ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

国を持てなかった大地と人びと 〜「物語 ウクライナの歴史」黒川祐次

 ロシアによるウクライナ軍事侵攻が起きなければ、手にすることはなかったであろう1冊が「物語 ウクライナの歴史」(黒川祐次、中公新書)です。とてもいい勉強になりました。読みながらつい、このころ日本はどんな時代だったかと、いちいち並置してしまうのがわたしのくせです^^;。

 黒海北岸に広がる大地(現在のウクライナ)に最初に住んでいたのはスキタイ人だとか。紀元前1500〜前700年ごろ、乗馬術に優れた遊牧の民族・キンメリア人がここへ大移動してきました。彼らはその地に鉄器時代をもたらしたと考えられています。(以降もさまざまな民族の流動がありました。)

 日本では縄文時代後期で、人びとは竪穴式住居の集落を作り、石器を使い、一部で果樹栽培などは行われていましたが稲作は伝来していない時代ですね。

 「物語 ウクライナの歴史」はこうした太古から、1991年のウクライナ独立宣言前後までの歩みを記してあります。新書版の259ページなので比較的読みやすいのですが、歴史本の通例として人名や地名などの固有名詞が次から次へと出てきます。

 これを真面目に頭に入れようとすると、とても先へ進めません。要は、根底にある歴史の流れ、うねりを読み取ることなので、細部は忘れるに任せ、部分的に斜め読みさえしました。

    

 読みながら痛切に思ったのは、黒海北岸に広がる豊穣の大地が、激動の地だったということ。

 日本では貴族が政権を持っていた平安期のころ、キエフ・ルーシ公国がヨーロッパの大国としてここで栄えます。しかしこれは例外で、大半は他国の支配を受け、あるいは大国の一部に組み入れられ、時に複数の強国に国土を分割されてきました。

 それでも人々はウクライナ人としてのナショナリズムを失わず、ソビエト連邦の崩壊で独立したのが1991年だったのです。

 太平洋戦争の敗戦まで他国の支配を受けず、島国で概して平和な歴史を積み重ねてきた日本人が、感覚的に理解しにくいのは国境や民族問題です。

 この本にも書かれていますが、旧ソ連時代から、ウクライナへは多数のロシア人が移住してきました。教育をはじめ、言語がウクライナ後ではなくロシア語だった時代もあります。特にクリミアは住民の半数以上がロシア人で、2014年のクリミア併合や今回の軍事侵攻にこうした背景があることもよく理解できます。

 余談を一つ。日本が他国の脅威にさらされた数少ない例がモンゴル軍による「元寇」です。当時、キエフはあっさり負けてモンゴル帝国に組み入れられてしまいました。でもモンゴルの統治・支配は緩く、むしろそれまでより楽になったとか。

 

 歴史は常に支配する側が記述するものです。ウクライナには1991年まで国としての歴史がなく、人びとはその年から新しい歴史をスタートさせました。また、ロシアやソ連その他の国の歴史にあるウクライナ部分は、自らの視点で解釈し直し、新たな事実を加えることで過去の歴史を再構築しました。

 過去の再構築とは...。例えばソ連時代の1931年から33年、穀物が凶作だったにもかかわらず国は農民から穀物を調達しました。その結果、300〜600万人が餓死したという推計があります。

 調達された穀物は輸出されて国家財政を支えました。ところがこの人為的な大飢饉は、ソ連が隠したため公に知られることはなかったのです。何とも酷すぎる実態だなあ。

 ようやく独立を果たしたウクライナに、今年再び襲いかかったのがプーチン大統領のロシアでした。

 

 近、現代史の骨格をほんの少し復習し、ついでにこの「物語 ウクライナの歴史」を読むと、プーチン大統領の妄想や妄言が生まれてくる土壌が、ほんのりと理解できます。プーチン大統領の大義には、彼なりに血の通った論理があることが分かれば、簡単には停戦に応じないだろうという見通しを持つことができます。

 20年前に書かれた本なので、もちろん現在の軍事侵攻には触れてありません。しかし現代に至る人間の歴史で、平和というのは極めて特異な現象であり、戦争こそ常態なのだと思ってしまう1冊でもありました。

               

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