ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

おじいちゃんに大人気 その秘密は? 〜「ささやく河」藤沢周平

 知人に、図書館司書の女性・Sさんがいます。

 「藤沢周平とか60代後半以降のおじいちゃんたちに、すごい人気なんだよねー。時代小説って、なんであんなに借りいくんだろ」

 と首をかしげるのです。なんとなく理由を説明できる気もするのですが、短く端的な言葉が浮かびません。そこで「Sさんは読んだことある?」と問い返しました。

 「うーん」....

 言葉にならなかった部分を推測すれば「読んでない。っていうか、ぜんぜん読みたいと思わない。だからあの人気が不思議」。けれど仕事柄、おじいちゃんたちの人気の秘密は理解しておきたい、というところでしょうか。

 読み終えたばかりの「ささやく河」(藤沢周平、新潮文庫)の奥付を見てみました。昭和63年9月25日発行、平成31年4月20日 74刷!。確かにすごい。これなら図書館でも引っ張りだこなのは頷けます。

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 かくいうわたしも、60代後半には少し猶予がありますが、正月明けに彫師伊之助捕物覚えシリーズの1作目「消えた女」を読み、本日シリーズ3作目の「ささやく河」に到達した次第であります。(なんだか文章が古臭くなってきたw)

 島帰り、現代風に言い換えればムショ帰りの男が刺し殺され、そこから25年前の強盗殺人事件が浮かび上がってくるハードボイルド・ミステリー。真相にたどり着いてみれば、あまりに哀しい一人の男の人生と心が....。

 要約すればこんな具合ですが、舞台は現代の東京ではなくお江戸。市井の人びとの生活や江戸の風情を描き出し、心地よくタイムスリップさせてくれます。ただ謎解きが面白いではなく、時代の空気感をしっとり伝えてくるところがいい。

 こういう日本人の(男の?)DNAに刻まれた、遠い無意識の記憶に触れてくるところが、おじいちゃんたちを虜にするのだと思います。

 ところで、司書のSさんには一つ、気がかりなことがあります。

 「そんな常連のおじいちゃんたち、ぽつりぽつりと、何年かすると姿を見せなくなるんだよね。元気なのかなあ、とうとう寝たきりになったのかなあ」。それとも.....

 もちろん、別のおじいちゃんが藤沢周平を借り始めるので、藤沢人気に陰りはないようです。なんだか他人事でないなあ。

                   

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