ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

一語多義の豊かさについて愚考する 〜「源氏物語」瀬戸内寂聴訳その9(番外編)

 書庫であり、書斎であり、アトリエでもあり、見方を変えれば整理不可能なあきれた物置、そして夜毎独り呑みの空間である6畳の部屋。そこにある机上、および手が届く範囲には常時4、50冊の本が積まれているか並んでいます。未読のいわゆる<積読本>がある一方、何らかの理由で昔の本を書架の奥から探し出し、ものぐさで元に戻さないままになっているのも結構あります。

 そんな<出戻り本>が手元に積み重なる原因の一つは、今読んでいる作品から連想が弾けて、「確か...」と以前に読んだけれど記憶が曖昧な本を再び開きたくなるためです。

 この1年半、途切れ途切れに「源氏物語」を読み進めながら、源氏について書かれた<出戻り本>や新しい関連本が、手の届く範囲で一角を占めるまでになりました。

 面白いのは<出戻り本>でありながら、拾い読みして刺さる一節に遭遇すると(かつて読んだはずなのに全く記憶に残っていない)、そもそもの発端である源氏物語などはどうでもよくなって、その文から勝手な思いが広がり、今夜もまた安い焼酎のピッチが上昇すること。

 年月は私に学ばない怖さや知識の大事を教えてくれたが、同時に想像や経験に融合も転化もされない知識の虚しさ、あるいは傲慢についても追い追いに気づかせてくれた。

 (「古典鑑賞あるいは古典について」竹西寛子)

 「源氏物語」についてのエッセイの一節ですが、自分も高齢者の仲間入りをしてみると、いやはや痛く刺さるセンテンスです。

 学ばない怖さ。学んだだけ、詰め込んだだけの虚しさ。虚しさだけでなく、あるいはと付け加えられた「傲慢」のひとこと。うー。ここで酔った頭で苦しげに唸っているわたしは、何ともおめでたいのかもしれません。

 曖昧だと言われる日本語の根底には「一語多義」という特徴があります。例を挙げれば「かなし」。

 漢字を当てれば「悲」ひとつではなく、「哀」「愛」でも通用する古い時代の運用を、私は今も通用させたいと思う。

 (「哀愁の音色」竹西寛子)

 大切なのは、一つの単語が単体で同時に複数の意味を有するのではなく、前後の文脈によって単語が持つ意味は限定されるということ。どんな文脈に置かれるかで「悲」「哀」「愛」は区別して認識されます。あるいは認識できるよう、言葉を運用する力が要求されます。

 そこに日本語の豊穣と、難しさがあるとわたしは思います。

 竹西さんは「一語多義」の危険も指摘していて、それは論理的な明晰を求められる思考の記述においては「情緒的曖昧の正当化」に陥りやすいこと。ちなみに「一語多義」に対するのは「一語一義」。

 「一語多義」の弱点を厳しく認識した上で、竹西さんは一語多義である日本語に惹かれると書いています。それは

 一語の多様な表情に惹かれるのは、感じ分ける人間をよしとしているから(同)

 そして

 言葉の数の多さによってではなく、ごく限られた言葉と言葉の関係の工夫によって、表現の深化や重層化を果たしてきた古代人の知恵にも感心する。

 源氏物語という本筋から脇にそれ、竹西さんの日本語雑感という別の光景を眺めて道草食っていたつもりが、ここでまた否応なく古典と源氏に引き戻されてしまいました。

 読者としての自分は紫式部が残した文章(=表現の深化や重層化)、また瀬戸内寂聴さんらが苦闘した現代語訳という仕事に、どこまで迫れているのか。

 まあ、改めて明言するまでもなく危うい、もしくはダメですねw。この場合の危ういとダメは、一語一義です。

 最後に、竹西寛子さんについて、wikiから引用しておきます。

 

 竹西 寛子(たけにし ひろこ、1929年4月11日 - )は、日本の小説家評論家。編集者の傍ら丹羽文雄主宰の「文学者」に参加。評論『往還の記』で注目され、次いで『儀式』で小説家としても認められた。古典文学に深い知識を持ち、古典文学を現代文学の問題として考える独自の視点が一貫している。16歳の時に広島で被爆し、その経験がのちの文学活動の根幹となった。随想・随筆も多い。日本芸術院会員。文化功労者