これは評伝なのか、小説なのか。「イエスの生涯」(遠藤周作、新潮文庫)を読めば、だれもがそう思うでしょう。紀元前3年に生まれ、ナザレの町で貧しい大工として働き、短い生涯の晩年に弱きものへの愛を説き、33歳ごろ十字架の磔になって刑死したイエス・キ…
特段、蕎麦にこだわりはないけれど、あの歯触りと淡白で微妙な味、喉越しはうまいと、60歳を過ぎてから知りました。十割、八割、それぞれの風味があります。 地元の駅の立ち食いだって捨て難い。これは立ち食いが、激務だった現役時代のさまざまな記憶と結び…
春から50号のキャンバスに風景を描き続けて、一向に完成のめどが立ちません。心のエネルギーと時間を、延々と費やしています。 わたしの場合、何時間も一心不乱に描き続けることは到底できません。細部まで妥協しない写実を目指していると、こんをつめて筆を…
風景論 夢のなかで空を飛んでいるとき、鳥になったわけではない。 わたしはいつも人のかたちをし、不器用に苦しんで宙をさまよい、地に戻れないでいる。 西暦2024年11月19日。運転中の交差点で、 銀杏並木の向こうに、山脈と空を見た。 鳥になって、風になっ…
食べ物について書かれた文章の良し悪しは、簡単に判断できます。あくまで個人的基準によって、ですが。読んで食したくなるかどうか。目で文字を追いながら、口中に唾が滲んでくるようであれば名文です。 多少日本語として乱れを感じたとしても、評価は揺るぎ…
脂がのった海の幸・寒ブリで知られる、富山県氷見市の民宿に一泊しました。和室の部屋は海に面し、窓を閉めても潮騒の音が聞こえてきます。階段を降りると露天風呂。ここからも海と、海の向こうに冠雪した北アルプスを一望できました。 痛飲して畳に敷かれた…
10月最後の月曜日から11月初めにかけて、奈良を巡ってきました。朝に車で家を出て、昼食や休憩をはさんで5時間。JR奈良駅に近いホテルに早めにチェックインしました。 大和国(やまとのくに=奈良県)は、古代史の中心舞台です。これまでわたしは2回しか訪ね…
夕食後、食器を洗ってから部屋に行き、焼酎お湯わりを飲みながら、読書やオンラインゲーム、油彩のお絵描きで過ごすのが日常になっています。合間を見つけて風呂に入り。 本が面白いと、すぐに午前1時2時になってしまう。翌朝の出勤時間を気にしなくていいの…
書架の奥にある(はずの)本を探すため、周辺に堆積した単行本やら文庫やらをよけているうち、つい目的外の1冊を開いてしまうことがあります。ページをめくり、そのうち、本来探していた本は後回しになってしまい。 「母なる自然のおっぱい」(池澤夏樹、新…
春から50号のキャンバスに油彩で風景を描いていて、苦労して神経を削りながらも、まあ(たぶん)楽しんでいます。50号(畳1枚の4分の3くらい)は一般的には大作でないけれど、わたし的には大作〜!というサイズなのです。 完成まで何年かかるか。描くほど、…
一気に通読するだけが、「放浪記」(林芙美子、新潮文庫)の読み方ではないと思います。わたしは併読本として、気が向いたときに少しずつ読み進み、気づけば2カ月余り。ページを開くといつも、林芙美子という魅力的な女性に再会し、大正時代の日本社会の雑踏…
純粋、切ない、優しい、強い。弱い、かたくな、そして残酷。 どれも、「冷静と情熱のあいだ」(江國香織、角川文庫)の主人公<アオイ>について考えたとき、思い浮かんだ言葉です。そして全部、だれしもが持つ人の本性かもしれません。 単行本帯のキャッチ…
空き部屋になった2階の子供部屋に、春から画材を運び上げ、画集など絵画関連の書籍もすべて移してアトリエにしました。いま、とてもお気に入りの空間です。 絵筆を持つと集中力が必要で、30分前後描くと限界に達するので、中入りの休憩を3、40分。その繰り返…
昭和は子供から大人まで、日本の国民食の一つがカレーライスでした。わが家では母が、わたしの好みに合わせて「ジャワカレー」(ハウス食品)の中辛を作ってくれた。 なにしろ田舎。フレンチやイタリアンは当然、和食という高級料理などつゆ知らず、カレーと…
壮絶な記録文学です。北アルプスの黒部峡谷は、峻厳な地形や豪雪が人の侵入を拒み続けてきた秘境。その峡谷に水力発電のダムを建設するため、人や資材を運ぶ隧道(トンネル)の掘削が始まりました。 ところが地下火山の影響で、掘り進むと岩盤温度は160度を…
ふと、ある食べ物が思い浮かび、無性に食べたくなる...こと、ありませんか? 若いころは洋食に中華、和食、創作料理、B級グルメまで、いろいろ情報を見て食べくなったものです。思い浮かべるだけで、口にじわっと唾がたまる感じ。体が、食物を求めていたのだ…
「やさしい訴え」(小川洋子、文春文庫)を読みながら、読み終えて、しばし考えました。この小説について、なにか書くべきなのか...。以前、このブログである恋愛小説を取り上げたとき、以下の趣旨のことを書きました。 いい恋愛小説はただ共感できるか否か…
ウクライナ、パレスチナのガザ地区など、世界のあちこちで戦争が絶えません。有史以来、国と国は武器を執って争い、21世紀になっても変わることがない。 幸い、日本はしばらく戦争に直面していないけれど、「戦後」という言葉が過去になったわけではありませ…
たまたまSNSと、とあるブログで相次ぎ、手塚治虫が1970年に描いた同じ画像を見ました。人の一生を男女別の図にしていて、なんと10歳過ぎまでと50歳以降は、男も女もないことになってます。 手塚センセイ、多少のアイロニーを込めて描いたと想像しますが、半…
私たちが日常に使う道具類、百年の年月を経ると魂が宿って妖(あやかし)になるという。これが付喪神(つくもがみ)です。 茶碗なんてすぐ割れるし、木製品だってガタがくる。たいていの道具、器物はとても百年持ちません。しかし一方で、精巧な細工を施した…
40年近く前、1週間ほどパリを訪れました。ガイドブック片手に、移動手段は地下鉄の回数券を買い、バスに乗り、郊外へは駅からフランスの国鉄で。あとは徒歩。旧ルーブル美術館は朝から夕方まで費やしてとても回り切れなかったり、アポリネールの詩「ミラボー…
「ヒロイン」(桜木紫乃、毎日新聞出版)は、23歳から17年間にわたる逃亡の物語です。華やかなタイトルと裏腹に、殺人罪の指名手配写真を気にしながら、次々と別人になりすまして世間を欺く長い旅。そこにも男との出会いと死があり、最後にようやく、ヒロイ…
梅雨入りし、蒸し暑い日が続きます。 最近処方された薬の副作用に、「眠気」があります。そのせいなのか、寝る前に飲むと深く眠れて朝寝坊になりました。本来の効能より、そちらに感謝したいくらい。 そして明け方によく夢を見ます。幸いにも、いい夢である…
日々の暮らしで、つい肩に力が入り、いつの間にか疲れているとき、心の重さを解き放ってくれるのもフィクションが持つ力の一つです。 「ナミヤ雑貨店の奇蹟」(東野圭吾、角川文庫)を読み終えて、わたしは久しぶり清々しい気持ちになりました。心がぎすぎす…
6月中旬にして今日は真夏日の予報。朝から冷房の効いた喫茶店に逃避し、モーニングセットを食べ、いまノートPCを開いてこれを書き始めました。 このところ、読了した本はそれなりにあっても、ブログに書くのが億劫になっています。理由は単純で、油彩で風景…
気づいたら、泣いていましたーと、文庫本の帯にあったけれど、なるほど泣くかどうかは別にして、いい短編集だと思いました。「月まで三キロ」(伊与原新、新潮文庫)です。 表題作を含め7篇が収めてあり、どれも冷たい渓流の流れを掬って飲むよう。飲んで初…
仕事を通じて知り合い、20年来の友になった4人で2泊3日、東京への「お上りさん」を楽しんできました。帰宅したらブログに書こうと思っていたのに、昨夜キーボードを叩いて記したのは、なぜか駅で買った古本のことでした。あれ。 「お上りさん」は、年に1回の…
週末にかけて東京に出かけ、両国、翌日の夜は銀座の端で、友人たちと飲みました。2泊して夕方の新幹線で富山駅に帰着。改札を出ると、駅の南北をつなぐ自由通路で恒例の古本市<BOOK DAY とやま>が開かれていました。年数回、地元の古本屋さんたちがこぞっ…
このところ、本を読むより絵を描く時間が多いのです。わたしにとって「描く」とは、自分の感性とか、絵画的な効果を考えるとか、そうした類のあらゆる人為的なフィルターを排除すること。 愚直に写実です。描く対象(モチーフ)を見続けて、それが現実に存在…
「白雪姫」をはじめ、童話や昔話の原典をたどると実は残酷な話が多い....というのは、けっこう知られていると思います。 では、残酷な童話を現代小説として創作すればこうなるのではないか。 安部公房の「砂の女」(新潮文庫)を読んで、最初に思ったのがそ…