ことばを食する

本たちとの、出会い、すれ違い、言葉との恋愛。つれづれなるまま記していきます

卒塔婆小町、老いて無残 〜「近代能楽集」三島由紀夫

 千年も昔の夕暮れどき、闇が迫る京の都の外れ、百歳(ももとせ)とも見える乞食の老婆が、朽ちかけた卒塔婆(そとうば・そとば)にぐったり腰掛けています。顔は皺に覆われ、ボロをまとった姿からは垢と脂の酸い臭いが漂ってきます。

 たまたま通りかかった高野山の僧が、老婆を見とがめました。朽ちかけているとはいえ、卒塔婆は仏様の化身です。「これはなんと、どこかほかのところで休みなさい」

 ところが、思いもかけず老婆が言い返したのです。朽ち木にしかみえない、このどこが卒塔婆なのか。もし卒塔婆であっても

 「われも卑しき埋もれ木なれども、心の花まだあれば、手向けになどかならざらん(卒塔婆への手向けの花となるでしょう)」

 反論に腹を立てた僧と、乞食の老婆の問答が始まりました。僧の詰問に、老婆はことごとく言葉を返します。

 僧  仏様を尻に敷いては、仏と縁を結ぶにしても「順縁」ではなかろう

 老婆  これはなんと、愚かな人間を救う仏の慈悲に「順縁」も「逆縁」もなかろうに

 ついに言い負かされ、僧は頭をたれて老婆に名を問います。

 「これは出羽の郡司小野の良実が娘、小野の小町が成れる果てにてさむらふなり」

 

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(年老いた小野小町 月岡芳年、明治19年)

  絶世の美女と言われた小野小町。この話の後半では、その昔、若き小町への百夜通いをあと一夜で果たせず、無念の死を遂げた深草少将の霊が、老婆に乗り移ります。老いさらばえて、狂乱にとらわれ、死ぬこともできない小野小町のいま。

 14世紀、南北朝から室町時代に生きた観阿弥の「卒塔婆小町」(岩波古典文学大系40、謡曲集上から)です。能は、時代の束縛を受けないテーマ性において、きわめて近代的なのだそうです。

 「卒塔婆小町」のほか「邯鄲」「葵上」など謡曲8編を、現代劇に翻案したのが三島由紀夫の「近代能楽集」(新潮文庫)です。三島の「卒塔婆小町」は舞台を現代の夜の公園に移し、かつて絶世の美女だった老婆、そして僧ではなく、頼りない詩人が登場します。仏教的な要素は抜き去られ、しかし老婆がさらに100年生きながらえなければならない宿命を背負わされます。

 三島はしばしば、小説以上に戯曲の名手でした。海外でも評価された「近代能楽集」は舞台を見なくても、読み物として一級品。逆に「近代能楽集」からたどって、能の各原本に当たりたくなります。

 

 *****(欄外雑話)

  先日、90歳を越えた老婦人が逝かれました。国語教師だったとうかがいました。知人を通して縁があり、遺品から岩波古典文学大系の数冊を入手。「卒塔婆小町」を読み、三島の「近代能楽集」を久しぶりに手に取りました。老婦人の蔵書の大半は「いまの時代、本が売れない」と古書店も引き取らず、市のゴミ焼却炉で灰になりました。