小説
川端康成の「眠れる美女」は、昭和35年から翌年にかけて雑誌「新潮」に連載された100ページに充たない中編小説です。ノーベル賞作家・川端の...というだけでなく、近現代の日本文学における最高到達点の一つだとわたしは思います。 もしかすると好きになれな…
「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」 読み始めの冒頭が、この宣言です。頭の中が「?」になったわたし。 宣言したのは中学2年の女の子で主人公の成瀬です。呼びかけられた島崎は、同じマンションに暮らす同級生の親友。わたしが思ったのは...成…
たまたまこれを書いている今日が12月24日で、たまたま「森崎書店の日々」(八木沢里志、小学館)という本を最近読んだのですが、ふと、「これはクリスマスイブにぴったりの小説だ」と思いました。一人だけのイブの夜、ページをめくれば、静かに心が潤ってき…
この物語を初めて読んだのは、小学校の何年生だったろう。やがてあらすじさえ忘れてしまったけれど、あのときページをめくりながら、異世界に飛ばされて大いなる試練に直面した「わくわく」と「どきどき」は、消えることなく心に刻まれました。地面が割れて…
うう。やるねえ。参ったなあ。 さすがに声には出さないけれど、感嘆し何度も心で唸っておりました。こいつは本物だぜと、ぺえじを捲りながら、分もわきまえず作者の才に驚き。 一度など目頭が熱くなりかけ、「やばい」と天を仰ぎ、目を見開いて目ん玉乾かし…
ロンドンの街中の本屋さんを何軒か訪ねたとき、意外だったのは日本人作家の英訳小説がけっこう並んでいることでした。「へえ〜」そうなんだ、とそのとき思い。村上春樹さんだけでなく、あまり売れそうにない純文学系の作品がいろいろあったのです。 ただし別…
北方謙三さんの新しい歴史大作の刊行が始まりました。「森羅記 一」(集英社)は、ユーラシア大陸を横断する大帝国・モンゴルと、日本の鎌倉時代を舞台に、二つの物語が同時進行します。 モンゴルの主人公は、帝国の祖チンギス・カンの孫にあたるクビライ。…
世の権力が貴族から武士へ移る激動の時代、若くして出家し、歌人として生きたのが西行でした。「西行花伝」(辻邦生、新潮社)は、その激動の一生を描き出します。 西行が繰り返し自らに問い続けるのは、「歌とはなにか」ということ。歌を「芸術」と置き換え…
SNSを中心にしたネット上の言論空間を、みなさんはどう感じているのでしょうか。たぶんSNSとの接し方は、世代によって大きく異なる。昭和の時代に人格形成が終わったわたしから見れば、SNSは便利な道具であると同時に、底知れない闇を抱えていて、しかも闇が…
人はみな<今>を生きています。当たり前だけれど。ところが、人は<今>というものの豊さやかけがえなさを、ほんの少ししか受け止めることができません。だから過去を振り返って、「ああ、あのときは...」と感慨にふけったり、悔やんだりする。そして時を経…
「アルジャーノンに花束を」(ダニエル・キイス、ハヤカワ文庫)を読むと、否応なくわたしたちは、人の幸福とは何かを問われ、欠陥だらけのこの社会の現実を直視することを強いられます。そして苦悩する主人公の姿に、胸を熱くする読者も少なくないと思いま…
散文詩を読むように、小説「沈むフランシス」(松家仁之、新潮文庫)のページをめくりながら、わたしはずっと考えていました。この文章(文体、表現の作法、エクリチュール)の魅力は、どこから生まれてくるのだろう...。 なによりもまず、丁寧な記述です。…
歴史小説の主人公は概ね、名を知られた武将たちです。戦国大名や軍師たち、幕末から維新にかけてであれば近代への扉を開いた志士たち。ところが「潮音」(宮本輝、全4巻、文藝春秋)は、越中富山の一人の薬売りが主役です。 幕末に生まれた薬売りが、老いて…
松家仁之(まついえ・まさし)という作家を知ったのは、本猿 (id:honzaru)さんのブログを通してでした。書かれていたのは、松家さんのデビュー作である「火山のふもとで」(新潮文庫、読売文学賞受賞作)についての、最高級の賛辞を含んだレビューでした。 …
みなさんご存知「赤毛のアン」(モンゴメリ、村岡花子訳、新潮文庫)。わたしは漠然と、少女向けの児童文学だとイメージしていました。ところが予想外に分厚い文庫本を手にしてみれば、500ページ超の長編。しかも続編を含めシリーズ11作という、堂々たる大作…
今年も桜の季節がやってきて、3月末からSNSやテレビのニュースに、見事な映像があふれています。日本人は桜が好きですね。もちろん、わたしも。うちの庭にも1本の桜があって、開花を毎年楽しんでいます。 30数年前、地元に陶芸館が建設されたとき、市が周囲…
「ことばを食する」と題し、本や言葉をテーマにしたこのブログを始めたとき、いつか書きたいと思いながら、果たしていない作品がいくつかあります。「内部」(エレーヌ・シクスス、新潮社、絶版)が、そう。かつて20歳代前半のわたしに、精神的な暴力に近い…
中華の北、深く長い山嶺に子午山(しごさん)があります。実在する山だと思いますが、ネットでざっと検索した程度では、確信が得られません。しかし「子午山」という言葉にヒットする情報はあふれています。 尾根をいくつか越えると川があり、川を渡った先の…
いろいろある文学賞の各受賞作品について、わたしに「追っかけ」や「推し活」趣味はありません。でも、次に読む本がなかなか決まらないとき、あるいは品切れで再版待ちをしているとき、それなら最新の芥川賞作を読んでみようか...という程度には意識していま…
人の心の在処など深追いしない 心細やかな人ほど、そして懸命に厳しい現実に立ち向かって生きているほど、そう思うのではないでしょうか。人の心の在処を深追いしないと決めた。その代わりだれにも、迷惑はかけないつもりだ。だから、自分が本当はどう思って…
東野圭吾さんの「架空犯」(幻冬舎)が刊行されたのをきっかけに、未読だった前作「白鳥とコウモリ」(2021年)を書店で買い、新刊である「架空犯」はネットで古本を注文しました。ん、新刊の方が古本かよ。 どちらも刑事、五代努が殺人事件の真犯人を追い詰…
越中富山の薬売り。江戸時代から全国津々浦々を巡り、こどもたちに紙風船や錦絵を配り、配置薬のうちの、使った分だけお金を頂き、新しい薬を補充して次の家に行きます。 幕府の隠密さえ生きて出られなかったという薩摩藩にも、越中の薬売りは出入りが許され…
ほぼ半世紀前に書かれた小説が、いま静かな人気になっていると知り、「青い壺」(有吉佐和子、文春文庫)を手にしました。 無名の陶芸家が焼いた、美しい青磁の壺。売られ、贈られ、盗まれ、京都の露天の骨董市に並び、果てはスペインに渡り。転々とする青い…
祖母だったかほかのだれかだったか、確かな記憶はないけれど、子どものころこう言われました。 「隠れて悪さをしても、ののさまは見ていらっしゃる」 仏様のことを、わたしが暮らす地方では子ども言葉で「ののさま」と呼びます。「見ている人がいないからと…
これは評伝なのか、小説なのか。「イエスの生涯」(遠藤周作、新潮文庫)を読めば、だれもがそう思うでしょう。紀元前3年に生まれ、ナザレの町で貧しい大工として働き、短い生涯の晩年に弱きものへの愛を説き、33歳ごろ十字架の磔になって刑死したイエス・キ…
一気に通読するだけが、「放浪記」(林芙美子、新潮文庫)の読み方ではないと思います。わたしは併読本として、気が向いたときに少しずつ読み進み、気づけば2カ月余り。ページを開くといつも、林芙美子という魅力的な女性に再会し、大正時代の日本社会の雑踏…
純粋、切ない、優しい、強い。弱い、かたくな、そして残酷。 どれも、「冷静と情熱のあいだ」(江國香織、角川文庫)の主人公<アオイ>について考えたとき、思い浮かんだ言葉です。そして全部、だれしもが持つ人の本性かもしれません。 単行本帯のキャッチ…
壮絶な記録文学です。北アルプスの黒部峡谷は、峻厳な地形や豪雪が人の侵入を拒み続けてきた秘境。その峡谷に水力発電のダムを建設するため、人や資材を運ぶ隧道(トンネル)の掘削が始まりました。 ところが地下火山の影響で、掘り進むと岩盤温度は160度を…
「やさしい訴え」(小川洋子、文春文庫)を読みながら、読み終えて、しばし考えました。この小説について、なにか書くべきなのか...。以前、このブログである恋愛小説を取り上げたとき、以下の趣旨のことを書きました。 いい恋愛小説はただ共感できるか否か…
ウクライナ、パレスチナのガザ地区など、世界のあちこちで戦争が絶えません。有史以来、国と国は武器を執って争い、21世紀になっても変わることがない。 幸い、日本はしばらく戦争に直面していないけれど、「戦後」という言葉が過去になったわけではありませ…

