ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

美しすぎるものを焼き尽くせ 〜「金閣寺」三島由紀夫

 幼時から父は、私によく、金閣のことを語った。

 

 三島由紀夫の「金閣寺」はさらりと、物語の骨格を示して始まります。1956年に雑誌連載後、単行本として刊行されたこの作品は、三島に対して懐疑的だった一部の批評家たちを黙らせ、海外でも翻訳されました。

 代表作の一つになり、近代日本文学の傑作に数えられています。その7年前、「仮面の告白」で実質的文壇デビューを果たした三島を、一気に日本を代表する作家の一人に押し上げたのが「金閣寺」でした。

 いま読めば、そうした出来事は歴史の一コマになっています。社会状況も人の感性も違う以上、当時と同じ受け止めはできなくて当然です。同時に、やはり色褪せない魅力があるのは確かで、面白く、ときに懐かしく(40数年ぶりの再読)わたしは読み終えました。

  

 福井の田舎の寺の子に生まれた<私>は父の死後、父の旧友が住職である鹿苑寺(金閣寺の正式名称)に預けられます。<私>にはかなり重度の吃音、どもりがあり、言葉がスムースに出てきません。吃音は自分が外部世界と行き来することの決定的な障壁であり、<私>は成長とともに内面が緻密に、肥大化していきます。

 気づけば、そんな<私>という存在を支配するのは、外界の何かの力ではなく、心の内なる「美」であり、美の象徴が金閣寺になっていたのです。

 え、び?、美。で金閣寺?。

 未だ女性との性体験がない<私>は、その先ただ抱いて押し倒せばいい局面に遭遇するたび、不能になります。突然幻の金閣が立ち現れ、女性と<私>を隔ててしまうからです。ようやく現実に戻ったとき、冷たい女性の視線に晒されています。

 そんなのありか、とまた思う。そこで美とか、金閣寺が出てくる?。しっくりとイメージできないのです。

 凡人にとっては、なんとも不条理な展開。しかも作品はあちこちに、読み手の感性にとっての不条理に満ち溢れています。しかし...

 恐ろしく緻密に描かれる<私>の内省の積み上げ、加えて華麗な比喩表現で、三島は読者にとって条理と不条理の間にある断絶を、言葉で埋め立ててしまうのです。それが、まるで自然なことであるかのように。

 力技、ですね。限られた才能だけができる知的な力技に「純文学」という晴れ着を与え、だれもが気楽に喝采できる作品に「大衆文学」という衣装を着せたのが、日本の戦後社会だったのだと思います。

 

 作品後半。<私>は突然、崇拝すると同時に自らを支配する金閣寺を焼き尽くす想念に襲われます。ここから実際の放火に至る過程の描写は、力感があります。日時をかけ、周到に準備し、いよいよただマッチを擦るだけになったとき、想像もしていなかった疲労、無力感が<私>を襲うのです。

 

 「私は行為の一歩手前まで準備したんだ」と私は呟いた。「行為そのものは完全に夢みられ、私がその夢を完全に生きた以上、この上行為する必要があるだろうか。もはやそれは無駄事ではあるまいか」

 

 なんとも魅力的なレトリックです。凡人の卑近な言い換えを試みるなら、デートの直前までさまざまな空想にときめいたのだから、現実のデートはもう必要ないのではないか。実際にデートしても、現実は色褪せた空想の帰結にすぎないだろう。...みたいな感じですね。

 この疲労感を打ち破って、<私>は火を放ちます。背中を押したのは、臨済宗のよく知られたあの言葉でした。 仏に逢うては仏を殺し、父母に逢うては父母を...。作中で細かく描写、解説される金閣の美と同じように、この小説もまた、細部まで意匠を凝らした緻密な構築物なのです。

 主観世界と客観、認識と行動。これら二つのバランスの破綻が、作品の底にある構造であり、三島の人生を貫くトーンでもあったのだと、改めて思いました。

 

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 金閣寺放火事件があったのは1950年7月2日。金閣寺は中に収められていた文化財ともども焼失しました。犯人は寺の若い僧で、三島の小説は事件をベースにしています。

 現実の放火犯は、犯行直後に自殺を試みました。一方で、小説「金閣寺」はこんなふうに終わります。

 

 別のポケットの煙草が手に触れた。一仕事を終えて一服している人がよくそう思うように、生きようと私は思った。

 

 新しく起きる出来事はことごとく、過去にもっと純粋な形で起きたことの繰り返しではないか...という「既視感」は、三島が好んで使ったレトリックの一つです。

 これに習うなら、自衛隊本部への乱入自死に至る直前まで、行動を準備した三島の精神には、高揚だけでなく、無力感が交錯する「既視感」があったかもしれません。形は違っても、重大な行為を前にした同じ心のありようを、三島はかつて「金閣寺」という作品の終わりに克明に描いていたのです。

 ただし、「金閣寺」の時点の三島はまだ、作中の<私>を死なせないことで以後の自分の在り方を未来に託すことができたのだけれど。