ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

謎解きがたどり着く静かな光 〜「ノースライト」横山秀夫

 解けそうもないさまざまな謎の断片が、終盤になって一気に像を結び、幾つもの魂のうめきが聴こえてきます。別れた夫婦、父と子、友。作中で語られる人間関係はどれも軋みを発し、現在と過去の3人の死がストーリーを動かします。

 だからと言って「ノースライト」(横山秀夫、新潮文庫)は、手に汗握る派手なミステリーではありません。極悪人もいなければ、残酷な犯罪もない。どちらかといえば静かに読ませる、大人の小説です。

 

 以下は、文庫本の裏表紙から一部を。

 北からの光線が差し込む信濃追分のY邸。建築士・青野稔の最高傑作である。通じぬ電話に不審を抱き、この邸宅を訪れた青野は衝撃を受けた。引き渡し以降、ただの一度も住まれた形跡がないのだ。消息を絶った施主吉野の痕跡を追ううちに...

 無人の邸宅に、一つだけ持ち込まれてあったのは古い一脚の椅子。そこから戦前に日本に亡命したドイツ人建築家ブルーノ・タウトの存在が浮かび上がって、施主が消息を絶った謎に絡んでくるのです。

 これ以上具体的に紹介するのは、ちょっとまずいかな。

 中盤まではページをめくるのももどかしく先を急ぐというより、筆力に乗せられて、淡々と読まされた感じ。建築という空間造形の魅力、深さもたっぷり語られていて、本筋とは別に楽しめました。

 横山さんは「クライマーズ・ハイ」「64」の印象が強く、読者をテンポのいい展開力で引き込んでくるイメージがあったので、最初はちょっと意外な感がありました。しかし考えてみれば、タイトルが「ノースライト」。南からの直射日光でなく、北窓から降り注ぐ白い間接光なのです。

 ラストに主人公に射す光(救い)も、ノースライトのイメージです。静かな光がわたしにもふと見えたように思ったのは、書き手の力量ですね。

                

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