ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

2020-01-01から1年間の記事一覧

目の前の路地をきれいに お絵かきの目標

うまくいかない。というか、難しい。 こつこつやっている、お絵かきのことです。F6号という小さなキャンバスに静物画を描こうと構図を決め、事前の試し描き(エスキース)として、構図の一部にある2個のイチジクをスケッチブックにデッサンしました。 なにせ…

生きて在る それだけで美しい 〜「百万回の永訣 がん再発日記」柳原和子

死を語るとは、いのちを語ること。 かつて医師や看護師、患者のみなさんから聞いた多くの言葉、その核心を要約すればこのようになります。長く取材者としてキャリアをつないできたわたしは、二度、がんと終末期医療をテーマにしました。 最初は1980年代終盤…

本のこと、そしてお絵かき

本を併読する人は、どれくらいいらっしゃるのでしょうか。わたしは、どちらかといえば併読派です。数日のうちに読み上げてしまう本と、1カ月から、場合によっては数カ月かけてのんびり読む一冊が同時進行。いま、のんびり読書は「現代語訳 日本書紀」(福永…

くーのこと

くーは、16歳2カ月のオスのラブラドール・レトリバーです。もちろんわたしではなく、うちの『くー』。人間でいえば、とうに100歳を超えています。大型犬は小型犬に比べて短命なので、6頭いた兄妹犬で、今も生きているのはくーだけになりました。 そして今年…

夢幻の如くなり 〜「戦の国」冲方丁

織田信長、上杉謙信、明智光秀、大谷吉継、小早川秀秋、豊臣秀頼。戦国時代を生きた6人の武将の生き様の、1断面を切り取った連作短編集が「戦の国」(冲方丁、講談社文庫)です。 冒頭に置かれた「覇舞踊(はぶよう)」は、信長を描いた作品。1560年、桶狭間…

伝えたい言葉となって舞い散ろう 〜「岸辺に」池田瑛子

戦争、災害、犯罪被害。いかにその悲しみに寄り添うか、見知らぬ人びとの痛みを、自分の痛みとして分かち合えるか。 そうした悲しみや痛みは、自ら求めることなく否応なく外からなだれ込んでくるものでしょう。なだれ込んできたものに心を埋め尽くされた人が…

異常が<日常>になった世界

気温35度を越える猛暑は当たり前で、40度に迫る日も珍しくありません。打ち水?。そんな風流を楽しんでいたら命の危機です。外出にマスクは必需品で、しんどいなあ。そんな8月も下旬に入り、「暑さもあとしばらく」と安心できないのが近年の気候変動です。 …

謎に迫る ミステリーのような面白さ 〜「日本語の成立」大野晋

こんな想像を巡らせたことはありませんか。もし自分が卑弥呼の時代にタイムスリップしたら、どれくらい会話が通じるのだろう?。あるいは、縄文時代のある集落にだったら。そこではどんな日本語<ヤマトコトバ>が話されていて、例えば英語なんかよりはスム…

「1本!」赤か白か 本は楽しい 〜「武士道セブンティーン」&「エイティーン」誉田哲也

前稿で、大岡信さんの「詩の日本語」について難渋しながら読了と書きましたが、併読していたのが「武士道セブンティーン」「武士道エイティーン」(誉田哲也、文藝春秋)の2冊です。 シリーズ1作目の「武士道シックスティーン」が面白かったので、ヤフオクで…

日本人の心の歴史 〜「詩の日本語」大岡信

「日本語の世界11 詩の日本語」(大岡信、中央公論社・昭和55年)は、奈良時代の万葉集から明治の正岡子規まで、詩に使われた日本語を通して、日本人の美意識の変遷を浮き彫りにする試みです。 さすがに速読は無理で、2週間ほどかけて読了に漕ぎ着けました。…

お盆 あの世とこの世の通路について 〜雑文

うだる猛暑日から一転、今日は天気がぐずつきました。本の文字が読み辛くなり、ふと気づけば明かりが必要なたそがれどき。「あれ、もう...」と思ったのは、曇り空に加え、お盆が近づいて日没時間が早まっているからでしょう。 雨上がりに一斉に鳴き始めたセ…

斬るか斬られるか ん、女子高生が? 〜「武士道シックスティーン」誉田哲也

ただ相手を斬ることしか、今は考えていません。勝ち負け、でもなく、ただ斬るか、斬られるか....それが剣の道だと思っています。 これ、16歳の女子高生が剣道部顧問の先生に吐くセリフです。彼女がボロボロになるまで読み続けているのが新免武蔵(別名という…

29歳で逝った棋士 病と闘い、天才・羽生と競い 〜「聖(さとし)の青春」大崎善生

小説・つまりフィクションは、事実を超えることができないーと感じるのは、「聖の青春」(大崎善生、角川文庫 第13回新潮学芸賞受賞)のような作品を読んだときです。幼いころから重い腎臓病を宿命として背負いながら、棋士という厳しい勝負の世界に生き、最…

わがまま人間のコンサート嫌い

わたしは音楽が嫌いでありません。在宅の仕事なのでバックによく音量を絞り気味にしてクラシックやジャズを鳴らしますし、時には夜一人で、飲みながらお気に入りのCDに耳を傾けます。 しかし、困ったことにコンサートというやつがどうも苦手なのです。もっと…

パンデミック 希望と絶望とは 〜「首都感染」高嶋哲夫

中国で出現した新型インフルエンザウイルスが、パンデミックに至って世界中に感染が拡大。日本はどのようにして、何に生き残りをかけるのかー。「首都感染」(高嶋哲夫、講談社文庫)は2010年に発表された、新型コロナを予言したかのようなクライシス=危機…

花火はなくても 天の川はある 〜「おくのほそ道」松尾芭蕉

必要に迫られ、芭蕉の「おくのほそ道」を再読しました。再読と言っても、前に読んだのがおよそ40年前となれば、ぼぼ初読のようなものです。部屋の古典を集めた一角から引っ張り出してきたのは、昭和53年3月15日発行の講談社文庫(板坂元・白石悌三 校注・現…

新型コロナは何をあらわにしたのか 〜「疫病2020」門田隆将

本来なら日本はいまごろ、7月24日(金曜日)に開幕する東京五輪を目前にして、日に日に空気がたかぶっているはずでした。安倍政権にとっては、昨年の消費増税による景気低迷を一気に消し去る、盤石のロードマップでもありました。ところが2020年は日本にとっ…

生きる人間のリアル 驚くべき<真実> 〜「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ

「小説」と「文学」の違いは何なのでしょう。文学の1ジャンルが小説である、というのは分かりやすい解釈ですが、読者として作品に接する皮膚感覚で言えば、いい小説が必ずしも優れた文学ではありません。つい、おかしなことから書き始めてしまいました。 「…

七夕とアルゲリッチ

7月7日、七夕。外から聞こえてくるのは、激しい雨の音ばかり。九州では洪水被害が甚大で、織姫と彦星が出会う天の川は厚い雲の向こうです。七夕伝説は中国から伝わり、古代からあったお祭りでした。 だから7月7日というのは本来は旧暦の日付で、明治になって…

我、CDプレーヤーを物色す

引き受けた仕事が進まず、本が読めないと前回の稿でぼやいたばかりですが、今度はCDプレーヤーが壊れました。あー、最悪!。在宅ワークなので、昔買ったステレオ・コンポでCDを流しながら、胃袋には何杯もコーヒーを流し込みつつ、仕事をするのが習慣になっ…

タマネギを炒める 〜雑文

このところ、腰を据えて本を読む時間がありません。ある長い原稿のアンカー(最終的な編集、点検役)を頼まれて、片手間ではできないと分かりながら断りきれなかったのです。原稿用紙に換算すると300枚ほど。やはり一筋縄ではいきません。まだ1、2週間はかか…

雨を見上げてそのまま 唇が欲し 〜「サラダ記念日」俵万智

おいおい、なんで今ごろ「サラダ記念日」(俵万智、河出書房新社)なんだよ。と、わたしがこの稿のタイトルを見たら思うでしょう。いや、若い世代はそもそもこの本を知らなくて、新作のライトな恋愛小説か何かだと思うのかも。 小説ではなくて、歌集です。舞…

ホタル狩り

梅雨に入り、ホタルが舞い始めました。さすがに近所で見ることができる人はごく少ないにしても、探せば結構あちこちに観賞スポットがあって、わたしが暮らす街は車で30分も走れば行けるのです。東京、大阪のような都市部にお住まいの方は、そうもいかないの…

老いを描いて容赦なく 〜「家族じまい」桜木紫乃

<老い>や<死>と、どのように向き合うか。そもそも、人は覚悟を決めてから老いるものではなく、生きることに追われているうち、気づいた時には既に、老いに伴うさまざまな現実が降りかかっているのでしょう。 普通の人間にとって、飛び抜けた成功や栄光は…

静かに読み浸る 修羅 〜「あちらにいる鬼」井上荒野

本猿さんのブログ「書に耽る猿たち」に「しとしとと雨の降る午後に、雨音だけが響く中、静かに読み浸っていたいような作品」と紹介されているのを読み、無性に読みたくなった小説です。そして「あちらにいる鬼」(井上荒野、朝日新聞出版)は、まさにそんな…

<断捨離>を試みた<真逆>の結果について

<断捨離>は、比較的新しい言葉ですが、あらゆる年代の人にすっかり定着した感があります。 <真逆=まぎゃく=>という新語も、20年ほど前から若い世代を中心に使われ続けているようです。実はこの言いよう、わたしのような「気持ちだけ若い」人間には、い…

巨匠たちのつぶやき、そして肉声 〜「世界素描体系」I〜Ⅳ、別巻1、2

素描、つまりデッサン(フランス語)、ドローイング(英語)の魅力は何かと自問すれば、「画家の素顔に出会えること」だと思います。油彩の完成作品は、画面の四隅にまで画家の神経が行き届き、満を持して発表する<華やかな舞台>のようなもの。 対して素描…

文化を担った人々の熱い舞台裏 〜「神楽坂ホン書き旅館」黒川鍾信

ひと昔前まで、脚本家や小説家はどんなところで、どんなふうにして原稿を書いたのでしょうか。「神楽坂ホン書き旅館」(黒川鍾信、NHK出版)を再読して、不覚にもところどころ涙しそうになりました。昭和の物書きたちと、彼らを支えた無名の人びとの息遣いが…

朝に人を殺し 昼に子を助ける 〜「異端者の快楽」見城徹

幻冬舎代表取締役社長、そしてカリスマ編集者である見城徹さんが、対談を通して自らを語っているのが「異端者の快楽」(幻冬舎文庫)です。見城徹という一人の編集者・人間がくっきり浮かび上がるとともに、対談相手の中上健次、石原慎太郎、さだまさしさん…

ときに劇薬 使用法にご注意を 〜「逃亡者」中村文則

仕事が首尾よく終わって、仲間と握手。仲間は魅力的な女性で、顔には出さないけれど本当は強く惹かれています。ごく短い時間重なり合った、彼女の冷たい皮膚の感触、薄い掌と指の儚げな、しかし芯の通った強さと体温に触れ、彼女という<特別な存在>が掌か…