ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

彼は散った 〜「歳月」司馬遼太郎

 ファンと言うほどではないけれど、気づいてみれば司馬遼太郎さんの歴史小説を結構読んできました。戦国時代、幕末から明治維新など、激動期の人間像を描き出して歴史の奥行を俯瞰させてくれる小説群は抜群に面白い。

 でも、この<面白い>と言う言葉はけっこう厄介ですね。ある人にとって面白いものが、別の人には<つまらない>。司馬小説の面白さの源泉は、醒めた視点です。

 小説なのだからその世界に入り込んで主人公に同化し、一緒にはらはらし、喜び悩み、涙したいたい....と期待したら、司馬小説ほどつまらない作品はないのかもしれません。つまり、主観的な恋愛小説の対極。みたいな。

 主人公の<彼>はそのときなぜそう言い、行動したのか。司馬小説では一つひとつ、エピソードの背景がその時代における現状や力関係の中で徹底的に説明(分析)されます。つまり人を通して、歴史の一端が彫刻され続けるわけです。もしかするとその部分こそが面白さであったり。

 ある意味、人を超えた大きな時代の流れが真の主人公となります。しかし登場人物たちに人間味がないわけではなく、読者は時代を俯瞰して理解した<神の視点>で、彼らの懸命さや愚かさに感情移入することも可能です。

 個人的に思うに、これが「国民的作家」と呼ばれる(呼ばれた?)、司馬ワールドの基本構造かな。

 司馬さんが小説を書くに当たって、徹底的に資料・史料を集め、取材したのは有名な話です。同時に、小説は

 あくまでフィクションです。

 わたしの知る司馬ファンには、しばしば史的事実とフィクションの境の見極めが曖昧というか、司馬=正しい歴史家みたいな図式があって、内心で「う〜ん」と思うこともあります。司馬遼太郎さんはは小説家です。

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 あ、前置きが長すぎたw。明治維新に欠かせない人物、そして最後は維新政府に反逆して殺された江藤新平を描いたのが「歳月」(講談社文庫上下2冊)。わたしは司馬全集の23巻で読んだのですが、たまたま全集のばら売り本を200円で、ヤフオクで落札したからです。

 不平士族による「佐賀の乱」(明治7年)の首謀者として教科書に出てくるのが江藤ですが、彼は日本が近代国家として歩み出すための法整備の礎を築いた人物でもありました。

 維新政府における権力争いの凄さ。アジアの植民地化を進める欧米列強に対抗するための近代国家実現という、理想は同じなのに、同じ理想に集う人間群像はなんと生臭く、血みどろなのか。

 冒頭に書いた通り好みは分かれると思いますが、ここまで読んでいただいて食指が動いたなら、これは面白い作品かも。

 さて、司馬さんは文明批評的な評論や紀行文も多く、特に晩年は小説を書かない作家でした。わたしは小説以外の作品はほぼ読んでいないし、今後読むこともないかなあ。でも未読の小説はまだあるので、今後もぼちぼち読みそう。