ことばを食する

くーの、極めて私的な読書覚え書き。誰かにお薦めできると思った本を取り上げます

こんなにも多彩! 下っ端の食生活 〜「幕末単身赴任 下級武士の食日記」青木直己

下級武士がけっこういろいろ食べて、昼から飲んで、「何だか楽しそうだなあ」と、うらやましくなったのが「幕末単身赴任 下級武士の食日記」(青木直己、ちくま文庫)です。わたしが持つ「下級武士=貧乏」「武士は食わねど.....」、あるいは「清貧」という…

「ユリイカ」の思い出 〜雑文

ヤフオクで本の出品を眺めていたら、1970年代の月刊誌「ユリイカ」(青土社)が100円スタートで多数出品されているのを見つけ、懐かしさに襲われました。出品者によれば、引っ越すことになり処分するよりは出品した、とありました。おそらくわたしと同年代か…

「平成」と呼ばれた時代とは... 〜「インタビューズ」(堂場瞬一、河出書房新社)

1989年から2019年までの30年間、毎年大晦日に渋谷のスクランブル交差点で無作為にインタビューし、「今年一番印象的だった事件や出来事」について語ってもらう。インタビュアーは堂場さん本人が実名で登場します。こうして集めた約300人の記録から、年齢、性…

目からウロコ 波乱万丈の大河ドラマ 〜「日本語の歴史」山口仲美

無意識のうちにしかめっ面しながら、ミスタイプしてイライラしながら、自分がいま書いているこの文章も......実は「そんな大河ロマンを秘めていたのか!」。目から大小のウロコが何枚も落ちてスッキリ爽快になるのが、「日本語の歴史」(山口仲美、岩波新書…

祈りのポリフォニー(多声音楽) 〜「優駿」宮本輝

一頭の馬の、誕生。まだ肌寒い北海道の小さな牧場。大自然の中で零細な牧場を営む一家が、大きな借金をして夢を託し、種を付けた牝馬(ひんば・お母さん馬)から、漆黒の体の仔馬が産まれます。顔に星の形をした白い毛の刻印を持って。 「優駿」(宮本輝、新…

粋なハードボイルド・ミステリー 〜「消えた女」藤沢周平

若いころは、なかなか分からないんだよなあ...などとうそぶいてみるのは、年寄りの権利です。いや、単にわたしがかなり偏向した読書歴を持った年寄りだから、というに過ぎないのですが。 えっ、時代物?。武士とか町人とか、岡っ引の平次みたいのが出てくる…

スローにめしあがれ 本を食する 〜雑文

わたしにとって本は、食に例えるならスローフードです。早飯食いみたいに、がつがつやっつけるのがいいわけではなく、食材や調理にこだわった手間も含めて楽しみたいと思っています。どこまで味わえるか、読み手の側の器量も試されていると考えれば、なかな…

鮮やかに浮かび上がり 消えていく人びと 〜「いのちの姿 完全版」宮本輝

はじめて読んだ宮本輝さんの小説が何だったか、もう記憶が定かでありません。デビュー作で太宰治賞を取った「泥の河」だったか、芥川賞の「蛍川」だったか。前後して村上春樹、村上龍さんがデビューした時期で、当時はこの2人に比べると地味な印象でした。 …

今月もトップは「反日種族主義」 〜月間ベストセラー2019年12月期&年間ベストセラー

2020年の正月も過ぎ、トーハンの19年12月期ベストセラーが発表されました。トップは先月に続き「反日種族主義 日韓危機の根源」でした。出口の見えない日韓関係を象徴していると同時に、韓国という国に対してずっと抱いてきた「割り切れなさ」に対する一つの…

心に滲みる『奇跡』 〜「桜風堂ものがたり」村山早紀

「癒し」という言葉がよく使われるようになったのは、いつごろからでしょうか。裏を返せば、人びとが癒しを求めるほど、この社会が住みにくくなり始めたのはどの時点だったのだろう。 読む人によって受け止め方は違うにしても、「桜風堂ものがたり」(村山早…

こんなにも楽しい古書の世界 〜「古本屋控え帖」青木正美

令和最初の正月、久しぶりに雪のない中で初詣に出かけ、年末に地元の古本屋で仕入れてきた本を、ぽつりぽつり拾い読みして過ごしています。この時期は子供たちも家に帰って賑やかになり、ゆっくりページをめくる時間が意外にありません。気が向いたとき、さ…

2019年、堪能したベスト3 〜雑文

気づけば、もう大晦日。机に何冊かの本を積み上げたまま、仕事と家の整理や掃除に追われて、令和元年が終わろうとしています。なかなかブログに書くだけの読書もできませんでした。 5月末にブログを開設して以来、ご訪問いただいた皆様、ありがとうございま…

汗と涙と、友 狂おしく切ない青春記 〜「七帝柔道記」増田俊也

北海道大学柔道部に憧れ、二浪して入学した<私>が、ディーゼル機関車に揺られて札幌駅に着くところから、「七帝柔道記」(増田俊也、角川書店)は始まります。4月だというのにホームにはまだあちこち雪が残り、吐く息は白く...。 そこから展開するのは汗…

あの物語は何だったのか 〜「一杯のかけそば」栗良平

「一杯のかけそば」(栗良平、角川文庫)という短い物語が、ブームを超えて社会現象にまでなったのは、バブル景気さなかの1989年でした。もともとは作者が語り部になって口演行脚していた話が活字になって話題になり、NHKで朗読され、国会の質疑にも登場しま…

出版が華だった時代 〜「ベストセラー伝説」本橋信宏

夕陽の向こうに消えていった懐かしい出版物とそれを作った編集者たちの物語です。 という冒頭の書き出しに惹かれて、つい買ってしまったのが「ベストセラー伝説」(本橋信宏、新潮新書)です。今は消えてしまったか、見る影もないけれど、かつて出版業界の最…

カセットテープに残されていた過去 〜「罪の声」塩田武士

どっしりと、骨太な面白さで一級品です。 グリコ・森永事件。有名企業の社長を誘拐して身代金を要求し、マスコミに警察を揶揄する挑戦状を送りつけ、青酸入りのお菓子を店頭にばら撒き、しかも犯人グループは逮捕されることなく迷宮入り。40代後半以降の方に…

秘すれば花なり 〜「風姿花伝」世阿弥(佐藤正英 校注・訳)

大切なカノジョの誕生日に、何を贈ろうか....。若いころは誰にも一つや二つ、そんな悩みに頭を痛めた思い出があるのではないでしょうか。悩んだ末に1冊の本にリボンを結んだけれど、これが思いっきり「外した」プレゼントだった。 いや、カノジョのほうはち…

本さえあれば孤独ではない 〜「書店主フィクリーのものがたり」ガブリエル・ゼヴィン

島に一軒だけある本屋さんの偏屈な店主(まだアラフォー)。お好みでない本は....ポストモダン、最終戦争後の世界という設定、死者の独白、あるいはマジック・リアリズム。才気走った定石的な趣向....などなど。 文学の研究者だった妻と始めた小さな本屋です…

旧仮名遣いの魅力 この冬の課題^^ 〜「ヨオロツパの世紀末」吉田健一

先日、地元の古本屋さんをのぞいて見つけ、つい買ってしまったのが「ヨオロツパの世紀末」(吉田健一、新潮社、1970年)です。タイトルからして「ヨーロッパ」ではなく「ヨオロツパ」。本のシンプルな装丁、古びた佇まいも含めてなんだかカッコいいというか…

「反日種族主義 日韓危機の根源」がトップ 〜月間ベストセラー・2019年11月期

最悪と言われる日韓関係が続く中、2019年11月期のベストセラーが発表されました。「反日種族主義 日韓危機の根源」が初登場でトップ。韓国の歴史認識の誤りを直裁に指摘し、本国で話題になった本の日本語版です。徴用工や慰安婦、竹島問題などについて、韓国…

心の闇に埋もれたもの 憎悪か愛か 〜「この世の春」宮部みゆき

人の心の闇、しかも生きるために自分で封印した記憶の闇であるなら、ほんとうは触れずにそっとしておくのが一番かもしれません。しかしその闇を抱えるがゆえに、狂気との瀬戸際に立つ本人が死に向かっていると分かれば、そうもいきません。苦しむのが純真で…

前のめりに語り尽くす 本の数々 〜「本屋さんで待ちあわせ」三浦しをん

ページをめくりながら何回笑い、なるほど、なるほどとうなずき、何回スッキリしたか、いちいち数えていなかったので分かりません。世の中、何であれ、同じ趣味を持つ人がその趣味についてディープに語った本には惹かれるものです。 「本屋さんで待ちあわせ」…

ウオーキング継続中 はてなスターは休止 〜近況など・雑文

12月が迫り、紅葉シーズンも終わりが近づいてきました。わたしは降雪地帯に住んでいるので、これからなかなか晴れ間がなく、風が冷たい冬は趣味のウオーキングが辛い季節になります。 それでも完全防寒で歩きますが(もしかしたらアホかもしれません)、歩行…

夢を病む 詩の忘れられない5巻 〜「全集・戦後の詩」角川文庫

角川文庫で全5巻からなる「全集・戦後の詩」が刊行されたのは、昭和48年から49年(1973〜74)にかけてでした。少なくとも第1巻は再版が出ているので、少しは売れたのだと推測しますが、文庫でこんな企画を実現すること自体に出版社の意気込みを感じます。 …

正義や理想があるから 悲劇が生まれる 〜「道誉と正成」安部龍太郎

高校までで学ぶ歴史がつまらないのは、年代や出来事の丸暗記を求められるからです。教科書では太古から現代まで、人の生き様や社会のストーリーが語られることはありません。しかも奈良、平安、鎌倉、室町、戦国...などと時代ごとに章でぶつ切りにして、それ…

2003年(平成15年) ベストセラー回顧

2003年(平成15年)は、SMAPの「世界で一つだけの花」が大ヒットし、森山直太朗さんが独唱する「さくら」もよく耳にしました。なに、当時家族にやや天然の入った明るいキャラが一人いて、聞き飽きるほど歌っていたものですから。流行語大賞は「なんでだろ〜…

彼だけがたどりつけた 松林図の世界 〜「等伯」安部龍太郎

能登半島の入り口にある石川県七尾市は、海に面した静かな市です。前田藩の城下町である金沢より、海路を使えば越中(富山)に近く、万葉時代からから良港を持つ海運の地として栄えました。栄えた面影は既になく、今は人口減少に悩む地方都市の一つですが、…

高校球児殺害に挑む 老犬+加代ちゃん 〜「パーフェクト・ブルー」宮部みゆき

日本の小説に探偵という職業は向かないという指摘を、どこかで読んだ記憶があります。もちろん江戸川乱歩の明智小五郎、横溝正史の金田一耕助をはじめ、日本にも名探偵はいますが、シリアスな設定の現代小説で探偵という職業は確かに使いづらいと思います。…

まっすぐに生きる 裁判の勝者は? 〜「沈黙法廷」佐々木譲

フリーで家事代行を営む地味な女性。彼女の仕事先で、独り暮らしの男性が絞殺されます。やがて、60代の独り暮らし男性の不審死が複数、彼女の周囲で起きていたことが明らかになり...。「沈黙法廷」(佐々木譲、新潮文庫)は骨格がしっかりしているから、安心…

童話のような 小説のような 〜「食堂かたつむり」小川糸

細部の描写や比喩の感性、文章のリズムがいい。さらさらと小川を流れる、透明な水のような味わいです。一方で細部を積み上げた「作品」として全体を見ると、かなりツッコミどころがあるかな。「食堂かたつむり」(小川糸、ポプラ文庫)は失恋して声を失った…