ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

日本の古典&関連本

「源氏物語」など日本の古典文学や、古典に関連した本です。

民宿で痛飲の朝、海に光射す 〜家持歌と芭蕉から

脂がのった海の幸・寒ブリで知られる、富山県氷見市の民宿に一泊しました。和室の部屋は海に面し、窓を閉めても潮騒の音が聞こえてきます。階段を降りると露天風呂。ここからも海と、海の向こうに冠雪した北アルプスを一望できました。 痛飲して畳に敷かれた…

千年をタイムスリップした 〜「紫式部日記」の1シーンから

2008(平成20)年、アメリカに端を発した金融危機・リーマンショックの荒波が世界に広がり、日本も不景気に喘いでいました。11月1日(土曜日)は全国的に曇り空で肌寒く、北日本の一部では雷雨。季節は冬に向かっていました。 ネットのスケジュール管理を調…

その女、魅力量りがたし 〜「和泉式部日記」

<女>は世を儚み、日々打ちひしがれていました。愛し尽くした男が前年、若くして病死したからです。 亡くなった男、実は妻帯者でした。おまけに将来は国のトップになったかもしれない皇族。一方で<女>の方にも、役人の夫と幼い娘がいました。許されぬ2人…

生きること、夢見ること 〜「更級日記」の魅力

父の地方勤務に伴い、思春期を草深い東国で過ごす少女。彼女は姉や継母から、光源氏のことなど様々な物語について教えられます。すぐにも読みたいのですが、何しろ田舎のこと。本屋さんなんて、どこにもない時代です。 「更級日記」=菅原孝標の女(すがわら…

一語多義の豊かさについて愚考する 〜「源氏物語」瀬戸内寂聴訳その9(番外編)

書庫であり、書斎であり、アトリエでもあり、見方を変えれば整理不可能なあきれた物置、そして夜毎独り呑みの空間である6畳の部屋。そこにある机上、および手が届く範囲には常時4、50冊の本が積まれているか並んでいます。未読のいわゆる<積読本>がある一…

さはありとも、あやしや 〜「虫愛づる姫君」など、堤中納言物語

「不潔なおじさん」を筆頭に、とかく女性に不人気な生き物はいろいろ思い浮かびますが、木々の緑が深まるにつれて最近元気になり、這い回ったり、飛んだりする一部の虫たちも嫌われ者の部類でしょう。そもそも「害虫」という言葉はよく耳にしますが、反対語…

雲隠 空白の帖に思ったこと  〜「源氏物語」瀬戸内寂聴訳その8

紫式部の「源氏物語」は全54帖。光源氏の晩年を描いた41帖の「幻」を最後に、輝くヒーローの物語は終わります。続く42帖の「匂宮(におうのみや)」は光源氏の死の8年後の出来事が描かれ、ここから残る13帖は新たな世代による展開になります。 ただし、54に…

男と女のどろどろは、ついに心理小説へ 〜「源氏物語」瀬戸内寂聴訳その7

12月にもなれば、北陸は雪の気配です。冷たい雨やみぞれを降らす雲で空は覆われ、晴れる日が少なく、やがて分厚い雪雲に変わっていきます。昼過ぎにはもう、雲の向こうの見えない日没に向かって、長い夕暮れが始まる気がするのです。 若いころはそんな鬱々と…

国を支える「母」への道のり 〜「月と日の后」冲方丁

この世をばわが世とぞ思う望月の....と詠んで、権力をほしいままにした藤原道長。その娘・彰子(しょうし)の生涯を追い、怨念や陰謀渦巻く平安貴族の権力争いを描き出します。「月と日の后」(冲方丁=うぶかた・とう=、PHP)の斬新さは、どろどろした政争…

冲方さんと千年前の女性たち 〜作家つれづれ・その4

冲方丁(うぶかた・とう)さんの新刊「月と日の后」(PHP)を読んでいます。読了していないので、作品レビューを書くのは後日にするとして、今は趣の赴くままに...。 一昨日から息子と2歳の孫の男の子が帰省していて、振り回されていました。幼い瞳は、なん…

惨めなシンデレラとその後 〜「源氏物語」瀬戸内寂聴訳その6

5月の連休のころヤフオクで全10巻、1,000円で落札した瀬戸内寂聴訳「源氏物語」。併読本として年末までには読み終えようか...と、気軽に構えていました。 ところが読み始めるとそれなりに深みにはまり、いまや年内の読了をほぼあきらめています。この大作が…

中村真一郎 〜作家つれづれ・その3

最近、中村真一郎さん(1918〜1997年)の本を引っ張り出してきて、拾い読みの再読をしています。今はもう「それはだれ?」、という人が多いかもしれません。 小説家、仏文学者。文学評論も書き、若いころは詩人として知られ、またラジオドラマの脚本なども書…

常夏の氷 秋風が吹いて栗 〜「源氏物語」瀬戸内寂聴訳その5

わたしの住む地、9月になったとたんに涼しくなり、いや、肌寒いほどでした。夜になって、外からは激しい雨音。 「もう栗が出回っているのか」と、スーパーで栗を見かけたのが8月最後の昨日のことで、帰宅して水に浸しておきました。今日の夕方から鍋でことこ…

雨上がりの散歩道 〜「源氏物語」瀬戸内寂聴訳その4

山の麓にある観音堂に続く道を歩きながら、心の底が抜けたような、静かな開放感に包まれました。梅雨の雨上がり。 家から車で40分ほどの、真言宗の古刹です。地元の写実画家さんの企画展に出かけたついでに、足を伸ばしました。前回この参道を歩いたのは、一…

初めてのバラ一輪 そして紫式部など 〜「源氏物語」瀬戸内寂聴訳その3

昨年の今ごろ、庭のツルバラを剪定したとき、元気な枝を1本、小さな鉢に挿しました。 雨風が当たらないよう、鉢は部屋に入れて窓際に置きました。根が出たようで、秋には枝から芽が。 4月に大きな鉢に植え替えて外に出し、蕾が付き、日々膨らむのを楽しみに…

不倫の大絵巻 いよいよ佳境に 〜「源氏物語」瀬戸内寂聴訳その2

体調がすぐれないため、祈祷をしてもらおうと出かけた春の山寺で、光源氏は10歳ほどの女の子を見かけます。 女の子は扇を広げたような黒髪を揺らし、赤く泣き腫らした顔。育ての親である祖母の尼君を見つめて必死に訴えるのです。 「雀の子を、犬君(いぬき)…

つれづれに楽しむ 紫式部変奏曲 〜「源氏物語」瀬戸内寂聴訳

5月の連休明けから、のんびり読み進めているのが「源氏物語」(瀬戸内寂聴訳、講談社)です。紫式部の「源氏物語」は54帖、今風に言うなら54話で構成された大長編ですが、瀬戸内さんの現代語訳では全10巻。 「さあ、読破するぞ!」などと意気込んでは挫折必…

花火はなくても 天の川はある 〜「おくのほそ道」松尾芭蕉

必要に迫られ、芭蕉の「おくのほそ道」を再読しました。再読と言っても、前に読んだのがおよそ40年前となれば、ぼぼ初読のようなものです。部屋の古典を集めた一角から引っ張り出してきたのは、昭和53年3月15日発行の講談社文庫(板坂元・白石悌三 校注・現…

遊びをせんとや生まれけむ 〜「梁塵秘抄」

遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん 平安時代末期の1180年ごろ、後白河法皇によって編まれた「梁塵秘抄」の中で、もっとも知られているのがこの歌ではないでしょうか。この歌が涼しい風のように心に触れてくるのは、言葉の後ろに、描かれてい…

秘すれば花なり 〜「風姿花伝」世阿弥(佐藤正英 校注・訳)

大切なカノジョの誕生日に、何を贈ろうか....。若いころは誰にも一つや二つ、そんな悩みに頭を痛めた思い出があるのではないでしょうか。悩んだ末に1冊の本にリボンを結んだけれど、これが思いっきり「外した」プレゼントだった。 いや、カノジョのほうはち…

さまよう 魂の明滅 〜「日本詩人選8 和泉式部」寺田透

7月も半ばになれば、ゲンジボタルからヘイケボタルに移り替わる時期です。ゲンジボタルは大型でゆったり舞い、強い光で明滅します。わたしの住む地域なら6月中旬以降、主に里山の沢で見られます。ヘイケボタルは小型で、青白い明滅も早く、はかなげ、やはり…

卒塔婆小町、老いて無残 〜「近代能楽集」三島由紀夫

千年も昔の夕暮れどき、闇が迫る京の都の外れ、百歳(ももとせ)とも見える乞食の老婆が、朽ちかけた卒塔婆(そとうば・そとば)にぐったり腰掛けています。顔は皺に覆われ、ボロをまとった姿からは垢と脂の酸い臭いが漂ってきます。 たまたま通りかかった高…