町の片隅にある一軒の小さな古書店「夏木書店」。
床から天井に届く書架を、世界の名作文学や哲学書がぎっしり埋めています。売れ筋の人気本や雑誌などは一切置かずに、「これで経営が成り立つのか」という店です。細々と店を営んできた祖父が急死しました。
残されたのは孫の高校生・林太郎。両親は離婚し、母が若くして他界したため、小学生の頃から祖父に引き取られて2人で暮らしてきました。
「本を守ろうとする猫の話」(夏川草介、小学館文庫)は、そんな冒頭から物語が始まります。
林太郎に遺されたのは、負債ではないけれど、遺産とも言えない小さな古書店でした。祖父が林太郎に遺したのはもう一つ、本を愛する心です。こう言って。
「時代を超えてきた古い書物には、それだけ大きな力がある。力のあるたくさんの物語を読めば、お前はたくさんの心強い友人を得ることになる」
一人になって高校もサボっていたある日、本に囲まれた店の奥の壁が消えて異次元への入り口が現れ、そこから1匹の猫が語りかけてきます。
林太郎が第一の迷宮から最後の迷宮まで、4つの迷宮を巡るファンタジーが本編の構成。現代社会における本(物語)の受難と社会風刺があり、同級生の女子高生との淡い恋愛が織り込まれています。
かなり擦れた(意地の悪い)読者であるわたしはこの小説、青春ファンタジー物としては<弱い>と思いました。はらはら、どきどき感は薄く、ストーリーの奥行きにも欠けます。ただ、そうした欠点を補っているのは、著者である夏川さんの文学への愛情です。
ドストエフスキー、ニーチェを始めとした名作がさまざまに出てきて、作者の思い入れが漂ってくるのです。後書きによれば、古書店の本の並びの著者名にまで意味を持たせて書いたとか。
夏川さんは、ベストセラー「神様のカルテ」の作者であり、長野で地域医療に尽くす現役の内科医。そういえば「神様のカルテ」の主人公は、「漱石読み」の一風変わった医師でした。
この1冊、殺伐とした世の中を忘れてファンタジーに遊ぶ...というより、本(物語)の癒しについて思いを馳せ、静かに元気を養うには最適かもしれません。