ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

道化と仮面 それぞれの生と死 〜「人間失格」「仮面の告白」

プロローグ(...わたしの中の空想図・交友関係) 親しくなりたいと思わない。しばしば目を背けたくなる。けれど、なぜか何度も一緒に酒を飲んでしまう。ダザイ・オサム君はそんな小説家でした。わたしが若いころの話です。 青森の裕福な旧家に生まれたダザイ…

太宰治と三島由紀夫 〜作家つれづれ・その7

少し前から、書店に行くと気になっていたのが、角川文庫の近代文学に使われているカバーです。こんな具合。 みなさま、自分のイメージとどれくらいマッチするでしょうか? 文豪ストレイドックスコラボカバーをさらに見る うーん、個人的に太宰はじめみんな垢…

おもちさんとユニクロの細いズボン 〜「にぎやかな落日」朝倉かすみ

朝から気持ちのいい秋晴れ。外に見える木々が陽射しを浴びて輝き、紅葉と冬に向かって急ぎ始めた気配が伝わってきます。部屋の窓際にあるキンモクセイは、例年より1週間ほど遅く満開になり、目覚めの深煎りコーヒーと香りが混ざり合いました。 「にぎやかな…

アナログ人間、カメラの進歩に脱帽する

秋晴れに誘われ、天空の城の一つ福井県大野市の越前大野城まで、往復400キロ車を飛ばしました。 スマホさえあれば途中の情報収集に困らず、財布代わりになり、撮影もできて、なんともすごい時代になったものだと今さらながら感心します。 昔、わたしが新聞記…

老人はライオンの夢を見ていた 〜「老人と海」E・ヘミングウェイ

世に中にはおびただしい本があって、どんな小説が好きかは人によって異なります。わたしが「この作品は素晴らしい」と思っても、ついさっきショッピングモールですれ違ったたくさんの人たちは、みんな自分だけのお気に入りを持っています。 若い女性ならハッ…

時空を旅して帰り着く 〜「日本の歴史」小学館

秋。ほんの半月ほど前の9月17日、義父の四十九日の法要と納骨のときは、まだ真夏の陽射しに焼かれる墓地で、汗を流して読経を聞いたのに、秋分を過ぎたころから一気に秋らしくなりました。異常気象の夏もようやく過ぎ去ったよう。 朝の陽射しの暖かさを、あ…

「旅と郷愁の風景」を見る 〜川瀬巴水展・石川県立美術館

車のアクセル踏んで小さな旅をして、金沢駅近くのホテルに投宿。深夜まで、腐れ縁の友と飲み、ホテルで目が覚めたら小雨模様でした。 チェックアウトを済ませ、加賀百万石の名園・兼六園に隣接する歴史文化施設エリアへ。駐車場に入れたころちょうど雨が上が…

新米届く 〜なんでも旬は美味しい

精米したばかりの新米が、どんと届きました。亡き母の実家は農家。とっくに80歳を越えた叔父が、毎年軽トラを運転して届けてくれます。玄米から表面を削り取った白米はまだ精米時の熱がこもっていて、袋の口を開けて冷ましました。 わたしのウオーキングルー…

激辛でも濃厚でもなく 静かに沁みる 〜「灯台からの響き」宮本輝

読んでいるうちに、何かをしたくなる本があります。そわそわと、椅子から立ち上がりそうになってしまい。「灯台からの響き」(宮本輝、集英社文庫)も、そんな1冊でした。 父の味を守ってきた中華そば屋の62歳の男が、黙々と仕込みをするシーンを読むうち、…

長谷川等伯ではなく浮世絵を見る 〜石川県立七尾美術館

富山県氷見市から日本海に面した山中の高速道路を走り、能登半島の中ほどに位置する石川県七尾市へ向かいました。8月末だというのに、車の温度計は35度。 歴史的に七尾市は海運で栄え、戦国期には背後に迫る半島の丘陵に室町幕府の有力大名で管領・畠山一族…

庶民の悲哀を軽く見るなよ! 〜「五郎治殿御始末」浅田次郎など

小学館の日本の歴史で、いま明治前期を描いた「文明国を目指して」(牧原憲夫)を読んでいます。ふと思い出したのが、浅田次郎さんの「遠い砲音(つつおと)」という短編でした。 明治維新といえば、身分制度の撤廃、教育義務化、赤煉瓦の建築、ガス灯など前…

死ぬこと生きること 〜「天地」チンギス紀17、北方謙三

8月初めに義父が逝って、喪主を務めました。93歳。若いころから交友関係が広かった人で、通夜と葬儀に100人を超える参列をいただき、息を引き取るまでの義父の人生について簡潔に話すことで、お礼のあいさつとしました。 わたしは11年前に実父をがんで失って…

我、語りを極めんとす 〜「仏果を得ず」三浦しをん

「仏果を得ず」(三浦しをん、双葉社)は日本の伝統芸能・文楽の世界で、芸に命をかける青年の物語です。といっても、カタイ話ばかりではありません。なにしろこの青年、知人が経営するラブホテルの一室を格安で借り切って、アパート代わりにしているくらい…

酷暑の夏

酷暑、です。今年はひときわ。ふう。 わたしが暮らす地でも、7月下旬から連日35度超え。基本的に、気温は照り返しのない草地の高さ1・5メートルの日陰で観測しますから、太陽に晒された場所は軽く40度を超えているはずです。どうなるんだろうか、この地球は…

鉄砲伝来が変えたもの 〜小学館「日本の歴史」

5月下旬から2カ月近く、小学館が2007年から2009年にかけて刊行した「日本の歴史」を読み継いでいます。全16巻(+別巻1)のうち、今日は第10巻「徳川の国家デザイン」(水本邦彦)を読了しました。 旧石器から古墳時代を扱った第1巻「列島創世記」(松木武彦…

きょう買った本と食べた蕎麦 〜池波正太郎のことなど

日曜日。モーニングコーヒーを飲みながら、facebookを眺めていると、や!。 地元の古本屋さんが、富山県南砺市井波の古刹・瑞泉寺門前にテントで出店しま〜すと、ポストしていました。朝から日差しが強いけど、行ってくるか。こういう機会に出会える本という…

小さな美術館とわたしの絵

先週末から、6速マニュアルのわが脚..ではなく車を駆って、長野県の安曇野を巡ってきました。個人的な用件があっての1泊2日でしたが、2日目はフリーだったので、久しぶりにツーリングを楽しみました。 長野はもちろん、日本各地で35度を超える猛暑の中。目指…

武士たちの「倍返し」経済小説? 〜「大名倒産」浅田次郎

積りに積もったわが家の借金が、2500万円になったらどうしよう。利子の支払いだけで毎年300万円。これに対して、どんなに頑張っても収入は年100万円前後。うわあ〜です。いや、もう叫ぶ気力も残されていないか。 もし企業なら、とうの昔に倒産しているはず。…

人は虚しく、哀しい 〜「グレート・ギャツビー」フィツジェラルド

喧騒と過剰。 アメリカ文学を代表する作家の一人、F・スコット・フィツジェラルドの「グレート・ギャツビー」(野崎孝訳、新潮文庫)の印象を簡素に表すと、わたしは冒頭の言葉が浮かびます。第一次世界大戦が終わり、アメリカが経済的な繁栄を謳歌する1920…

月下孤灼 〜わたしと酒の話

朧げな記憶をたどれば、それは地元の神社の秋祭りの日。宴席でした。親戚一同が集まって酒を酌み交わしている。父も母も、伯父や叔母たちも若くて働き盛りでした。昭和30年代が終わろうとするころ、高度経済成長期にある日本の片田舎のとある家、座敷に華や…

雨の7月1日 

1年の半分が終わり、折り返した7月最初の今日は朝から雨でした。気持ちよく晴れた日が好ましいのは当然だけれど、この時期の雨は緑を濃くしてくれる。庭の木々や芝が、夏に向けて勢いを増すのが目に見えます。 雑草も一緒に元気になるのは困ったものですが、…

もがいたって、出口はない 〜「椅子」ウジェーヌ・イヨネスコ

わたしは本を処分するのが極めて苦手です。何年かに一度、意を決して2、300冊程度は廃品回収に出すのですが、生まれる空き空間は微々たるもので、たちまち新たな本で溢れてしまいます。 狭い部屋でまともな身動きもままならず、気を許せば積み上げた本がいつ…

言葉は時代を映す 〜「消えたことば辞典」(三省堂)

国語辞典の編纂、編集とはどんな仕事で、いかなる人たちが携っているのか。もし職業別人口分布の詳細統計があったなら(あるかもしれませんが調べていませんw)、国語辞典編集者は0%=誤差の範囲内=になってしまいそうな、マイナーな存在。そんな稀少生物の…

千年をタイムスリップした 〜「紫式部日記」の1シーンから

2008(平成20)年、アメリカに端を発した金融危機・リーマンショックの荒波が世界に広がり、日本も不景気に喘いでいました。11月1日(土曜日)は全国的に曇り空で肌寒く、北日本の一部では雷雨。季節は冬に向かっていました。 ネットのスケジュール管理を調…

時空を散策する楽しさ、退屈さ 〜「全集 日本の歴史」16巻+別巻1

日本の通史を学び直したい...という気持ちが以前からあって、しかし、なかなか手をつける勇気が出ませんでした。 いつだったか百田尚樹さんの「日本国紀」(幻冬舎文庫、上下巻)をこのブログで紹介しました。これは一人の小説家の視点による通史です。主観…

日日是好日を目指して

久しぶりの雨。ぱらぱらと、止むことなく雨音が耳に入ってきます。緑が一気に鮮やかさを増し、紫陽花の季節がやってきました。 また季節はめぐりきて うすむらさきのほほえみはよみがえる ...と始まる、失恋の詩(金井直「あじさい」)があります。高校生の…

三島由紀夫ではなくバラ 〜しかも売れ残り処分品の

バラ、薔薇。華やかな花の代表格でしょうか。結婚式場だけでなく、小説、詩などさまざまな文学作品にも登場します。 「薔薇刑」という三島由紀夫の裸体を被写体にした、細江英公の写真集もありました。鍛え抜かれた男の筋肉。カメラを睨む三島の眼。 三島の…

ぼくらは冷酷に生き抜く 〜「悪童日記」アゴタ・クリストフ

読み始めるとまず、感情を排した簡潔な記述に引き込まれます。フランス語からの翻訳で読むわけですが、原文が持つ雰囲気と存在感が(おそらく)ストレートに伝わります。目の前の現実を映し出すことに徹し、感情の揺らぎによる曖昧さや、形容詞で飾ることを…

自分探しのベースキャンプ 〜「『日本』とは何か 日本の歴史00」網野善彦 講談社

自分を探す18歳 みんなが自分を探す81歳 以前、SNSで見つけて思わす破顔した標語(?)です。80を過ぎてしっかりした高齢者はたくさんいらっしゃいますから、けしからん!と言えばその通りなのですが、18歳より81歳によほど近い自分としては、もう少し長生き…

娑婆に戻る

ふう...娑婆に戻れる。 娑婆(しゃば)と書いて、もしかすると若い人は首を傾げるのでは...。ふと不安になりました。もともとは「この世」を指す仏教用語ですが、昔のやくざ映画では刑務所から出所したときの、お決まりの台詞によく使われていました。 娑婆…