満天の夜空を見上げれば、だれしも感嘆します。星に見える輝きの多くは、実は無数の星が集まった星雲であり、光がようやく地球に届いた遠い過去の姿をわたしたちは今見ている。そして宇宙全体が膨張を続けていると聞かされれば、なんとも不思議な気持ちに襲われます。
「ソラリス」(スタニスワフ・レム、ハヤカワ文庫)は、とある惑星を舞台にしたSF史上に残る名作。未知の知性とのコンタクトを通して、人間が持つ感性や価値観の限界を語り、わたしたちを不思議な世界に連れていってくれます。
ソラリスは二つの太陽が空を巡り、酸素のない大気があり、どろどろと粘性を持った広大な海が広がっています。そこでは奇妙な自然現象が繰り返され、知的生命体の痕跡があちこちに現れます。この惑星を発見して以来、人類は探検隊や研究者を送り込み、中空にステーションを建設して探求を続けてきました。
ある日、ステーションのスタッフたちに<異変>が起きます。ソラリスに存在する知性とのコンタクトの始まりでした。
どんな<異変>なのかは伏せますが、それが恐怖なのか、安らぎなのかは、当事者の(あるいは読者の)心次第でしょう。物語は人が死ぬ、あるいは人が人を殺そうとする謎解きのミステリーでありながら、純真な恋愛小説の一面も持ちます。
一つだけ種明かしをしておけば、ソラリスに存在する知性とは海そのもの。この惑星には生命が1個体だけ存在し、それは惑星を包む広大な海だったのです。
未知の知性からの働きかけに対して、わたしたちは「好意」や「敵意」などを読み取ろうとします。しかし「好意」や「敵意」という考え自体が、人間の側の概念に過ぎません。コンタクトが人間の想像を超えた形で始まったとしたら、そもそも<異変>をコンタクトとして認識できるのか。
人間の想像力は常に自分を出発点にしますから、過去の地球外生命体のイメージの多くは「宇宙<人>」であり、ヒトの身体的特徴に誇張や省略を加えて創作されてきました。彼らとの会話もまた、人と人、あるいは人と怪獣など、イメージできる生物間のコンタクトをベースに創作されてきました。
ところが知的生命体として<海>を設定したことで、物語は特異な広がりを獲得し、人間中心主義の限界と虚しさも浮き彫りになります。これぞSFの醍醐味ですね。
秋の夜長、たっぷり楽しませてもらいました。でも、細部の精細な描写や哲学的な記述も多いので「少年少女がすらすら読める小説」ではないのでご注意を。