ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

自然を知らないわたしたち 〜「邂逅の森」熊谷達也

もののけ姫の世界が蘇った ブログを通じた知人、レノンさんが「邂逅の森」(かいこうのもり 熊谷達也、文藝春秋)について記した文章を読み、思わず「なるほど」と膝を打つ思いでした。 もののけ姫かあ。この作品の世界観をこんなふうに分かりやすく言い切る…

推しは<人>になった あたしは? 〜「推し、燃ゆ」宇佐見りん

もともと、二十歳前後の、しかも女性が書いたアイドル追っかけ小説に、わたしがついていけるはずもない。第164回芥川賞を獲得した「推し、燃ゆ」(宇佐見りん、河出書房新社)です。 同年代のみなさんのために少し事前解説すれば、「推(お)し」は動詞では…

「積ん読」と鉛筆デッサン

読むつもりの本や雑誌は、しっかり机に積まれているのに、このところなかなか手に取る元気が出ません。文藝春秋3月号は、新芥川賞の「推し、燃ゆ」を読みたくて買いました。ところが新型コロナ第3波「失敗の本質」という特集が組まれていて、今はまずそち…

セーターが、床に倒れて 〜「夢の燃えがら」一色真理

愛 ノートの一頁目は白紙。 ここにきみはいない。 一色真理さんという、詩人がいます。わたしは最初、真理を<まり>と呼んで女性だと思っていました。詩集「夢の燃えがら」(花神社、1982年)をむかし読んだ時、冒頭から数篇、詩の雰囲気からして女性で違和…

風前のともしび 燃え盛る 〜「のぼうの城」和田 竜

歴史小説は、信長や秀吉を代表とする戦国の覇者たち、あるいは彼らを支えた人物に焦点を当てるのが本流です。おなじみ、NHKの大河ドラマの原作になるような作品群。でも、普通は表に出てこない歴史の支流にも、魅力的な人物はたくさんいたはずです。 「のぼ…

ひそかに咲いた桜のような 〜「哀愁の音色」竹西寛子

雪深い地に住んでいるとはいえ、立春を過ぎれば新しく降り積もった雪も数日のうちに消えていきます。この時期からわたしの中では、春、満開の桜を待つ心が密かに芽吹きます。 圧倒されるような桜の名所はもちろんいいけれど、たまたま出合った公園に立つ1本…

料理して母の言葉を思い出す

在宅で細々と仕事をし、それも最近はけっこう暇で(う...)、昼は一人買い溜めした冷凍食品ですませています。まあ、わたしの食のレベルは現状、そんな具合です。 まだお気に入りの冷凍坦々麺とかパスタの在庫はあるのに、スーパーへ出かけたのは、PayPayで…

朝がきて、働いて、コップ酒で1日が終わる 〜「苦役列車」西村賢太

草食ではなくて肉食。若い男の体臭が、むんむん臭ってくる小説です。ただしライオンのような猛々しさ、かっこよさは微塵もありません。 汗、酒、煙草、そして浅ましさや愚かさ。冷酷になれないから、犯罪者にもなれない平凡さ。しょせん俺とうい人間はこうな…

森田知事が青春のシンボルだったころ 〜「文學界」昭和60年11月号

お世辞にも几帳面とは言えない性格だから、本の整理がつかなくなって、ずいぶんになります。だからある本を探していたら、書架の奥から雑誌「文學界」昭和60(1985)年11月号が突然出てきても、なんら不思議はありません。 不思議なのは、なぜこの年のこの文…

ヒマワリの悲しい秘密 〜「盤上の向日葵」柚月裕子

前半を読んだ段階では、「盤上の向日葵」(柚月裕子、中央公論新社)をブログに書くかどうか迷いました。わたしの中でプラスよりもマイナスが上回る作品については、書かないことにしています。 何度か中断しながら読み続けるうち、後半から面白くなって、最…

半世紀前のドキュメンタリー・ドラマ 〜DVD「レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯」

レオナルド・ダ・ヴィンチというルネッサンス期の天才に、わたしは長く憧れと敬いの気持ちを持ち続けています。普段はそんなことを全く意識しませんが、自分がどうありたいかという基本のところで、無意識のうちにその生き方をお手本にしている部分が、間違…

ちょい悪の、看護婦さん 〜「ベスト・エッセイ2016」日本文藝家協会編

「やめられない、とまらない〜」という、ビールと大変相性のいいスナック菓子の古典的コピーが、この本を読んで脳裏によみがえりました。頃よく日も暮れたので、さっそく飲み始めましたが、手元にリアル<かっぱえびせん>がないのは...痛恨の極み。 2016年…

自分の絵と旅した5カ月

思い返せばキャンバスの下塗りから始まり、この静物画と旅をしていたような5カ月でした。 やや感傷的な書き出しになったのは、描いている途中に老犬・くーが逝ってしまったからです。描き始めてから今日まで、まったく絵筆を持たなかった日は10日もないでし…

涙が出るほど哀くて、笑ってしまう 〜「火花」又吉直樹

お笑い芸への愛情と切なさが、ひしひしと伝わってきました。愛情が深ければ苦悩も深く、文章からは文学への真っ直ぐな思いが漂ってきます。う〜ん、これは心に残る秀作ですね。 「火花」(又吉直樹、文藝春秋)を今ごろ読んで、褒め言葉を並べているのだから…

きっと彼女を探し出す 〜「ノーマンズランド」誉田哲也

「ノーマンズランド」(誉田哲也、光文社文庫)を読みました...と書くと、すかさず「おいおい、前回こんなの4冊買いましたと、なんだかんだ言ってたのと違う本じゃないか!」と突っ込まれそうですが、はい、違うのです。申し訳ありません。まあ、寂れたブロ…

こんなわけで こんな本を買う

道路上の除雪がかなり進んだことに加え、今日は暖かかったので、車高が低い、しかも後輪駆動のマイカーでも大丈夫だろうと外出しました。車道はほぼアスファルトが露出していますが、路肩は除雪で積み上がった雪が壁になっています。一部は、2車線のうち走…

わたしは果てない夢をみる 〜「三度目の恋」川上弘美

「むかしむかし....」で始まる、おばあちゃんの昔話。語りの前置きとして、各地の方言に形を変えながら伝わってきた、あるフレーズがあります。 ありしか なかりしか知らねども あったこととして聞かねばならぬぞよ これ、直裁で素朴で、かつ<物語>という…

日々の雪譜 その3・古墳やピラミッドを作った人びとは...

意に反して、豪雪ブログに衣替えしてしまったこのところ。雪は午後に一段落し、久しぶりの陽射しがうれしい。白く輝いているのは、庭に出現した<プライベート・ゲレンデ>です^^。 雪かき作業は、当然のことながら排除した雪をどこに移動するかが大問題。…

日々の雪譜 その2・豪雪でロックダウン

気象台によると今日の昼で積雪1メートル20センチ、富山は35年ぶりの豪雪になっています。ここまでの雪は、さすがに参るなあ。 とにかく玄関から道路までのアプローチを確保し、車が車庫から出られるようにと、朝から3時間の雪かきでした。全身汗だくで着替え…

日々の雪譜

昨冬は異常に雪が少なく、地球環境の行方にいっそう不安を感じたものですが、今冬は12月に1度まとまった積雪があって、何となく安心しました。そして今朝、目を覚ますと未明からわずか数時間でちょっと降り過ぎだろw...の世界でした。 ( ↑ 今朝の玄関からア…

青春の屍が埋まっている 〜「高田馬場アンダーグラウンド」本橋信宏

10代の終わりから20代始めは、ある年齢に達した多くの人にとって、特別懐かしい時期ではないでしょうか。子供ではないけれど、まだ社会に踏み出していない大学時代。生活をぎりぎりまで切り詰め、わたしを東京の大学に出してくれた両親に今は感謝しかありま…

澁澤龍彦 〜作家つれづれ・その2

何度もくり返しわたしを惹きつける、そんな要素の一つに<不完全さ>というものがあります。 酒に例えるなら、磨き上げられたグラスに注がれる半透明のカクテルのような。美しい色合いが、早く味わってくれと囁いてきます。飲む前から酔ったような気分になっ…

雪が降っている 2020・年の瀬に

今朝未明、午前3時過ぎまでかけて、堂場瞬一さんの文庫書き下ろし新刊「共謀捜査」(集英社文庫)を読んだのですが、レビューは...まあいいか。堂場作品は何回か書いているから「相変わらず面白い」ということで。 さて、これほど「激動」という言葉にふさ…

<最後の浮世絵師>と出会った、遥かな記憶 〜「美術の窓」2016年12月号

2020年の個人的な大事件(?)の一つは、春から絵を描き始めたことです。以来気にとめるようになったのが、生活の友社から出ている「美術の窓」という月刊誌。とはいえ、1冊千数百円もするし、わざわざ買うこともないな....という程度なのですが。 たまたま…

彼は散った 〜「歳月」司馬遼太郎

ファンと言うほどではないけれど、気づいてみれば司馬遼太郎さんの歴史小説を結構読んできました。戦国時代、幕末から明治維新など、激動期の人間像を描き出して歴史の奥行を俯瞰させてくれる小説群は抜群に面白い。 でも、この<面白い>と言う言葉はけっこ…

ドストエフスキー 〜作家つれづれ・その1

異常気象で雪が積もらなかった昨年と打って変わり、いつもの冬がやってきました。朝、目が覚めて見れば一面の銀世界。まるで世界をリセットしたよう。庭のサクラも雪をまとって、枝垂れ桜みたいな風情になっていました。 (今朝の庭) わたしの住む地では、基…

不可思議な シュールな 〜「ワカタケル」池澤夏樹

やはりこれは、歴史小説と呼ぶべきなのでしょうか。「ワカタケル」(池澤夏樹、日本経済新聞出版)は、5世紀後半の古墳時代を舞台に、ワカタケル=雄略天皇=を描いた作品です。 第21代天皇・雄略は、古墳から出土した鉄剣に彫られた銘に名が確認され、考古…

クール・ジャパンの私的再発見 〜「陰翳礼讃」谷崎潤一郎

随筆という文学ジャンルの起源は、清少納言の「枕草子」だそうです。国語辞典によれば「自己の見聞・体験・感想などを、筆に任せて自由な形式で書いた文章」となります。 随想、エッセーとも言い、呼び名にこだわることに意味はない気もしますが、谷崎潤一郎…

良き死は、逝く者からの最後の... 〜「がんになった緩和ケア医が語る『残り2年』の生き方、考え方」関本剛

著者・関本剛(せきもと・ごう)さんは2019年の昨年、肺がんと分かった時点で43歳でした。既に脳に深刻な遠隔転移があり、進行度はステージ4。そして関本さんは、神戸市にある緩和ケアクリニックの院長として数多くのがん患者を看取った専門医でもあります。…

できること、できないこと

くーが逝って以来、どうにも本を読む気になれません。本に限らず、活字全般を自分の中に摂り入れる、あるいは発する(何かを書く)ことが億劫になったままです。言葉というやつはときに、何とも重い。 このブログのタイトルは「ことばを食する」ですが、食欲…