ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

戦国を生き抜いて小気味よく 〜「真田太平記」池波正太郎

 戦国時代、信州(長野県)にあった真田家は、上杉、武田、北条という強国に囲まれていました。その後も織田、徳川が勢力を拡大する中、真田は領国を必死に守ろうとした小大名にすぎません。

 その真田家が、なぜ今もよく知られているのか。徳川家康が豊臣家を滅ぼした大坂冬の陣と夏の陣で、真田幸村は孤軍奮闘の活躍を見せました。出城「真田丸」を築いて徳川軍を翻弄した冬の陣。野戦になった夏の陣では、家康の本陣に迫りながらあと一歩届かず討死しました。

 豊臣方の必敗を覚悟しながら、信念を貫いて戦った幸村は、後の軍記物や浮世絵でヒーローとして描かれ人気が定着します。確かに日本人が好むヒーロー像ですね。

 池波正太郎さんの「真田太平記」は、1974(昭和49)年から週刊朝日に9年間にわたって連載された長編小説。終了後に朝日新聞社から全16巻、さらに新装版18巻が刊行され、現在は新潮文庫(全12巻)になっています。

 

 強国の狭間で存亡を図る真田昌幸の時代に筆を起こし、長男・信之、そして二男・信繁(=幸村)まで、激動の時代を生きた親子2代にわたる物語です。史実をベースにしながら、小説家の想像力を駆使した人間群像の彫刻が鮮やか。

 これだけの大長編になると、背後にある歴史の大きなうねりが伝わってきます。本から目を上げると、自分を含めた人間個々の小ささを、ふと俯瞰する瞬間を得ることができる。これも歴史小説の魅力の一つですね。

 そしてページに目を戻せば、厳しい現実に立ち向かう登場人物たちの姿に、再び引き込まれていきます。

 わたしが読んだ新装版なら、17巻の中ほどで真田信繁(幸村)は討死し、大阪城は炎上します。ついに戦国時代は完全に終焉しました。ここで真田家の物語を終え、あとは短いエピローグを付けて筆を置いても、小説として不自然ではありません。

 ところが「真田太平記」。その後18巻までさらに500ページほど、真田家と個性豊かな脇役たちの後日の物語が描かれ、作品の中で並走してきた幸村以外の様々なストーリーをきっちり収束させてあります。

 これがまた後日談では済まない面白さ。大長編をフィニッシュさせる小説家としての手腕は、「さすが」と思いました。

 池波さんには真田家を舞台にした小説がこのほかにも多くあり、まとめて「真田もの」と呼ばれています。わたしはどれも未読ですが、少しづつ手をつけ始めようかと思い、楽しみが一つ増えた気分です。