ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

なぜ、こんなにたくさん集めなすった? 〜「ぐるぐる♡博物館」三浦しをん

どうにも<博物館>というやつは、地味です。 美術館は、やれフェルメールだ、印象派だ!と、日本人のキラーコンテンツを引っぱってきて企画展をやれば、大都会では長蛇の列。10年近く前、上野公園の某美術館でフェルメールの少女の小品見るために、殺到した…

ほろ苦くも、味わい深く 〜「俺と師匠とブルーボーイとストリッパー」桜木紫乃

沁みるなあ。 感動した、と表すのはどこか違う。目の前に新しい世界が拓けたとか、魂が揺さぶられたなど、そんな大げさではないのです。読んで涙することもない。ただ、沁みるなあ。 例えて言えば、大人には大人の癒され方があって、真夜中に一人で飲む酒が…

不倫の大絵巻 いよいよ佳境に 〜「源氏物語」瀬戸内寂聴訳その2

体調がすぐれないため、祈祷をしてもらおうと出かけた春の山寺で、光源氏は10歳ほどの女の子を見かけます。 女の子は扇を広げたような黒髪を揺らし、赤く泣き腫らした顔。育ての親である祖母の尼君を見つめて必死に訴えるのです。 「雀の子を、犬君(いぬき)…

つれづれに楽しむ 紫式部変奏曲 〜「源氏物語」瀬戸内寂聴訳

5月の連休明けから、のんびり読み進めているのが「源氏物語」(瀬戸内寂聴訳、講談社)です。紫式部の「源氏物語」は54帖、今風に言うなら54話で構成された大長編ですが、瀬戸内さんの現代語訳では全10巻。 「さあ、読破するぞ!」などと意気込んでは挫折必…

わたしの人生は誤りだったのか 〜「浮世の画家」カズオ・イシグロ

敗戦によって根底から社会の価値観が覆った1948年ー50年の日本を舞台に、ある画家の心の揺らぎを、一人称の<わたし>の世界として描いたのが「浮世の画家」(カズオ・イシグロ、飛田茂雄=訳、ハヤカワepi文庫)です。 戦時中に至るまでの<わたし>は著名…

<濃厚接触者>になって思ったこと

「発熱した。PCR検査の結果は明日だけど、もし陽性だったら、お前も新型コロナの濃厚接触者になる。申し訳ない」 結果から言ってしまえば、わたしは感染していませんでしたが、つい先日まで<濃厚接触者>でした。 知人から連絡をもらって、とっさに思ったの…

ハードボイルドへのオマージュ 〜「ピットフォール」堂場瞬一

舞台は1959年、60年あまり過去のニューヨーク。戦後の繁栄を誇る大都会には、根強い人種差別や、不用意に踏み込めば身に危険が及ぶエリアがあちこちにあります。都会の表と裏を渡り歩いて殺人鬼を追う主人公・ジョーは、元ニューヨーク市警の刑事で、独り者…

酔筆夕刻

新緑から、日々緑が濃くなる5月。現代は冬なら暖房、夏は冷房のために窓を閉め切る生活が普通ですが、今はどこも窓を開けるシーズンなので、ご近所の生活の音が聞こえてきます。 わたしは庭に出ている時間が多く、夕刻にもなれば隅のベンチでビールを飲み始…

臥す枯野なほかけ廻る夢心 〜「永訣かくのごとくに候」大岡信

<死>とは何か、人は決して知ることはできません。死んでから甦って語ることがない以上、つねに<死>は生きている人の中にある、さまざまなイメージです。 <死>について語るとは、<死>を前にした<生>の在り方をつづることになります。辞世の句、遺作…

もう、2年なのか 〜ご挨拶に代えて

風薫る、5月。2019年の5月下旬にブログを開設して、早いもので2年が過ぎました。その年の6月に、長く働いた仕事からのリタイアを決意していたわたしは、これからゆっくり本を楽しみ、読書記録を残そうと、初めてブログに挑戦したのでした。 個人的な<本の日…

<僕>と<世界>の息詰まる関係 〜「掏摸」中村文則

見ているけど見えていない、聞こえているけれど、聴いていない。つまり、いつの間にか「ぼー」と放心しているとき、突然肩をたたかれたら、ぎくりと条件反射します。 普段は周囲に張り巡らせている五感のセンサーが麻痺していて、いきなり何かに自分が鷲掴み…

男と女について拾い読み 〜石川啄木、大岡信

死にたくはないかと言へば これ見よと 咽喉の痍(きず)を見せし女かな 積読本の拾い読み。その面白さは、例えばこんな短歌と出会えることです。なんとも大人の世界。これを名品とは言わないけれど、ちくりと刺さったりして(わたしだけ?)。 ちなみに、こ…

だれにも届かない声 〜「52ヘルツのクジラたち」町田そのこ

<52ヘルツのクジラ>とは何か。普通のクジラの鳴き声は10ー39ヘルツの周波数。ところが52ヘルツで鳴くクジラがいて、世界で一番孤独だと言われているそうです。仲間のクジラに、その声は高すぎて聞こえないから。 2021年本屋大賞の第1位になった「52ヘルツ…

涙腺狙い打ち ファンタジーの魅力 〜「かがみの孤城」辻村深月

ファンタジーであり、ミステリーであり、そして、読書の時間を理屈抜きに楽しませてくれる小説です。「かがみの孤城」(辻村深月、ポプラ社)は、2018年の本屋大賞受賞作。 中学に進学したばかりの<こころ>は、名前の通り繊細な心を持つ、どこにでもいる女…

癒しのガーデニング 〜「庭仕事の愉しみ」ヘルマン・ヘッセ

最初に告白しておけば、25年前にひっそり書店に並んでいたこの本、わたしは1ページ目から最後までを、通読したことはありません。 買った当初は目次で全体構成を眺め(庭に関するエッセイ、詩、書簡のような断片、掌編小説、水彩画などが集められている)、…

草むしりとお絵かきについて

昨日と打って変わって、肌寒い春の1日。 スーパーで買ってあった約100円ハンバーガーをチンして、コーヒーで朝食。昨夜書き上げたコラムを読み直し、少し手を入れて送信しました。ほっとする一方で「あとはどうにでもなれ」の、開き直りもあります。仕事の…

危ないですから黄色い線まで.... 〜「JR上野駅公園口」柳美里

「JR上野駅公園口」(柳美里=ゆう・みり=、河出文庫)は、2020年に全米図書賞を受賞したことで、日本でも多くの人が手に取った1冊です。わたしもその一人で、柳美里さんの作品は初読でした。 いい作品が必ずしも売れると限らない以上、どんな経緯を経るに…

流浪する魂の軌跡 〜「詩人 金子光晴自伝」金子光晴

明治に生まれ育ち、大正から戦前にかけて青春期、壮年時代を過ごした一人の詩人の自伝に、なぜ妙な懐かしさを感じるのか。自分が生まれるずっと前の時代に、郷愁のような心の揺らぎを覚える不思議について、わたしはうまく説明できません。 詩人・金子光晴は…

歩き続けるために、立ち止まる 〜「ベスト・エッセイ2020」日本文藝家協会編

二篇のエッセイが、妙に響きあって、心に残りました。どちらも、新聞に掲載された短い原稿です。 まず2020年5月25日、朝日新聞に掲載された青来有一さん(作家)の「暖簾は語る」。 年に数回は行くという、長崎県の温泉地の居酒屋の話です。 八十代の元気な…

切なくも胸にせまる.. まあ、確かに 〜「劇場」又吉直樹

又吉直樹さんの芥川賞受賞作「火花」には、次も読んでみようかと思わせる何かがありました。そして手に取ったのが「劇場」(新潮社)です。 帯のキャッチには「切なくも胸に迫る恋愛小説」。なるほど、ストレートにそのままの作品です。主人公の<僕>は、ア…

コラムの舞台裏 ぼた餅とお彼岸について

昨日は春分の日でした。仕事の一つである週1本の新聞1面コラムで、何を題材にするか迷ったとき、物色するのは<時事ネタ>か<季節ネタ>です。新型コロナや政治などの社会状況は時事ネタ。春分の日は、季節ネタですね。 昼が長くなって桜の開花が近づくころ…

古本屋さん巡りの楽しさ満載 〜「東京古書店グラフィティ」池谷伊佐夫

東京の古書店をすみからすみまで追究する究極のマニュアル本ついに完成! と、帯にうたわれているのが「東京古書店グラフィティ」(池谷伊佐夫、東京書籍、絶版)です。1996年に出た本なので、すでに四半世紀・25年前。今も、古書店巡りのガイドブックになる…

モナリザを忘れて背景を見る 〜「レオナルド・ダ・ヴィンチの手記」岩波文庫

当面の課題や締め切りをクリアして、ふっと息をついてビールを飲みながら、最近ついついハマるのが<戦国ixa>というオンラインゲームです。負けると悔しい!...ので、強くなりたい。 そこにはクリック2、3回で簡単に課金、戦力強化できてしまう、ネット社会…

春 歌書よりも軍書にかなし

田舎住まいのうちには、2本の桜があります。1本は道路に面した狭い一角に植えた桜桃。サクランボがなるミザクラ(実桜)で、早咲きです。例年、彼岸のころ満開になるのですが、今年はやや早く、昨日あたりから開花し始めました。 いよいよ春本番は近い。 母…

特攻隊はこうだったのだろう 〜「孤塁 双葉郡消防士たちの3・11」吉田千亜

10年前の2011年3月11日、午後2時46分18.1秒。この瞬間を境に、多くの人生はそれ「以前」と「以後」に決定的に分断されました。被災者でないわたしでさえ、めまいのような横揺れに驚いたあの瞬間からの数日、数週間、そして1年は忘れられません。 東日本大震…

心の迷宮 血は流れて雪はやまない 〜「冷たい校舎の時は止まる」辻村深月

わたしはお化けとか超常現象の類を、これっぽっちも信じません。確かに時には面白いけれど、フィクションの世界。と、分かっているはずなのに、実は怖がりなのです。頭で考えていることに反して、体が反応してしまう。 「冷たい校舎の時は止まる」(辻村深月…

自然を知らないわたしたち 〜「邂逅の森」熊谷達也

もののけ姫の世界が蘇った ブログを通じた知人、レノンさんが「邂逅の森」(かいこうのもり 熊谷達也、文藝春秋)について記した文章を読み、思わず「なるほど」と膝を打つ思いでした。 もののけ姫かあ。この作品の世界観をこんなふうに分かりやすく言い切る…

推しは<人>になった あたしは? 〜「推し、燃ゆ」宇佐見りん

もともと、二十歳前後の、しかも女性が書いたアイドル追っかけ小説に、わたしがついていけるはずもない。第164回芥川賞を獲得した「推し、燃ゆ」(宇佐見りん、河出書房新社)です。 同年代のみなさんのために少し事前解説すれば、「推(お)し」は動詞では…

「積ん読」と鉛筆デッサン

読むつもりの本や雑誌は、しっかり机に積まれているのに、このところなかなか手に取る元気が出ません。文藝春秋3月号は、新芥川賞の「推し、燃ゆ」を読みたくて買いました。ところが新型コロナ第3波「失敗の本質」という特集が組まれていて、今はまずそち…

セーターが、床に倒れて 〜「夢の燃えがら」一色真理

愛 ノートの一頁目は白紙。 ここにきみはいない。 一色真理さんという、詩人がいます。わたしは最初、真理を<まり>と呼んで女性だと思っていました。詩集「夢の燃えがら」(花神社、1982年)をむかし読んだ時、冒頭から数篇、詩の雰囲気からして女性で違和…