ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

最後のコラム

梅の読みは「うめ」または「ばい」だ。雨を付けて「つゆ」と、例外的な読ませ方をするのが梅雨である。手元の歳時記によれば、梅の実が黄熟するころだからその字を当てるという。 昭和40年代まで母が梅干しを作った。風通しのいい納屋の土間に、陰干しされた…

事実と真実 そして哀しみに至る 〜「朱色の化身」塩田武士

昭和31年4月23日、フェーン現象で乾燥した強風が吹き荒れる朝、福井県の国鉄芦原駅前の商店から出た火は、福井を代表する温泉街・芦原温泉を焼き尽くしました。「朱色の化身」(塩田武士=たけし=、講談社)は、炎に追われ焼け出された人びとの群像を活写し…

永井荷風の「断腸亭日乗」と、今日

昨日から、わたしが住む地も梅雨入りしました。 今朝は午前6時起床。なぜか、あまり思い出したくないかつての上司が出てくる夢を見て目が覚め、眠れなくなりました。こんな早起きは久しぶり。 曇り、ときどき細かい雨あり。 昼まで絵を描き、午後は買い物。…

10年後に見えたもの 〜「福島第一原発事故の真実」NHKメルトダウン取材班

もし巨大な旅客機を操縦中に、全電源が失われ、あらゆる計器類が止まり、操縦桿も含めた全てが機能を失ったらどうなるでしょうか。東日本大震災の福島第一原発は、突然そうした状態に陥ったのです。 しかも原発の場合、最悪のシナリオは単なる墜落では済みま…

短信

くーの墓が、完成しました。 花壇の底に散骨し、土で埋葬。園芸店で買った花苗を植えました。 夏には、満開に広がるでしょう。もう、来年はどんな花を植えようかと、そんなことまで考えています。 なんだか少し、気持ちの整理がついて、新しい時に入っていけ…

墓を積む

先週から、筋肉痛に苦しみながら没頭していたのはレンガ積みでした。 一昨年11月に逝ったオスのラブラドール・くーの墓を積もうと思い立ったのです。単なる墓標ではつまらないので、花壇を作って墓にし、土の中にくーの骨壷を埋葬しようと考えました。 15歳…

謎解きがたどり着く静かな光 〜「ノースライト」横山秀夫

解けそうもないさまざまな謎の断片が、終盤になって一気に像を結び、幾つもの魂のうめきが聴こえてきます。別れた夫婦、父と子、友。作中で語られる人間関係はどれも軋みを発し、現在と過去の3人の死がストーリーを動かします。 だからと言って「ノースライ…

ブログ開設3年の節目に

ふと気づけば5月23日、このブログを始めてちょうど3周年の日になりました。 組織の肩書きから離れて3年、ブログを通じて思いもしなかった方々に出会え、コメントまでいただくことを幸せに思います。みなさん、ありがとうございます。 今年も庭のサクランボが…

国を持てなかった大地と人びと 〜「物語 ウクライナの歴史」黒川祐次

ロシアによるウクライナ軍事侵攻が起きなければ、手にすることはなかったであろう1冊が「物語 ウクライナの歴史」(黒川祐次、中公新書)です。とてもいい勉強になりました。読みながらつい、このころ日本はどんな時代だったかと、いちいち並置してしまうの…

「はあ」..「やれやれ」とその後 〜村上春樹&映画「ドライブ・マイ・カー」

少し前のことになりますが、アカデミー賞を獲得して話題になった映画「ドライブ・マイ・カー」(濱口竜介監督、西島秀俊主演)を観に行ったのは、4月下旬の大型連休前の平日でした。話題の映画だったにもかかわらず空席が目立ったのは新型コロナのせいか、2…

春のぶらぶら、「螢川」散歩

今日は朝からウオーキングシューズを履き、車で4週間に1度通っている循環器内科へ。過労で発症した不整脈の持病があって、ここ10年近く薬が欠かせません。たぶん死ぬまで。 診療後、街中の有料駐車場に車を入れ、川べりの散歩に出かけました。 私が通う医院…

さはありとも、あやしや 〜「虫愛づる姫君」など、堤中納言物語

「不潔なおじさん」を筆頭に、とかく女性に不人気な生き物はいろいろ思い浮かびますが、木々の緑が深まるにつれて最近元気になり、這い回ったり、飛んだりする一部の虫たちも嫌われ者の部類でしょう。そもそも「害虫」という言葉はよく耳にしますが、反対語…

生き抜くために今はただ敵を.. 〜「同志少女よ、敵を撃て」逢坂冬馬

今年の本屋大賞はちょっと肌触りが違うようだ...と、受賞作紹介文で思い、本屋さんではタイトルとカバーイラストにやや尻込みしたけれど、やっぱり買うことにして、読み始めれば「うん、悪くない」と何度もにんまりしたのが「同志少女よ、敵を撃て」(逢坂冬…

楽しく諧謔に満ちたお話はいかが? 〜「お伽草子」太宰治

日本の昔話、説話に材を取った「お伽草子」(太宰治、新潮文庫)が書かれたのは、昭和20(1945)年3月から7月にかけて、米軍による空襲が激しくなった時期です。太宰も疎開先の家を焼夷弾に焼かれ、書き上げたばかりの原稿を抱えて炎から逃げたりしました。…

新年度、また牛歩の歩みで

私の住む地でも、ようやく桜の開花宣言が出ました。と言っても、うちの庭のソメイヨシノが咲き始めるのはこれからで、赤みを帯びて膨らんだ蕾は、まだ一輪も開いていません。去年より1週間遅い。今日から、新しい年度、令和4年度が始まりました。 現役を退い…

本当は怖すぎる 大人の童話 〜「地球星人」村田沙耶香

長野の山奥にある祖父母が暮らす家へと、曲がりくねった坂道を父が運転する車は進みます。乗っているのは母と姉、そして小学校5年の<私>。お盆には毎年、その山奥の家におじさんやおばさん、従兄弟たちが集まるのです。 「地球星人」(村田沙耶香、新潮文…

浮世絵の男とゴッホ 〜「たゆたえども沈まず」原田マハ

日本人は印象派の画家たちが大好きです。モネの「睡蓮」、ルノアールが描いた少女や女性たち、ドガの踊り子、ゴッホの「ひまわり」や「星月夜」...。(厳密には、ゴッホは「ポスト印象派」とされています) もし私が美術館の学芸員・キュレーターで、上司か…

その生き様 静かに一気読み 〜「朱より赤く 高岡智照尼の生涯」窪美澄

明治の終わりから昭和にかけ、時代の耳目を集めた女性としてわたしがまず思い浮かべるのは柳原白蓮です。<大正の三美人>と称された一人で、歌人。父は伯爵という超エリートの血筋。 波乱にみちた生涯については、林真理子さんの「白蓮れんれん」(集英社文…

言葉の美味しさ 〜「小説の言葉尻をとらえてみた」飯間浩明

「これは面白い○○だなー」 読みながら何度も心の中でつぶやき、つぶやきながらもどかしかったのは、「○○」に当てはめるべき言葉が見つからないことでした。評論、随筆、エッセー?。どれもぴったりきません。小説を取り上げているけれど書評とは言えないし。…

雲隠 空白の帖に思ったこと  〜「源氏物語」瀬戸内寂聴訳その8

紫式部の「源氏物語」は全54帖。光源氏の晩年を描いた41帖の「幻」を最後に、輝くヒーローの物語は終わります。続く42帖の「匂宮(におうのみや)」は光源氏の死の8年後の出来事が描かれ、ここから残る13帖は新たな世代による展開になります。 ただし、54に…

あかりをつけましょぼんぼりに

あかりをつけましょぼんぼりに…と、今日は桃の節句。高齢者二人世帯のわが家にも、お雛様が飾ってあります。高校を卒業して大阪の大学に行き、今は2人の子の母になって東京に暮らす、娘の雛飾りです。お雛様を見ながら老人が思うのは、 光陰矢のごとし。 こ…

ゆっくり逝こうぜ(タイトル借用です)

今日から3月に入り、いろいろと身辺に区切りがつきました。 一つは新聞のコラム。週1本といえども疲れが溜まり、早々に引退したいと以前から告げてありました。長く在籍した会社からのオファーなので執筆を引き受けたものの、3年目に入ったころから息切れが…

フィレンツェの500年前の空気を吸う 〜「ルネサンス画人伝」ヴァザーリ

ジョルジュ・ヴァザーリ(1511ー1574年)の名前にピンとくる人は、ごく限られていると思います。イタリアの画家、建築家。芸術家としてより、その名がルネサンス期の美術を研究する人たちにとって必須であるのは、彼が「画家、彫刻家、建築家列伝」を書き残…

雪見酒

桃の節句も近いというのに、わたしの住む地は大雪警報発令中です。家に籠るのが一番...なのですが、こんな日に限って朝から仕事の打ち合わせが入っていたため、昼まで出かけていました。 朝食前に、駐車場の雪かきでひと汗。時間に余裕を持って車で家を出る…

コロナ禍の群像 〜「東京ルポルタージュ 疾病とオリンピックの街で」石戸諭

新型コロナウイルスのパンデミックは、人びとの生活を一変させました。自粛、リモートワークなど、さまざまな言葉で新しい日常を切り取ることができますが、一つの言葉の背後には異なる事情を抱えた千差万別の暮らしと人生があります。 「東京ルポルタージュ…

江戸の「景色」に遊ぶ 〜「鬼平犯科帳」池波正太郎 その2

師走のころから立春を過ぎたここまで、大きなエネルギーを注がざるを得なかった仕事にようやく一区切り、一息ついて、さてどうしようかと、焼酎お湯わりを舐めていた昨夜、手にしたのは「鬼平犯科帳」(池波正太郎、文春文庫)の16冊目でした。 このシリーズ…

追悼 西村賢太

私小説作家、西村賢太さんが亡くなりました。私は決して、西村さんの熱心な読者ではなかったので、タイトルに<追悼>と冠するのはおこがましいのですが、以前から現代の文学シーンにおいて特異な存在感を発する作家だという実感があり、突然の死は驚きでし…

言葉は面白い と目からうろこ 〜「日本語の大疑問」国立国語研究所編

わたしは言語学を学んだこともなければ、日本語を研究する趣味もありません。しかし、三浦しをんさんが国語辞典編集者の地道で味わい深い喜怒哀楽を描いた小説「舟を編む」などは、心底楽しみながら読みました。<ことば>というものに少し、興味をそそられ…

まっくんとわたしの歴史

典型的な私立文系人間のわたしが、パソコンに出会ったのは、1990年代前半でした。会社のデザイン部門にマッキントッシュ・コンピューターなるものが導入され、新し物好きのわたしはときどき遊びに行って、いじくっていました。 そのうち、ハマってしまいまし…

くーの兄弟犬、ピースのお話

一昨年11月に逝ったうちの愛犬・くーには、ピースという兄弟犬がいました。 くーはイエローでしたが、ピースはブラックのラブラドールでした。よくブラッシングしてもらっていたのでしょう、見事に艶のある黒。3世代が暮らす広い屋敷に飼われていました。 ピ…