ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

女のハードボイルドは男を凌ぐ 〜「ブルース Red」桜木紫乃

「いい体してるよね」莉菜が言うと「ありがとうございます」と返ってくる。この女の良さは肌を出しても感情を露出させないことだ。(中略)「ないふり」は難しいものの「あるふり」が出来るのが感情だろう。余裕のない人間は、どこかで見たような言葉と表情…

切なくて重い、人というもの 〜「ある男」平野啓一郎

単行本が文庫版になって刊行されると、たいていは巻末に批評家や同業者による「解説」が付きます。ところが「ある男」(平野啓一郎、文春文庫)には解説文がない。むむ、これは...。 わたしは結構「解説」を読んで、その本を買うか買わないか決めるのですか…

三島由紀夫 〜作家つれづれ・その5

<既視感>という言葉があります。初めて訪れた地なのに、いつかどこかで、この景色を見たことがあるような。もし過去に本当に見ていたのなら、そこは初めて訪れた地ではないのだから、これはそもそも矛盾で成り立つ感覚です。 本に当てはめるなら既読感とで…

国を支える「母」への道のり 〜「月と日の后」冲方丁

この世をばわが世とぞ思う望月の....と詠んで、権力をほしいままにした藤原道長。その娘・彰子(しょうし)の生涯を追い、怨念や陰謀渦巻く平安貴族の権力争いを描き出します。「月と日の后」(冲方丁=うぶかた・とう=、PHP)の斬新さは、どろどろした政争…

冲方さんと千年前の女性たち 〜作家つれづれ・その4

冲方丁(うぶかた・とう)さんの新刊「月と日の后」(PHP)を読んでいます。読了していないので、作品レビューを書くのは後日にするとして、今は趣の赴くままに...。 一昨日から息子と2歳の孫の男の子が帰省していて、振り回されていました。幼い瞳は、なん…

惨めなシンデレラとその後 〜「源氏物語」瀬戸内寂聴訳その6

5月の連休のころヤフオクで全10巻、1,000円で落札した瀬戸内寂聴訳「源氏物語」。併読本として年末までには読み終えようか...と、気軽に構えていました。 ところが読み始めるとそれなりに深みにはまり、いまや年内の読了をほぼあきらめています。この大作が…

時空を超えた事実 それは<物語> 〜「イヴの七人の娘たち」ブライアン・サイクス

<縄文顔>と<弥生顔>という、ちまたの分類があります。縄文=ソース顔、弥生=しょうゆ顔、と言い換えてもいいでしょう。この分類、なかなか遺伝子的に日本人の成り立ちを言い当てていると思います。 などど、知ったふうに書いたのは、遺伝子解析が切り拓…

中村真一郎 〜作家つれづれ・その3

最近、中村真一郎さん(1918〜1997年)の本を引っ張り出してきて、拾い読みの再読をしています。今はもう「それはだれ?」、という人が多いかもしれません。 小説家、仏文学者。文学評論も書き、若いころは詩人として知られ、またラジオドラマの脚本なども書…

すくすく伸びる命について

昨年秋に、剪定したツルバラの枝を1本、挿木して部屋に持ち込みました。 幸い根が出て、冬に芽を伸ばし始めました。肥料と水管理に気を配り、大きな鉢に2回の植え替え。たった1年で、ここまですくすく伸びた命の力に驚くばかりです。 昨年の冬 今年5月ごろ 2…

軽い気持ちで読むと.... 〜「貝に続く場所にて」石沢麻依

森に接した大学都市、ドイツのゲッティンゲン。留学中の<私>は人気ない駅舎の陰で、日本から訪ねてくる友人を待っています。 <私>は東日本大震災で被災した過去を持ち、ゲッティンゲンを訪ねてくる彼は、大学時代の美術史の研究仲間。沿岸部に住んでいた…

常夏の氷 秋風が吹いて栗 〜「源氏物語」瀬戸内寂聴訳その5

わたしの住む地、9月になったとたんに涼しくなり、いや、肌寒いほどでした。夜になって、外からは激しい雨音。 「もう栗が出回っているのか」と、スーパーで栗を見かけたのが8月最後の昨日のことで、帰宅して水に浸しておきました。今日の夕方から鍋でことこ…

武士だって死ぬのは怖い! 〜「戦争の日本中世史 下剋上は本当にあったのか」呉座勇一

時間をかけて、少々カタい本を読んでいました。「戦争の日本中世史 『下剋上』は本当にあったのか」(呉座勇一、新潮新書)は、鎌倉時代の蒙古襲来から始まり、南北朝を経た戦国前夜まで、武士階級を軸にして日本における<中世>の実像に迫った論考です。 …

「旨い」と「美味しい」 〜「食卓のつぶやき」その他、池波正太郎

歴史学者で考古学者の松木武彦さんが、駅弁について書いたエッセーがあります。松木さん曰く。昔、ディーゼル急行の固い座席で割り箸を使った高松駅の駅弁は、どうしてあんなに旨かったのか?。 言われてみれば確かに、冷えた幕の内弁当がレストランで出てき…

つい... 焼き茄子の味噌汁

ときには、こんな雑記もいいか。....と。 お盆に墓参りした際に、亡き母の実家に立ち寄り、いただいた茄子。茄子は年中ありますが、やはり夏。 晩飯前。急がず、ゆっくり、しっかり焦げ目を付けました。そのうち水分がじんわり滲み出てきて。 焼いた半身の茄…

<美味しい>小説、についての覚え書き

お盆前から池波正太郎さんの「剣客商売」(新潮文庫、全16冊)を読み始めて10日ほど。14冊目に入って、残り3冊になると、ちょっと名残惜しいような。 わずか10日ほどとはいえ、ずいぶん日も短くなり、午後6時半を過ぎると夕闇が迫ってきます。戻り梅雨のよう…

手練れ作家の、とっておきメニュー 〜「剣客商売」池波正太郎

「60半ば過ぎた男性って、どうしてあんなに時代物が好きなの?」 以前、わたしにそう問いかけたのは、とある公立図書館に勤める知人女性でした。貸し出し業務をしているので、今どんな本が人気か、仕事を通じて手にとるように分かるわけですが、時代物だけは…

「愛についてのデッサン」 〜野呂邦暢作品集 覚え書き

書店の文庫新刊コーナーを眺めていて、目に入ったのが「愛についてのデッサン 野呂邦暢作品集」(ちくま文庫)でした。 野呂邦暢(のろ・くにのぶ)という作家はずいぶん昔、たぶん大学生のころから知っていました。ただし、作品は未読だったけれど。<邦暢…

われらに罪なすものを 〜「瑠璃の雫」伊岡 瞬

辛い時、苦しい時に、明日からも人としてあることに、踏みとどまらせてくれるものとは何でしょうか。例えばそれが小説なら、どんなフィクションか。 主人公に自分を投影し(ここでまず、読者を引き込む作家の力量が問われます)、次々と降りかかってくる不幸…

ネット、プチ断食の日々

30年近くにわたる、筋金入りのMac党であるわたしは、メーンの机にはノートパソコン(MacBook Air)、サブ机にデスクトップPC(iMac)、枕元のタブレット(iPad)、そして日々持ち歩くのはiPhoneです。 改めて考えると、長い年月に渡って、画面の向こうの世界…

画鬼の子に生まれて 〜「星落ちて、なお」澤田瞳子

明治22年に没した絵師・河鍋暁斎(かわなべ・きょうさい)。<画鬼>と称され、今その作品群を見れば、時代を超越した鬼才であることに驚きます。 「星落ちて、なお」(澤田瞳子=さわだ・とうこ、文藝春秋)は、暁斎の娘・とよ=後の絵師・暁翠=の生涯を描…

白い雪と青い海

家から5キロ余り、1時間ほど歩くと海に行き当たります。東を臨むと、青い日本海の向こうに、雪を頂く北アルプス・立山連峰が広がっています。 遠望する雪の白は、夏の訪れとともに下から消えていきますが、どんな猛暑でも上には残り続けます。山脈の深い谷に…

2002年(平成14年) ベストセラー回顧

2002年(平成14年)は、ハリーポッターシリーズ4作品がベストセラーになり、サッカーの日韓ワールドカップに沸いた年でした。 ....という書き出しを読んで、頭の中が<??>になった方が、もしいたとしたら誠に申し訳ありません^^;。 その年売れた本とと…

鉄砲を軸にした男たちの叙事詩 〜「五峰の鷹」安部龍太郎

中学生のころだったか高校だったか、鉄砲伝来について教科書でこう習いました。 種子島に漂着したポルトガル人が日本に鉄砲を伝えた。 正確な文面まで記憶にありませんが、この部分だけ妙に記憶に残っているのは、子ども向け冒険譚の一節のような空気を嗅い…

知の巨人 逝く 〜「知の旅は終わらない」立花隆

2021年6月、現代を代表するジャーナリスト、立花隆さんの訃報が伝えられました。1974年の「文藝春秋」に掲載された2本の記事、立花さんの「田中角栄研究ーその金脈と人脈」と、児玉隆也さんの「淋しき越山会の女王」が、金権政治で権力をふるう内閣総理大臣…

雨上がりの散歩道 〜「源氏物語」瀬戸内寂聴訳その4

山の麓にある観音堂に続く道を歩きながら、心の底が抜けたような、静かな開放感に包まれました。梅雨の雨上がり。 家から車で40分ほどの、真言宗の古刹です。地元の写実画家さんの企画展に出かけたついでに、足を伸ばしました。前回この参道を歩いたのは、一…

逝った人びとと、酒を汲み交わす時 〜「小屋を燃す」南木佳士

生きづらさを感じるとき、ささやかな救いになる言葉があります。 <起きて半畳 寝て一畳 一日喰らって二合半> 百姓であろうと天下人であろうと、一人の人間が生きるために必要なものは等しく同じ。置かれた立場や境遇とはかかわりない。そして「生きづらさ…

本屋さんに行って、ぐったりする理由

こんなブログを書いているくらいなので、本屋さんに行くのは好きです。そして、毎回けっこう疲れます。 平積みされた新刊本の山々、店の奥まで何列も並ぶ本や雑誌。目を凝らしてその中を行き来し、手に取り、また進む。物色するわたしの心の中にあるのは、「…

コロナ来襲、孤立無援の中の現場力 〜「臨床の砦」夏川草介

長野県の、ある医療圏。作品中に実際の固有名詞は出てきませんが、おそらく松本市を中心とした圏域において、新型コロナと戦う最前線の医師たちの姿を描いたのが「臨床の砦」(夏川草介、小学館)です。 医療崩壊、病床使用率などの言葉はこれまでよく耳にし…

初めてのバラ一輪 そして紫式部など 〜「源氏物語」瀬戸内寂聴訳その3

昨年の今ごろ、庭のツルバラを剪定したとき、元気な枝を1本、小さな鉢に挿しました。 雨風が当たらないよう、鉢は部屋に入れて窓際に置きました。根が出たようで、秋には枝から芽が。 4月に大きな鉢に植え替えて外に出し、蕾が付き、日々膨らむのを楽しみに…

なぜ、こんなにたくさん集めなすった? 〜「ぐるぐる♡博物館」三浦しをん

どうにも<博物館>というやつは、地味です。 美術館は、やれフェルメールだ、印象派だ!と、日本人のキラーコンテンツを引っぱってきて企画展をやれば、大都会では長蛇の列。10年近く前、上野公園の某美術館でフェルメールの少女の小品見るために、殺到した…