そもそも直近の直木賞受賞作について、こんな偏った言い方はあまり適切でないのですが...「なにせ犬好きにはたまらない小説です!」。犬に興味がない人にも、たぶん...。
いやわたし、ネコに限るという人の気持ちを推しはかることはできないので、断定はできませんけど。
「少年と犬」(馳星周、文藝春秋)は、タイトルを全く裏切らない、犬物語の王道?を真正面から突き進む作品です。6篇の連作で、各タイトルは「男と犬」「泥棒と犬」「夫婦と犬」「娼婦と犬」「老人と犬」「少年と犬」。
東日本大震災で飼い主を失った犬・多聞が<男>や<泥棒>や<夫婦>や<娼婦>、そして<老人>と出会いながら、何年もかけて長い旅をします。被災した岩手から、新潟、富山、最後は九州まで。いったい犬の多聞はどこを目指しているのか。その謎は最後の「少年と犬」で解き明かされますが、ここでまた悲劇が。
旅の途中の多聞に出会い、ひと時を共に暮らす人たちの人間模様が1篇ごとに積み重なります。それぞれの人生の断面の切り取り方が見事で、彼や彼女らの死と多聞の対比が読ませどころになっています。
犬か猫かは、うどんか蕎麦かみたいな、生きて行く上では「どーでもいい」面がありますが、<されど>わたしはこのブログのアイコンが示す通り犬のくーと暮らしているので、ややこだわりがあります。
猫を主人公に、こうした小説は成立しません。犬だから、人とアイコンタクトができます。犬は目の表情や仕草で自らの意思を訴え、また人の意向や思いを一生懸命推し量って、しばしば的確に行動します。そこに裏の心はありません。
だから、裏心だらけの人間群像より、犬を主軸において人を描いた方が、よけい人間というものの姿があらわになったりします。
ということで<犬好きでない方>にもこの本をお薦めします。凛として健気な多聞と、多聞に交錯する人間群像を、ぜひお楽しみください。うん、今回はここがオチだな。