、文春文庫)の16冊目でした。 このシリーズ…

芥川君、君、先生の『こころ』を読みましたか? 〜「ミチクサ先生」伊集院静

夏目漱石の生涯を読み進むにつれ、いつの間にか自分も、同じ空気を吸い、同じ時間を生きているように思われてきます。「ミチクサ先生」(伊集院静、講談社)は、漱石を軸にしながら、正岡子規ら日本の近代文化を切り拓いた若者たちにスポットを当てた群像劇…

男と女のどろどろは、ついに心理小説へ 〜「源氏物語」瀬戸内寂聴訳その7

12月にもなれば、北陸は雪の気配です。冷たい雨やみぞれを降らす雲で空は覆われ、晴れる日が少なく、やがて分厚い雪雲に変わっていきます。昼過ぎにはもう、雲の向こうの見えない日没に向かって、長い夕暮れが始まる気がするのです。 若いころはそんな鬱々と…

生きることの哀しみ 温かさ 〜「泥の河」「蛍川」宮本輝 

デビュー作には作家のすべてがあると言うけれど、「蛍川・泥の河」(宮本輝、新潮文庫)を読んで確かにその通りだと思いました。 「泥の河」という短い小説は、昭和30年の大阪の場末を舞台に、一人の男のあっけなくも悲惨な死から物語が始まります。のっけか…

名文とは...結局、心地よくて面白い文章 〜「鬼平犯科帳」池波正太郎

今日読み終えた「鬼平犯科帳」7(池波正太郎、文春文庫)の巻末に、故・中島梓=小説家としてのペンネームは栗本薫=が、文体・文章について書いていました。これがなんとも興味深かった。というのも、わたしもまた池上さんの文体について、ずっと気になって…

女のハードボイルドは男を凌ぐ 〜「ブルース Red」桜木紫乃

「いい体してるよね」莉菜が言うと「ありがとうございます」と返ってくる。この女の良さは肌を出しても感情を露出させないことだ。(中略)「ないふり」は難しいものの「あるふり」が出来るのが感情だろう。余裕のない人間は、どこかで見たような言葉と表情…

切なくて重い、人というもの 〜「ある男」平野啓一郎

単行本が文庫版になって刊行されると、たいていは巻末に批評家や同業者による「解説」が付きます。ところが「ある男」(平野啓一郎、文春文庫)には解説文がない。むむ、これは...。 わたしは結構「解説」を読んで、その本を買うか買わないか決めるのですか…

国を支える「母」への道のり 〜「月と日の后」冲方丁

この世をばわが世とぞ思う望月の....と詠んで、権力をほしいままにした藤原道長。その娘・彰子(しょうし)の生涯を追い、怨念や陰謀渦巻く平安貴族の権力争いを描き出します。「月と日の后」(冲方丁=うぶかた・とう=、PHP)の斬新さは、どろどろした政争…

軽い気持ちで読むと.... 〜「貝に続く場所にて」石沢麻依

森に接した大学都市、ドイツのゲッティンゲン。留学中の<私>は人気ない駅舎の陰で、日本から訪ねてくる友人を待っています。 <私>は東日本大震災で被災した過去を持ち、ゲッティンゲンを訪ねてくる彼は、大学時代の美術史の研究仲間。沿岸部に住んでいた…