「白雪姫」をはじめ、童話や昔話の原典をたどると実は残酷な話が多い....というのは、けっこう知られていると思います。
では、残酷な童話を現代小説として創作すればこうなるのではないか。

安部公房の「砂の女」(新潮文庫)を読んで、最初に思ったのがそれでした。ただし、母が娘の美しさを妬んで殺そうとするとか、内臓を食ってしまいたいとか、グリムのような素朴な残酷は出てきません。
広大な砂浜の寒村。都会から昆虫採集にきた平凡な教師の男が、足元の砂が崩れるように、深い穴の底の異世界に閉じ込められます。そこに暮らす一人の女。
残酷とは、簡略化すればわたしたちの常識から外れた行為、もしくは出来事です。そして童話の原典は直裁に、虚飾を剥いで真実を提示する残酷物語です。
この小説に殺人は出てこないけれど、語られるのは常識を否定した出来事の連続と常識の闘い。その過程が、健全な社会常識の中で生きているわたしたちの在り方を、想像もしなかった光で照らし出します。
ベケットやイヨネスコ、カミュなど、第二次大戦後に『不条理』という言葉で括られた一連の、そしてとても魅力的な作家たちを思い出さずにはいられません。極めて個人的な連想ですけど。
「砂の女」は昭和37(1962)年に刊行され、20数国語に翻訳されました。当時は日本より、海外での評価が高かったのかもしれません。
三島由紀夫がノーベル賞候補として取り沙汰されていたのは周知の事実ですが、三島以上に「ノーベル賞に近い作家」と評されていたのが安部公房でした。
ちなみに安部は、1925年生まれの三島より1学年上の東大医学部卒。没年は1993年なので、自死した三島よりずいぶん長生きし(といっても68歳没です)、小説や演劇の世界で多くの作品を残しました。
蛇足ながら、彼が人生の途中から死ぬまで愛したのが、ずいぶん年下の女優・山口果林。大学の教え子で自分の劇団にあこがれる女の子と、妻がありながらできちゃったわけです。まもなく山口は、NHK朝の連ドラのヒロインに抜擢されます。
清純が売りの若いヒロインが、まさか安部公房の、しかもお腹には...とは、だれもつゆ知らず。安部との出会い、がん告知と突然の末期まで、「安部公房とわたし」(山口果林、講談社)に詳しい。



