ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

名作の続編 壮大な叙事詩再び 〜「2010年宇宙の旅」アーサー・C・クラーク

 SF史上の名作の一つに、1968年公開の「2001年宇宙の旅」があります。映画(スタンリー・キューブリック脚本・監督)が公開され、同年少し遅れて小説(アーサー・C・クラーク)が刊行されました。

 同名の映画と小説がある場合、最初に原作の小説があるか、または映画の後にノベライズで小説を出すか、そのどちらかです。しかし「2001年宇宙の旅」は、同時進行でした。アーサー・C・クラークが映画の原案に関わりなから、小説も書き進めたことを本人が述べています。

 わたしは映画の方しか観ていないのですが、道具の使用を学んで進化を始めた人類の起源から幕が開き、21世紀になって宇宙船で木星へ向かうという壮大なスケールに圧倒された記憶があります。ご存知の方にはお馴染みですが、作品の重大なキーになる2つの存在。

 月と木星付近で発見された謎の物体・モノリス。

 そして人工知能コンピユータのHAL(ハル)でした。

 宇宙船を制御するHALが反乱を起こし、木星へ達するまでに乗組員は次々に死亡。最後に残った船長が、HAL内部のモジュールを抜いて瀬戸際で無力化します。しかし船長も、船外機でモノリスに向かったまま謎の言葉を残して還らず、宇宙船は木星の周回軌道を回り続ける廃棄船になりました。

 続編の小説「2010年宇宙の旅」(早川書房)は、9年前に何が起きたのかを調べるため、再び木星へと旅立つ物語です。刊行は1982年。

(血管のような模様があるのは、木製の衛星エウロパ。表面は大部分が厚い氷で覆われ、下層に大量の水が存在すると考えられています。Photograph by NASA)

 各作品が世に出たのは20世紀後半。作品の舞台になった2001年、2010年とも、宇宙開発に関する限りアーサー・C・クラークが思い描いたテクノロジーには到達しませんでした。ようやく今、現実味を帯びているのがHAL。話題のチャットGTPを試したとき、これに音声認識をドッキングすれば幼児レベルのHALになるなーと思いました。

 テクノロジーは軌道に乗ると、生物学的進化など比較にならないスピードで進化します。世界中の図書館に蓄積された人類の知の総和から、最先端の論文まで自在に活用し、各種センサーで現状を分析、創造プログラムを通して、人間に対して適切な提言から喜怒哀楽まで表現できるようになるのは、そう遠い未来ではないでしょう。

 そのとき人工知能に固有の「意志」が生まれることはありえないのか?。そもそも人間の意思、心は、どんな仕組みで形成されるのか。わたしは門外漢ですが、脳科学の最先端はどこまで解明できているのでしょう?。詳しい方、ご教授ください。

 あれ、話が脱線しました。

 続編では、放棄船にドッキングしてクルーが乗り移り、HALに電源を通して修復を図ります。一方で、木星付近にあって微動だにしなかったモノリスに、驚くべき変容が。付近からの急ぎの脱出と地球への帰還のために、クルーたちは再びHALに命を預けるしかなくなるのです。

 それにしても、刻々と変化する木星の表面や、エウロパなどの衛星群、さらに銀河の果てから果てまでを駆け巡る<意識体>の描写は、まるで天地創造の叙事詩を読んでいるよう。写真をはじめ様々な天文学のデータを基に、想像力を駆使した結果だと思いますが、迫力がありました。

 

 ...冬の夜空を見上げると、星座が輝いています。その星たちがみんな、現在ではなく遠い過去の姿だということはご存知の通りです。これは光が進むスピードに限りがあるせい。

 オリオン座を構成する星々を例にすると、地球に近い星で300年、遠い星は1000年以上前の、日本なら平安時代の姿が今ようやく地球に届いているのです。地上を見渡せば現在そのものなのに、満天の星は一つひとつ時代の違う遠い過去の現実で、なんだかタイムマシンの万華鏡をのぞいているような「不思議」です。

 ついでながら、調べてみるとリアルタイムを見ているつもりの太陽、実は8分19秒前、月は1.3秒前の姿なのだそうです。

 宇宙を舞台にしたSFの面白さは、そんな<不思議な事実>の世界に、空想を壮大に解き放つところにあると思います。地上に縛り付けられて、日々四苦八苦している日常を、しばし忘れたい。と思うのはわたしだけでしょうか?。

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 どうしてこの本を?....なのです。実は年末に向けて、処分する本をまとめ始めました。候補の1冊として手に取ったのですが、ページをめくったら止まらなくなり再読してしまったのです。なんと内容がほぼ記憶から欠落していて!!、おかげで新鮮で面白くも、自分の脳の現状が物悲しく。

 読み終えて、とりあえず今回は処分本から除外しました。