ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

2020-01-01から1年間の記事一覧

雪が降っている 2020・年の瀬に

今朝未明、午前3時過ぎまでかけて、堂場瞬一さんの文庫書き下ろし新刊「共謀捜査」(集英社文庫)を読んだのですが、レビューは...まあいいか。堂場作品は何回か書いているから「相変わらず面白い」ということで。 さて、これほど「激動」という言葉にふさ…

<最後の浮世絵師>と出会った、遥かな記憶 〜「美術の窓」2016年12月号

2020年の個人的な大事件(?)の一つは、春から絵を描き始めたことです。以来気にとめるようになったのが、生活の友社から出ている「美術の窓」という月刊誌。とはいえ、1冊千数百円もするし、わざわざ買うこともないな....という程度なのですが。 たまたま…

彼は散った 〜「歳月」司馬遼太郎

ファンと言うほどではないけれど、気づいてみれば司馬遼太郎さんの歴史小説を結構読んできました。戦国時代、幕末から明治維新など、激動期の人間像を描き出して歴史の奥行を俯瞰させてくれる小説群は抜群に面白い。 でも、この<面白い>と言う言葉はけっこ…

ドストエフスキー 〜作家つれづれ・その1

異常気象で雪が積もらなかった昨年と打って変わり、いつもの冬がやってきました。朝、目が覚めて見れば一面の銀世界。まるで世界をリセットしたよう。庭のサクラも雪をまとって、枝垂れ桜みたいな風情になっていました。 (今朝の庭) わたしの住む地では、基…

不可思議な シュールな 〜「ワカタケル」池澤夏樹

やはりこれは、歴史小説と呼ぶべきなのでしょうか。「ワカタケル」(池澤夏樹、日本経済新聞出版)は、5世紀後半の古墳時代を舞台に、ワカタケル=雄略天皇=を描いた作品です。 第21代天皇・雄略は、古墳から出土した鉄剣に彫られた銘に名が確認され、考古…

クール・ジャパンの私的再発見 〜「陰翳礼讃」谷崎潤一郎

随筆という文学ジャンルの起源は、清少納言の「枕草子」だそうです。国語辞典によれば「自己の見聞・体験・感想などを、筆に任せて自由な形式で書いた文章」となります。 随想、エッセーとも言い、呼び名にこだわることに意味はない気もしますが、谷崎潤一郎…

良き死は、逝く者からの最後の... 〜「がんになった緩和ケア医が語る『残り2年』の生き方、考え方」関本剛

著者・関本剛(せきもと・ごう)さんは2019年の昨年、肺がんと分かった時点で43歳でした。既に脳に深刻な遠隔転移があり、進行度はステージ4。そして関本さんは、神戸市にある緩和ケアクリニックの院長として数多くのがん患者を看取った専門医でもあります。…

できること、できないこと

くーが逝って以来、どうにも本を読む気になれません。本に限らず、活字全般を自分の中に摂り入れる、あるいは発する(何かを書く)ことが億劫になったままです。言葉というやつはときに、何とも重い。 このブログのタイトルは「ことばを食する」ですが、食欲…

人は愛した者のためにしか... 〜「ハラスのいた日々」中野孝次

昭和62(1987)年にベストセラーになった「ハラスのいた日々」(中野孝次、文藝春秋)を、30数年ぶりに再読しました。中野さんはドイツ文学者でエッセイスト、小説家で2004年没。 ハラスと名付けた柴犬と暮らした13年間を綴ったこの作品は、刊行翌年に新田次…

犬は犬、我は我にて

犬は犬、我は我にて果つべきを命触(ふ)りつつ睦ぶかなしさ 平岩米吉 2020年11月19日 木曜 晴夜雨。未明、くー永眠。朝、小屋の中で冷たくなっていた。16歳5カ月。 火葬。骨になって、いまピアノの上にいる。 「ハラスのいた日々」再読。

沈黙に耳を傾ける 〜「驚異の静物画 ホキ美術館コレクション」芸術新聞社

ホキ美術館の所蔵作品を初めとした現代日本の写実絵画が、なぜこれほど心に語りかけてくるのか。この1年近く、わたしはそのことについて考え続けていて、実は考えること自体を楽しんでもいます。 抽象や半具象ではなく、コテコテの写実にどうして<新しさ>…

じいじ馬鹿のクリスマス・プレゼント

わが子かわいさに、つい甘やかしてしまう。欠点が目に入らない。これを「親馬鹿」と言います。 ややもすると、親よりも甘くなるのが祖父母です。基本的に養育の責任がないので、自己反省することなくただ可愛がることができます。こうして、わたしのような「…

歴史を通しての、日本論 〜「絶対に挫折しない日本史」古市憲寿

書店の平積み本を眺めていて、タイトルにひかれ、しかも著者は小説も書く気鋭の社会学者(歴史学者ではない)ということで手にしたのが「絶対に挫折しない日本史」(古市憲寿、新潮新書)です。 幸い、挫折せずにすみました^^;。歴史を通しての、ユニーク…

この国の未来が不安になる 〜「高校生ワーキングプア 見えない貧困の真実」NHKスペシャル取材班

高校生がスマホを持っているから、化粧をして笑っているから、貧しくはないー。少なくとも、貧しくは見えない。しかし、本当はどうなのか。 <貧困>に結び付けて思い浮かぶイメージとは、どんなものでしょうか。ごみ山を漁って生活するアジアのどこかの国の…

彼は立ち止まらない 〜「久遠」など刑事・鳴沢了シリーズ 堂場瞬一

最近<リーダビリティ readability>という言葉を知りました。「先へ先へと読ませる力」という意味でしょうか。あの作家はリーダビリティが高い、といった使い方をするようです。 いい小説の条件を考えるなら、結局は「面白いか否か」というシンプルな出発点…

100歳を超えて、なお詠み続け 〜「歌集 銀の糸道」宮﨑浪子

思ひ出のひとつひとつが年ごとに光増しゆく齢となりぬ この短歌を詠んだとき、作者100歳。 雪のせてピンクに笑まへる梅一輪 この俳句は103歳の詠。 作者の宮﨑浪子さんは今年、2020年10月で104歳を迎えました。誕生日に合わせて刊行されたのが「歌集 銀の糸…

魔王・信長か 繊細な天才・光秀か 〜「国盗り物語」司馬遼太郎

小学生の男の子は、わりと様々な<○○少年>時代を過ごすものです。わたしに関して言えば、夏休みの<昆虫採集少年>だったり、放課後の<野球少年>だったり。少し珍しいと思うのは、一時期<発掘少年>だったことでしょうか。 自転車で10数分で行ける丘陵地…

絵=メイキング 本=カミング・スーン

この10日ほど、司馬遼太郎さんの「国盗り物語」をこつこつ読み進んでいるのですが、なにせ文庫で全4冊の長編で、なかなか読了できません。仕事というか、細々とした在宅ワークがちょっと山場に差し掛かっているせいもあります。 近日中には読み終わりそうな…

空の高い季節に 紙の本と電子の本

先日まで昼は半袖でも過ごせましたが、もう長袖の時季です。秋は太陽の位置が低いので、窓から入る日射しが部屋の奥まで伸び、外に出れば目に映る自然がより輝いています。日の光が低いから地上がきらきらし、逆に青空は高い。 「空の高い国」。スペインとい…

なぜ信長は光秀に討たれたか 〜「信長の原理」垣根涼介

少年は蟻を見ていた。 暑い夏の午後、しばしば飽くこともなく足元の蟻の行列を見続けていた。 周囲から煙たがられ、母からも疎まれるこの少年は、吉法師(きっぽうし・織田信長の幼名)。「信長の原理」(垣根涼介、角川文庫)は、蟻を見つめるシーンから始…

昔の自分に遭遇した夜

自分が若いころ、詩を書いていたという意識は、ありません。 とぎれとぎれながら、数年の間に何編かの<詩のようなもの>を書いたのは、20代の後半でした。散文詩も含め、せいぜい10篇くらいです。 既に就職していて、文章を書くことが仕事になっていました…

古い本に味わいあり 〜「白描」ほか 石川淳選集第2巻

同級生が先日、フェイスブックでこんなコメントをわたしによこしました。 「ほぼ現役を終えた年代である今は、お互いにやり残したことを潰していくときにしたい」 元公務員の彼は、少子高齢化でさびれ続ける地域を活性化しようと、地元で活動する若い演劇人…

心の豪遊はできる はず

10月に入るとさすがに、朝晩は半袖で寒くなりました。ちょっと気分転換しようかと、このブログ記事のカテゴリー分けを一部整理。サイドバーに「日日雑記」「掌編」の2カテゴリーを新設して、これまでごった煮だった書評以外の投稿をまとめました。 「日日雑…

赤トンボの季節 全集物は別巻が面白い? 〜「日本の詩歌」別巻 日本歌唱集

夕やけ小やけの あかとんぼ 負(お)われて見たのは いつの日か ダイエットが気になり始めた数年前から、わたしの趣味の一つになったのが田舎道のウオーキングです。歩くのは数キロから10数キロまで、様々なマイコースがいつの間にかできました。そして車で…

愛しき親友の植物たち

このブログを始めたとき、自己紹介に「本と車と酒とガーデニングが好きな昔人間です」と書きましたが、これまで本以外についてほとんど投稿してきませんでした。秋を迎え、小さな、緑のいのちが部屋に芽吹いてきたので少しだけガーデニングの報告を。興味の…

日本史年表と小説 大河の一滴 〜「絶海にあらず」北方謙三

気づけば秋分の日を過ぎ、日没がずいぶん早くなりました。秋の夜長とはよく言ったもので、隣の部屋のテレビから聞こえてくるローカルニュースを聞き流しながら、窓からの夜風に深呼吸。昼に読み終えた本を思い起こし、日本史の年表をめくったりしています。 …

凛として健気 そして傷だらけにうるうる 〜「少年と犬」馳星周

そもそも直近の直木賞受賞作について、こんな偏った言い方はあまり適切でないのですが...「なにせ犬好きにはたまらない小説です!」。犬に興味がない人にも、たぶん...。 いやわたし、ネコに限るという人の気持ちを推しはかることはできないので、断定はでき…

淡々と語られる孤独 密かにシュール 〜「首里の馬」高山羽根子

2020年上半期の芥川賞は受賞2作で、どちらを読むか迷って選んだのが「首里の馬」(高山羽根子、新潮社)でした。たまたま高山さんと地縁によるつながりがあるという、深い説得力に欠ける単純明快な理由です^^;。 単行本で150ページ余りなので、わりとさ…

白骨と雪 山に行った日 〜「楢山節考」深沢七郎

姥捨山とは。食糧の乏しい山間部の集落で「口減らし」のために、ある年齢に達した老人を山に棄てる物語です。生きるための厳しい営み、因習に塗り込められた村社会。日本各地に伝わる棄老伝説を、文学として見事に昇華させたのが「楢山節考」(深沢七郎、新…

真面目な下ネタ比較論? 〜「現代語訳 日本書紀」(福永武彦訳)

「古事記」と「日本書紀」。日本最古の歴史書・2書を称して「記紀」は、その昔教科書に出てきました。当時、テスト対策で覚えるために「古事記、古事き、こじき」と暗唱にすると、条件反射みたいに乞食さんの集まりが頭の中に浮かんで...。そんな記憶がよみ…