ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

空の高い季節に 紙の本と電子の本

先日まで昼は半袖でも過ごせましたが、もう長袖の時季です。秋は太陽の位置が低いので、窓から入る日射しが部屋の奥まで伸び、外に出れば目に映る自然がより輝いています。日の光が低いから地上がきらきらし、逆に青空は高い。 「空の高い国」。スペインとい…

なぜ信長は光秀に討たれたか 〜「信長の原理」垣根涼介

少年は蟻を見ていた。 暑い夏の午後、しばしば飽くこともなく足元の蟻の行列を見続けていた。 周囲から煙たがられ、母からも疎まれるこの少年は、吉法師(きっぽうし・織田信長の幼名)。「信長の原理」(垣根涼介、角川文庫)は、蟻を見つめるシーンから始…

昔の自分に遭遇した夜

自分が若いころ、詩を書いていたという意識は、ありません。 とぎれとぎれながら、数年の間に何編かの<詩のようなもの>を書いたのは、20代の後半でした。 既に就職していて、文章を書くことが仕事になっていましたが、求められていたのは詩や小説の対極に…

古い本に味わいあり 〜「白描」ほか 石川淳選集第2巻

同級生が先日、フェイスブックでこんなコメントをわたしによこしました。 「ほぼ現役を終えた年代である今は、お互いにやり残したことを潰していくときにしたい」 元公務員の彼は、少子高齢化でさびれ続ける地域を活性化しようと、地元で活動する若い演劇人…

心の豪遊はできる はず

10月に入るとさすがに、朝晩は半袖で寒くなりました。ちょっと気分転換しようかと、このブログ記事のカテゴリー分けを一部整理。サイドバーに「日日雑記」「掌編」の2カテゴリーを新設して、これまでごった煮だった書評以外の投稿をまとめました。 「日日雑…

赤トンボの季節 全集物は別巻が面白い? 〜「日本の詩歌」別巻 日本歌唱集

夕やけ小やけの あかとんぼ 負(お)われて見たのは いつの日か ダイエットが気になり始めた数年前から、わたしの趣味の一つになったのが田舎道のウオーキングです。歩くのは数キロから10数キロまで、様々なマイコースがいつの間にかできました。そして車で…

愛しき親友の植物たち

このブログを始めたとき、自己紹介に「本と車と酒とガーデニングが好きな昔人間です」と書きましたが、これまで本以外についてほとんど投稿してきませんでした。秋を迎え、小さな、緑のいのちが部屋に芽吹いてきたので少しだけガーデニングの報告を。興味の…

日本史年表と小説 大河の一滴 〜「絶海にあらず」北方謙三

気づけば秋分の日を過ぎ、日没がずいぶん早くなりました。秋の夜長とはよく言ったもので、隣の部屋のテレビから聞こえてくるローカルニュースを聞き流しながら、窓からの夜風に深呼吸。昼に読み終えた本を思い起こし、日本史の年表をめくったりしています。 …

凛として健気 そして傷だらけにうるうる 〜「少年と犬」馳星周

そもそも直近の直木賞受賞作について、こんな偏った言い方はあまり適切でないのですが...「なにせ犬好きにはたまらない小説です!」。犬に興味がない人にも、たぶん...。 いやわたし、ネコに限るという人の気持ちを推しはかることはできないので、断定はでき…

淡々と語られる孤独 密かにシュール 〜「首里の馬」高山羽根子

2020年上半期の芥川賞は受賞2作で、どちらを読むか迷って選んだのが「首里の馬」(高山羽根子、新潮社)でした。たまたま高山さんと地縁によるつながりがあるという、深い説得力に欠ける単純明快な理由です^^;。 単行本で150ページ余りなので、わりとさ…

白骨と雪 山に行った日 〜「楢山節考」深沢七郎

姥捨山とは。食糧の乏しい山間部の集落で「口減らし」のために、ある年齢に達した老人を山に棄てる物語です。生きるための厳しい営み、因習に塗り込められた村社会。日本各地に伝わる棄老伝説を、文学として見事に昇華させたのが「楢山節考」(深沢七郎、新…

真面目な下ネタ比較論? 〜「現代語訳 日本書紀」(福永武彦訳)

「古事記」と「日本書紀」。日本最古の歴史書・2書を称して「記紀」は、その昔教科書に出てきました。当時、テスト対策で覚えるために「古事記、古事き、こじき」と暗唱にすると、条件反射みたいに乞食さんの集まりが頭の中に浮かんで...。そんな記憶がよみ…

目の前の路地をきれいに お絵かきの目標

うまくいかない。というか、難しい。 こつこつやっている、お絵かきのことです。F6号という小さなキャンバスに静物画を描こうと構図を決め、事前の試し描き(エスキース)として、構図の一部にある2個のイチジクをスケッチブックにデッサンしました。 なにせ…

生きて在る それだけで美しい 〜「百万回の永訣 がん再発日記」柳原和子

死を語るとは、いのちを語ること。 かつて医師や看護師、患者のみなさんから聞いた多くの言葉、その核心を要約すればこのようになります。長く取材者としてキャリアをつないできたわたしは、二度、がんと終末期医療をテーマにしました。 最初は1980年代終盤…

本のこと、そしてお絵かき

本を併読する人は、どれくらいいらっしゃるのでしょうか。わたしは、どちらかといえば併読派です。数日のうちに読み上げてしまう本と、1カ月から、場合によっては数カ月かけてのんびり読む一冊が同時進行。いま、のんびり読書は「現代語訳 日本書紀」(福永…

くーのこと

くーは、16歳2カ月のオスのラブラドール・レトリバーです。もちろんわたしではなく、うちの『くー』。人間でいえば、とうに100歳を超えています。大型犬は小型犬に比べて短命なので、6頭いた兄妹犬で、今も生きているのはくーだけになりました。 そして今年…

夢幻の如くなり 〜「戦の国」冲方丁

織田信長、上杉謙信、明智光秀、大谷吉継、小早川秀秋、豊臣秀頼。戦国時代を生きた6人の武将の生き様の、1断面を切り取った連作短編集が「戦の国」(冲方丁、講談社文庫)です。 冒頭に置かれた「覇舞踊(はぶよう)」は、信長を描いた作品。1560年、桶狭間…

伝えたい言葉となって舞い散ろう 〜「岸辺に」池田瑛子

戦争、災害、犯罪被害。いかにその悲しみに寄り添うか、見知らぬ人びとの痛みを、自分の痛みとして分かち合えるか。 そうした悲しみや痛みは、自ら求めることなく否応なく外からなだれ込んでくるものでしょう。なだれ込んできたものに心を埋め尽くされた人が…

異常が<日常>になった世界

気温35度を越える猛暑は当たり前で、40度に迫る日も珍しくありません。打ち水?。そんな風流を楽しんでいたら命の危機です。外出にマスクは必需品で、しんどいなあ。そんな8月も下旬に入り、「暑さもあとしばらく」と安心できないのが近年の気候変動です。 …

謎に迫る ミステリーのような面白さ 〜「日本語の成立」大野晋

こんな想像を巡らせたことはありませんか。もし自分が卑弥呼の時代にタイムスリップしたら、どれくらい会話が通じるのだろう?。あるいは、縄文時代のある集落にだったら。そこではどんな日本語<ヤマトコトバ>が話されていて、例えば英語なんかよりはスム…

「1本!」赤か白か 本は楽しい 〜「武士道セブンティーン」&「エイティーン」誉田哲也

前稿で、大岡信さんの「詩の日本語」について難渋しながら読了と書きましたが、併読していたのが「武士道セブンティーン」「武士道エイティーン」(誉田哲也、文藝春秋)の2冊です。 シリーズ1作目の「武士道シックスティーン」が面白かったので、ヤフオクで…

日本人の心の歴史 〜「詩の日本語」大岡信

「日本語の世界11 詩の日本語」(大岡信、中央公論社・昭和55年)は、奈良時代の万葉集から明治の正岡子規まで、詩に使われた日本語を通して、日本人の美意識の変遷を浮き彫りにする試みです。 さすがに速読は無理で、2週間ほどかけて読了に漕ぎ着けました。…

お盆 あの世とこの世の通路について 〜雑文

うだる猛暑日から一転、今日は天気がぐずつきました。本の文字が読み辛くなり、ふと気づけば明かりが必要なたそがれどき。「あれ、もう...」と思ったのは、曇り空に加え、お盆が近づいて日没時間が早まっているからでしょう。 雨上がりに一斉に鳴き始めたセ…

斬るか斬られるか ん、女子高生が? 〜「武士道シックスティーン」誉田哲也

ただ相手を斬ることしか、今は考えていません。勝ち負け、でもなく、ただ斬るか、斬られるか....それが剣の道だと思っています。 これ、16歳の女子高生が剣道部顧問の先生に吐くセリフです。彼女がボロボロになるまで読み続けているのが新免武蔵(別名という…

29歳で逝った棋士 病と闘い、天才・羽生と競い 〜「聖(さとし)の青春」大崎善生

小説・つまりフィクションは、事実を超えることができないーと感じるのは、「聖の青春」(大崎善生、角川文庫 第13回新潮学芸賞受賞)のような作品を読んだときです。幼いころから重い腎臓病を宿命として背負いながら、棋士という厳しい勝負の世界に生き、最…

わがまま人間のコンサート嫌い

わたしは音楽が嫌いでありません。在宅の仕事なのでバックによく音量を絞り気味にしてクラシックやジャズを鳴らしますし、時には夜一人で、飲みながらお気に入りのCDに耳を傾けます。 しかし、困ったことにコンサートというやつがどうも苦手なのです。もっと…

パンデミック 希望と絶望とは 〜「首都感染」高嶋哲夫

中国で出現した新型インフルエンザウイルスが、パンデミックに至って世界中に感染が拡大。日本はどのようにして、何に生き残りをかけるのかー。「首都感染」(高嶋哲夫、講談社文庫)は2010年に発表された、新型コロナを予言したかのようなクライシス=危機…

花火はなくても 天の川はある 〜「おくのほそ道」松尾芭蕉

必要に迫られ、芭蕉の「おくのほそ道」を再読しました。再読と言っても、前に読んだのがおよそ40年前となれば、ぼぼ初読のようなものです。部屋の古典を集めた一角から引っ張り出してきたのは、昭和53年3月15日発行の講談社文庫(板坂元・白石悌三 校注・現…

新型コロナは何をあらわにしたのか 〜「疫病2020」門田隆将

本来なら日本はいまごろ、7月24日(金曜日)に開幕する東京五輪を目前にして、日に日に空気がたかぶっているはずでした。安倍政権にとっては、昨年の消費増税による景気低迷を一気に消し去る、盤石のロードマップでもありました。ところが2020年は日本にとっ…

生きる人間のリアル 驚くべき<真実> 〜「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ

「小説」と「文学」の違いは何なのでしょう。文学の1ジャンルが小説である、というのは分かりやすい解釈ですが、読者として作品に接する皮膚感覚で言えば、いい小説が必ずしも優れた文学ではありません。つい、おかしなことから書き始めてしまいました。 「…