ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

鉄砲伝来が変えたもの 〜小学館「日本の歴史」

 5月下旬から2カ月近く、小学館が2007年から2009年にかけて刊行した「日本の歴史」を読み継いでいます。全16巻(+別巻1)のうち、今日は第10巻「徳川の国家デザイン」(水本邦彦)を読了しました。

 旧石器から古墳時代を扱った第1巻「列島創世記」(松木武彦)に始まり、10巻目で江戸時代前半にたどり着きました。数十万年の歴史の堆積を考えると、小説の時代物でお馴染みの江戸は、かなり現代に近づいた感じがします。「あれ、もうここまで来てしまったか」と、ちょっと残念。過ぎてみれば早い、膨大な時間の旅です。

 各時代を専門にする研究者たちが執筆していますが、一般読者を対象にしているので、学会内の論文や専門書に比べるとずいぶん読みやすい。それでも堅苦しい記述はあるけれど、わたしの場合は時代の様相を詳細に解説、案内してもらえるわくわく感が最後は勝ります。

 あえて言えばこの16+1巻、歴史をテーマにしたノンフイクションの大作のよう。現代社会のさまざまな動きを追って取材を積み重ねたノンフィクション作品と、基本的には同じです。どちらも「事実は小説よりも奇なり」の面白さ。

 読みながらふと、書いてあることを起点に頭の中を思考が駆け巡って、ページをめくることを忘れます。例えば鉄砲伝来と、日本人の世界観の変遷について。これまで考えたこともない視点でした。

 結婚披露宴で花嫁を讃え、「三国一の花嫁」なんて言うことがあります(最近はないのかなw)。この「三国」とは、いったいどこのことなのか?

 日本の稲作は縄文時代後半に、海の向こうの朝鮮半島から伝わりました。やがて朝鮮半島のさらに向こうには大国があることを知り、弥生時代の卑弥呼は訪問使節を派遣しました。これ、教科書に出てくる「魏志倭人伝」の記録ですね。さらに中国を経由して、天竺から仏教が伝来します。

 自分たちが暮らす国(日本)と、唐(中国=国の名称は時代により変わります=及び周辺の東アジア地域)、そして天竺(インド、と限定するよりはるか遠方世界のイメージでしょうか)。この三国、日本、中国、天竺が、長く続いた日本人の世界観の枠組みでした。

 この世界観は、16世紀の戦国時代半ばまで変わることがありません。天皇、将軍から農民に至るまで、これ以外は思い描けませんでした。

 西暦1543年、種子島にポルトガル人を乗せた中国船が漂着します。教科書に出てくる鉄砲伝来。6年後には鹿児島にザビエルが上陸して、キリスト教がもたらされます。

 鉄砲は合戦のあり方を変え、これを重視した信長を軸に戦国時代の帰趨を左右しました。このとき種子島に漂着した船は、戦いの常識だけでなく、日本人の世界観を打ち壊した最初でもあったのです。天竺のさらに向こうにある、「南蛮」という世界の存在。やがて南蛮貿易が盛んになり、当時の世界地図がもたらされました。

 視座を変えると、これって日本人の精神史における画期ですよね。新しい世界観を獲得したわけだから。

 ちなみに、新たな世界観によって、秀吉は中国(当時は明)を征服し、大きな世界の中で存在感を誇示する野望に取り憑かれます。これが、2度にわたる無謀な朝鮮出兵につながった。...のかな?。秀吉の心理に関しては私的解釈による仮説なので、信頼性は保証しかねますけどw。

 (小学館、日本の歴史第8巻「戦国の活力」に収録された長篠合戦図屏風部分。鉄砲が合戦の前線に登場しています)

 明日から第11巻「徳川社会のゆらぎ」(倉地克直)に入ります。いよいよ幕末の激動期に向けての助走段階。急がず、ゆっくり進みます。