ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

春の譜

 久しぶりに会う約束をした友人から、待ち合わせ場所に着く直前にメッセージが入りました。

 「病院にいる。すまん」

 彼はある病気と長く付き合いながら仕事を続けています。事情をよく知っているから、怒る気になれないし、必要以上に心配もしません。ときどき悪化して激しい痛みに襲われる。しかし、そのまま命に直結する病気ではない。

 悪化すると処方されている鎮痛剤では効きめがなく、病院のベッドで点滴の鎮痛剤を入れて、ひたすら耐えるしかないようです。キャンセルが遅れたのは、直前までなんとか約束を守れないかと考えていたのでしょう。

 想像してわたしの心も痛むけれど、元気になったときにまた会えばいい。そんなふうにして、ずいぶん付き合ってきました。

 必要に迫られないのに長く続く繋がりというのは、どこかで一つ、ピースがはまっているのだと思います。男と男、男と女、女と女など性別に関係はありません。

 気が遠くなるほど数の多いジグソーパズルを、二つに分けて、二人の人間の形になるとします。二人を一つの絵に組み合わせようとしても、たった1対のピースさえ、なかなか合いません。

 たとえ、老いるまで連れ添った夫婦でも、実はピースが全くはまらない場合があるのではないでしょうか。結婚や家という枠組みと、生きる知恵でこれを乗り越えてきたわけですが、若い世代にはもう通用しないようですね。

 そして、たった1対でも互いにぴったりはまるピースがあれば、リアルでは簡単に切れない関係になります。ときには、腐れ縁と呼ばれるような。もし別れがあれば、かなりきつい。

 実は、そんな人と出会うことは滅多にないのだと、気づいて驚くのは、人生も後半か終盤に入ったころでしょう。

 

 メッセージが届いて、わたしはぽっかりと昼以降の予定が空いてしまいました。さてどうしょう。

 駅前の大型書店とBook.offをはしごして(=いつものコース)、堂場瞬一さんの新聞記者を主人公にした古本の小説を、上下各220円で買いました。ランチは中華の店で、昼飲みと山椒の効いた麻婆豆腐に。

 

 

 食後はスタバに移動。なんとかいう、なんだっけ、商品名を忘れた冷たい抹茶の飲み物を紙ストローで味わいながら、古本の<スタバ読書>でゆったり酔いを覚ましました。

 店内から外を見れば、3月から心待ちにしていたサクラはすでに葉桜。今はゴールデンウィークに入ろうとしています。今年のサクラは例年の2週間遅れでした。

 満開のころ、毎年行く川辺の桜スポットを訪れました。雨の平日、人が少なかった。こんなサクラの道を歩くと、思い出す句があります。

 
 歌書よりも軍書にかなし吉野山  支考
 
 奈良の吉野はサクラの名所。歴史的には、義経と静御前が涙で別れた地です。また古来、政争に敗れた幾多の男たちが京から逃れたのが、吉野でした。
 支考はそんな吉野を、『かなし』と詠んだ。サクラといえばだれもが愛でる裏の、意表を突く17文字にしたのです。
 しかし季語がなく、知と才に走り過ぎた句とされ、支考は高弟であっても師匠の芭蕉を超えられませんでした。繊細で頭の切れる、江戸の文人だったんだろうな。まことに、表現の世界とは難しいものだと思います。
 わたしもいつか、軍書にかなしい吉野のサクラを見たいけれど、現実は毎年、花見客で大混雑のよう。友人からは翌日、かなりよくなったとメッセージがありました。