ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

小説

涙が出るほど哀くて、笑ってしまう 〜「火花」又吉直樹

お笑い芸への愛情と切なさが、ひしひしと伝わってきました。愛情が深ければ苦悩も深く、文章からは文学への真っ直ぐな思いが漂ってきます。う〜ん、これは心に残る秀作ですね。 「火花」(又吉直樹、文藝春秋)を今ごろ読んで、褒め言葉を並べているのだから…

きっと彼女を探し出す 〜「ノーマンズランド」誉田哲也

「ノーマンズランド」(誉田哲也、光文社文庫)を読みました...と書くと、すかさず「おいおい、前回こんなの4冊買いましたと、なんだかんだ言ってたのと違う本じゃないか!」と突っ込まれそうですが、はい、違うのです。申し訳ありません。まあ、寂れたブロ…

わたしは果てない夢をみる 〜「三度目の恋」川上弘美

「むかしむかし....」で始まる、おばあちゃんの昔話。語りの前置きとして、各地の方言に形を変えながら伝わってきた、あるフレーズがあります。 ありしか なかりしか知らねども あったこととして聞かねばならぬぞよ これ、直裁で素朴で、かつ<物語>という…

彼は散った 〜「歳月」司馬遼太郎

ファンと言うほどではないけれど、気づいてみれば司馬遼太郎さんの歴史小説を結構読んできました。戦国時代、幕末から明治維新など、激動期の人間像を描き出して歴史の奥行を俯瞰させてくれる小説群は抜群に面白い。 でも、この<面白い>と言う言葉はけっこ…

ドストエフスキー 〜作家つれづれ・その1

異常気象で雪が積もらなかった昨年と打って変わり、いつもの冬がやってきました。朝、目が覚めて見れば一面の銀世界。まるで世界をリセットしたよう。庭のサクラも雪をまとって、枝垂れ桜みたいな風情になっていました。 (今朝の庭) わたしの住む地では、基…

不可思議な シュールな 〜「ワカタケル」池澤夏樹

やはりこれは、歴史小説と呼ぶべきなのでしょうか。「ワカタケル」(池澤夏樹、日本経済新聞出版)は、5世紀後半の古墳時代を舞台に、ワカタケル=雄略天皇=を描いた作品です。 第21代天皇・雄略は、古墳から出土した鉄剣に彫られた銘に名が確認され、考古…

彼は立ち止まらない 〜「久遠」など刑事・鳴沢了シリーズ 堂場瞬一

最近<リーダビリティ readability>という言葉を知りました。「先へ先へと読ませる力」という意味でしょうか。あの作家はリーダビリティが高い、といった使い方をするようです。 いい小説の条件を考えるなら、結局は「面白いか否か」というシンプルな出発点…

魔王・信長か 繊細な天才・光秀か 〜「国盗り物語」司馬遼太郎

小学生の男の子は、わりと様々な<○○少年>時代を過ごすものです。わたしに関して言えば、夏休みの<昆虫採集少年>だったり、放課後の<野球少年>だったり。少し珍しいと思うのは、一時期<発掘少年>だったことでしょうか。 自転車で10数分で行ける丘陵地…

なぜ信長は光秀に討たれたか 〜「信長の原理」垣根涼介

少年は蟻を見ていた。 暑い夏の午後、しばしば飽くこともなく足元の蟻の行列を見続けていた。 周囲から煙たがられ、母からも疎まれるこの少年は、吉法師(きっぽうし・織田信長の幼名)。「信長の原理」(垣根涼介、角川文庫)は、蟻を見つめるシーンから始…

古い本に味わいあり 〜「白描」ほか 石川淳選集第2巻

同級生が先日、フェイスブックでこんなコメントをわたしによこしました。 「ほぼ現役を終えた年代である今は、お互いにやり残したことを潰していくときにしたい」 元公務員の彼は、少子高齢化でさびれ続ける地域を活性化しようと、地元で活動する若い演劇人…

日本史年表と小説 大河の一滴 〜「絶海にあらず」北方謙三

気づけば秋分の日を過ぎ、日没がずいぶん早くなりました。秋の夜長とはよく言ったもので、隣の部屋のテレビから聞こえてくるローカルニュースを聞き流しながら、窓からの夜風に深呼吸。昼に読み終えた本を思い起こし、日本史の年表をめくったりしています。 …

凛として健気 そして傷だらけにうるうる 〜「少年と犬」馳星周

そもそも直近の直木賞受賞作について、こんな偏った言い方はあまり適切でないのですが...「なにせ犬好きにはたまらない小説です!」。犬に興味がない人にも、たぶん...。 いやわたし、ネコに限るという人の気持ちを推しはかることはできないので、断定はでき…

淡々と語られる孤独 密かにシュール 〜「首里の馬」高山羽根子

2020年上半期の芥川賞は受賞2作で、どちらを読むか迷って選んだのが「首里の馬」(高山羽根子、新潮社)でした。たまたま高山さんと地縁によるつながりがあるという、深い説得力に欠ける単純明快な理由です^^;。 単行本で150ページ余りなので、わりとさ…

白骨と雪 山に行った日 〜「楢山節考」深沢七郎

姥捨山とは。食糧の乏しい山間部の集落で「口減らし」のために、ある年齢に達した老人を山に棄てる物語です。生きるための厳しい営み、因習に塗り込められた村社会。日本各地に伝わる棄老伝説を、文学として見事に昇華させたのが「楢山節考」(深沢七郎、新…

真面目な下ネタ比較論? 〜「現代語訳 日本書紀」(福永武彦訳)

「古事記」と「日本書紀」。日本最古の歴史書・2書を称して「記紀」は、その昔教科書に出てきました。当時、テスト対策で覚えるために「古事記、古事き、こじき」と暗唱にすると、条件反射みたいに乞食さんの集まりが頭の中に浮かんで...。そんな記憶がよみ…

夢幻の如くなり 〜「戦の国」冲方丁

織田信長、上杉謙信、明智光秀、大谷吉継、小早川秀秋、豊臣秀頼。戦国時代を生きた6人の武将の生き様の、1断面を切り取った連作短編集が「戦の国」(冲方丁、講談社文庫)です。 冒頭に置かれた「覇舞踊(はぶよう)」は、信長を描いた作品。1560年、桶狭間…

「1本!」赤か白か 本は楽しい 〜「武士道セブンティーン」&「エイティーン」誉田哲也

前稿で、大岡信さんの「詩の日本語」について難渋しながら読了と書きましたが、併読していたのが「武士道セブンティーン」「武士道エイティーン」(誉田哲也、文藝春秋)の2冊です。 シリーズ1作目の「武士道シックスティーン」が面白かったので、ヤフオクで…

斬るか斬られるか ん、女子高生が? 〜「武士道シックスティーン」誉田哲也

ただ相手を斬ることしか、今は考えていません。勝ち負け、でもなく、ただ斬るか、斬られるか....それが剣の道だと思っています。 これ、16歳の女子高生が剣道部顧問の先生に吐くセリフです。彼女がボロボロになるまで読み続けているのが新免武蔵(別名という…

パンデミック 希望と絶望とは 〜「首都感染」高嶋哲夫

中国で出現した新型インフルエンザウイルスが、パンデミックに至って世界中に感染が拡大。日本はどのようにして、何に生き残りをかけるのかー。「首都感染」(高嶋哲夫、講談社文庫)は2010年に発表された、新型コロナを予言したかのようなクライシス=危機…

生きる人間のリアル 驚くべき<真実> 〜「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ

「小説」と「文学」の違いは何なのでしょう。文学の1ジャンルが小説である、というのは分かりやすい解釈ですが、読者として作品に接する皮膚感覚で言えば、いい小説が必ずしも優れた文学ではありません。つい、おかしなことから書き始めてしまいました。 「…

老いを描いて容赦なく 〜「家族じまい」桜木紫乃

<老い>や<死>と、どのように向き合うか。そもそも、人は覚悟を決めてから老いるものではなく、生きることに追われているうち、気づいた時には既に、老いに伴うさまざまな現実が降りかかっているのでしょう。 普通の人間にとって、飛び抜けた成功や栄光は…

静かに読み浸る 修羅 〜「あちらにいる鬼」井上荒野

本猿さんのブログ「書に耽る猿たち」に「しとしとと雨の降る午後に、雨音だけが響く中、静かに読み浸っていたいような作品」と紹介されているのを読み、無性に読みたくなった小説です。そして「あちらにいる鬼」(井上荒野、朝日新聞出版)は、まさにそんな…

ときに劇薬 使用法にご注意を 〜「逃亡者」中村文則

仕事が首尾よく終わって、仲間と握手。仲間は魅力的な女性で、顔には出さないけれど本当は強く惹かれています。ごく短い時間重なり合った、彼女の冷たい皮膚の感触、薄い掌と指の儚げな、しかし芯の通った強さと体温に触れ、彼女という<特別な存在>が掌か…

深すぎる断絶 そして再生の物語 〜「流浪の月」凪良ゆう

読み終えて浮かんだのが「ずっしり残る、不思議な作品」という、何を伝えたいのか自分でもよく分からない言葉でした。「流浪の月」(凪良ゆう、東京創元社)は2020年の本屋大賞受賞作。本屋大賞は読者の期待をほぼ裏切らないので、実は芥川賞や直木賞より楽…

一気読みのハードボイルド 〜「蒼の悔恨」「青の懺悔」堂場瞬一

<ハードボイルド小説>に明確な定義があるのかどうか知りませんが、個人的には「生き方に極めて強いこだわりを持つ男が主人公で、試練を乗り越えた後に深い心の傷を負っても、生き方を変えることができない。その事実を最後は淡々と記述した物語」というこ…

ふつうを書いて、味わいあり 〜「田舎の紳士服店のモデルの妻」宮下奈都

数日前に手をつけたわが部屋の本の整理、まだ終わりそうにありません。とりあえず四方の壁面を複数エリアに区切り、1エリア限定で進めています。もし該当エリアの本を、全く別エリアに存在する(はずの)本と一緒にしたいと思っても、涙を飲んで無視。処分…

切なく悲しい ハッピーエンド 〜「金魚姫」荻原浩

ハッピーエンドは心軽くなるけれど、たいていすぐに忘れる。悲劇だったら、心に刺さるけれど辛い。「金魚姫」(荻原浩 角川文庫)は、そのどちらでもなく、どちらでもあるような、絶妙のストーリーでため息つかせてくれます。 恋人にふられ、ブラック企業に…

謎解きは運命の軌跡 〜「草花たちの静かな誓い」宮本輝

「遺体はどうするんです?」 伊豆・修禅寺温泉の高級旅館で急死した63歳の女性。遺体と遺品を引き取りに来た甥の青年、弦矢(げんや)を、五十過ぎの警官が地味な警察車に乗せて案内し、そう問いかけます。太陽の光が優しい、4月半ばの若葉の季節。一人の女…

読みたくないとき 読みたくなる 〜「迷路の始まり」堂場瞬一

「本を読みたくないときに、読みたくなる本」が、わたしにはあります。謎かけみたいになりましたが、精神的な疲労感を引きずって読書はもちろんのこと、仕事にも前向きになれないとき、リセットしてくれる本のことです。 いわゆる「ブンガク的」感性や知的に…

瑞々しい成長と旅立ち 〜「かんかん橋の向こう側」あさのあつこ

小説の舞台は前作同様、中国地方の山あいにある寂れた温泉町・津雲。自然豊かで、水が美味しく、流れる川に石造りのかんかん橋が架かり。言葉を変えれば『ど田舎』。人は老い、町も老い、歯が抜けるように店が消えて。しかし現代の「故郷」の普遍的な姿とは…