ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

不可思議な シュールな 〜「ワカタケル」池澤夏樹

 やはりこれは、歴史小説と呼ぶべきなのでしょうか。「ワカタケル」(池澤夏樹、日本経済新聞出版)は、5世紀後半の古墳時代を舞台に、ワカタケル=雄略天皇=を描いた作品です。

 第21代天皇・雄略は、古墳から出土した鉄剣に彫られた銘に名が確認され、考古学的にも実在したと考えられる人物です。肉親を謀殺して天皇になった暴君であると同時に、日本と呼ばれるこの土地に強力な中央集権国家を作り上げた画期的な支配者でした。

 歴史小説ですから普通なら当時の古文書や書簡などの史料を読み込んで史実を踏まえるわけですが、なにしろ古墳時代の日本にそんなものはありません。わずかに、半島から渡来した帰化人たちが漢字を伝えていて、前述した鉄剣の銘文として断片的に名前が残るのみです。

 必然的に、ワカタケルの時代から200年以上後にまとめられた「古事記」(712年)や「日本書紀」(720年)の記述をベースに、人間像が肉付けされます。「記紀」は国生み神話から始まって、神々から、天皇や豪族たちの出来事までを<史実>としてまとめた歴史書。

 そして、古墳時代は神話から事実へと移行する端境期です。

 「ワカタケル」は生臭い殺人、どこかあっけらかんとした男女の「まぐわい」、政争に朝鮮半島との外交など、雄略天皇の治世を描きます。当然のごとく神々も現れてワカタケルに語りかけ、女は夢や呪術で未来をさぐる、不可思議な世界でもあります。

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 その不可思議さこそ、この作品の核です。池澤さんいわく「神話と歴史がモザイクのように並列する世界」。現代人の目にその小説世界は、一風変わった、シュールな色合いさえ帯びて見えます。

 池澤さんは2014年に「古事記」現代語訳を刊行していて、今度は小説という手法で古代人の魂のあり方に迫ったのが「ワカタケル」なのでしょう。本の帯から借用すれば「私たち日本人の心性は、このころ始まった」。とても遠くて、しかし一番近い世界とでもいうか。

   いわゆる小説的な面白さ、わくわくする作為的なストーリー展開であったり、共感できる人間像を見つけようとすると、肩透かしを食らうことになるでしょう。普通のアプローチでは、面白さにたどり着くのが大変かもしれません。その意味で、人によってくっきり評価が分かれる気がします。

 さて、くーが逝ってから久しぶりに読んだフィクションでした。本当はもっと軽い本、読みたかったんだけどね。どうしてこうなったんだろう?。

 でもこの小説の中にも、不思議な犬が出てくるから何か因果関係があるのかな....などと、わたしの頭の中もちょっと神話的になり。

               

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