ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

楽しく諧謔に満ちたお話はいかが? 〜「お伽草子」太宰治

 日本の昔話、説話に材を取った「お伽草子」(太宰治、新潮文庫)が書かれたのは、昭和20(1945)年3月から7月にかけて、米軍による空襲が激しくなった時期です。太宰も疎開先の家を焼夷弾に焼かれ、書き上げたばかりの原稿を抱えて炎から逃げたりしました。まさに日本は焦土。

 終戦から間もない同年10月に出版。収められたのは「瘤取り」「浦島さん」「カチカチ山」「舌切り雀」の4篇で、「前書き」には防空壕の中で5歳の女の子に昔話を読み聞かせながら、胸中に別の物語が生まれてきたのがこの作品だと書かれています。

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 戦火にさらされて多くの人が命を失う中、太宰の創造力が向かったのは日本の民間説話だったことが何とも興味深い。極限の状況下だからこそ、現実の対局にある荒唐無稽な世界に入り、そこから人の真実を導き出そうとします。

 当時は厳しい言論統制下で、国策に反する言論や行動は厳しく監視されていました。ロシアの現在を彷彿とさせます。作家たちはさまざまな生き方、作品を模索しましたが、軍国主義に同調したかどうかが戦後の彼らの運命を左右したのは、よく知られているところです。

 それはそれ、として...

 「お伽草子」は難しい顔をせず、だれもがよく知っている昔話の現代的な翻案を楽しめばいいと思います。太宰流の気の利いたユーモア、諧謔に溢れています。

 乙姫様はどうして、浦島太郎にお土産として玉手箱(作中では閉じた貝殻)を持たせたのか。ギリシャ神話の「パンドラの箱」を引き合いに出した太宰流の解釈に、思わす微苦笑しました。

 そしてやはり、ロシアの軍事侵攻によるウクライナの惨劇が続く今だから、戦禍の下でこの作品を書き継いだ太宰の精神の在り様に興味を持つのですが、そんな個人的な深読みについては書かないほうがいいでしょう。

 

 古典や説話を現代的に換骨奪胎した作品で、わたしがもう一つ思い浮かぶのは三島由紀夫の「近代能楽集」です。太宰は、三島が嫌った(あるいは軽蔑さえした)作家ですが、両方の作品を読むと二人の違いがよく見えて、これもなかなか面白いと思います。

 

 ウクライナの悲劇が、1日も早く終わりますように。

                 

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