ことばを食する

くーの、極めて私的な読書覚え書き。誰かにお薦めできると思った本を取り上げます

秘すれば花なり 〜「風姿花伝」世阿弥(佐藤正英 校注・訳)

 大切なカノジョの誕生日に、何を贈ろうか....。若いころは誰にも一つや二つ、そんな悩みに頭を痛めた思い出があるのではないでしょうか。悩んだ末に1冊の本にリボンを結んだけれど、これが思いっきり「外した」プレゼントだった。

 いや、カノジョのほうはちょっと豪勢なディナーとか、甘いケーキの方がよほどうれしかった。「気に入ってもらえる物語なんだよ。たとえ今がそうでなくても、将来いつかきっと、この本がきみの救いになるときが訪れるから」などと、未練がましく心の中で言い訳しても、決して口にはしない。

 秘すれば花なり。

 この名言、若いころから心の中で、けっこう便利に使って自分を慰めてきました。最近は家庭内の戦争時、心の中で念仏のように唱えます。敵の急所を狙ったその一言だけは、言ってはいけない。言えば、土台から終わってしまう。だから 秘すれば花なり。

 ところが、相手はそんな沈黙を「無視」と解釈して、ますます怒りをエスカレートさせるからほんとうに困ってしまう... 。

 ところで、この名言のわたしの使用法は、まったく正しくありません。「風姿花伝」(世阿弥、佐藤正英 校注・訳、ちくま学芸文庫)を読めばよく分かります。言うまでもないか。

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 大学生だった昔、薄い岩波文庫で最初に読みました。ところが「秘すれば花なり」以外の全ての言葉、文章が記憶から消去されていたことに気づきました。 年齢を重ねることの美点の一つは、一度読んだ本もまるで初読のように読めることですw。

 この一冊、しっかりした現代語訳に加えて、補説(校注者なりの解釈と解説)も付いているところがありがたい。

 「風姿花伝」は能の観世家、金春家に一子相伝の書として伝えられ秘匿されてきた芸術論です。600年前に記され、明治になってようやくその存在が世に明らかになった1冊。600年前とは、ヨーロッパにおけるルネッサンスよりさらに100年近く遡ります。

 そんな時代に、これほどの芸術論が存在したことに改めて驚き、日本文化の奥深さを噛みしめました。全編、基本は猿楽の学び方や後進の育て方、演じ方から観衆を引き込むハウツーが細かく記された実践の書です。繰り返し語られる「花」とはなにか。

 子供が舞い演じると、稀に大人にはない子供ゆえの<花>がある。誰にも負けないほど精進した全盛期なら、勢いの<花>がある。しかし、草木の花が季節の移ろいで枯れる道理があるように、演じる人(芸術家)の花も、人生の一時のものでやがて枯れる。

 ただ、そんな花の上にはさらに、自然の摂理を超えた決して枯れない<花が>あることを知れ。枯れない芸術の花を目指しなさい。

 物数を尽くし、工夫を極めて後、花の失せぬところをば知るべし

 こうした奥義を他言してはならない。敵に(競争相手に、観衆に)こちらの奥義を知られてしまっては、どんな奥義も力を失う。であるから当家のみの一子相伝の秘技。秘すれば花なり。

 お断りしておきますが、これは素人であるわたしが大掴みにした概要なので、学問的な正確さに関してなんら保証するものではありません^^;。

 言葉の力とは、作者の意図を超えた広がりにあります。広がりが大きいほど、言葉はさまざまな人の心に意味を変幻させて残ります。ということで、わたしはこれからも勝手に都合よく呟きつづけることにします。そう 

 秘すれば花なり。

                    

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