ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

日本史年表と小説 大河の一滴 〜「絶海にあらず」北方謙三

 気づけば秋分の日を過ぎ、日没がずいぶん早くなりました。秋の夜長とはよく言ったもので、隣の部屋のテレビから聞こえてくるローカルニュースを聞き流しながら、窓からの夜風に深呼吸。昼に読み終えた本を思い起こし、日本史の年表をめくったりしています。

 地球温暖化であろうと新型コロナ下であろうと、季節は移ろう。ニュースによれば、今年の中秋の名月は10月1日だとか。

 「座右の書」と言います。わたしにそれほど大袈裟な本はありませんが、近年、すぐに手に取れるよう、机の隅に置いてあるのは2冊です。「日本の歴史 別巻5」年表・地図(絶版、中央公論社、昭和43年6刷)と、「岩波古語辞典」(大野晋他編、昭和45年2刷)。

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 どちらも高校時代に買った本で、あちこちに線が引いてあったりするのですが、40年以上を経て現役に復活しました。昔引いた線も懐かしく、古びながらもしっくり感性に馴染んでくれます。

 それにしても、大学は英文科で、サークルはフランス文学、記号論に挑んだ自分が、老いて手元に置く日本史年表と古語辞典。日本人としてのDNAを感じる秋の夜長です。同じように、世界それぞれの国に掛け替えのない故郷と共に生きる人びとがいる。フランスに、アメリカに、中国に韓国に。

 だからいつの世も、思考風土が異なる国際問題というのは難しくて当然だよなあ、と思います。それを克服していくのが人の<賢さ>だと信じていますが。

 「絶海にあらず」(北方謙三、中央公論新社)を再読。瀬戸内から対馬にかけての海域を支配し、「純友の乱」を起こした藤原純友。滅ぼされたのは平安時代中期の西暦941年です。時を同じくして、関東では平将門の乱がありました。

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 主人公はもちろん、乱を起こした純友ですが、作品を支えるバックボーンになっているのは海の道による物流経済と、世を統べる藤原北家との政治観の相違。平安中期の歴史に、こうした物流の視点を持ち込んで作品化したところが斬新だと思います。(この視点、北方作品では「大水滸伝」その他でもおなじみなのですが)

 歴史を経済視点で照らし出そうとする作家はその後、例えば安倍龍太郎さんなどがいて、安倍さんによれば戦国時代の戦を変えた<鉄砲伝来>は、ポルトガル側から見れば武器輸出。政治と直結した先進国の武器商人による市場開拓のトライで、植民地時代の世界の中の日本の立ち位置を再認識するキーになります。

 キリスト教も含めた当時の先進国の触手に対して信長は、秀吉は、家康はどう対処したかを中心視点にすると、また別の歴史記述が生まれるというわけですね^^。

 後に瀬戸内海の物流を基盤に公家社会を牛耳った平家が、その瀬戸内・壇ノ浦に滅んだのが純友の乱から250年をへた1185年、家康が鎖国政策で江戸文化の土台を築いたのがさらに400数十年後。と、日本史年表を見ながら思い。

 歴史は大河。その一滴が「絶海にあらず」です。