ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

武士たちの「倍返し」経済小説? 〜「大名倒産」浅田次郎

 積りに積もったわが家の借金が、2500万円になったらどうしよう。利子の支払いだけで毎年300万円。これに対して、どんなに頑張っても収入は年100万円前後。うわあ〜です。いや、もう叫ぶ気力も残されていないか。

 もし企業なら、とうの昔に倒産しているはず。むしろ倒産していれば、借金がここまで膨らむことはなかった。ところが時代は江戸末期、わが家でも企業でもなく、3万石の大名家の話となると、おいそれと自己破産もできなかったのです。

 代々の<経済的負け戦>による負債の累積。ついに借金総額25万両、利子支払いだけで年3万両。これに対し年貢米を柱とした収入1万両。「大名倒産」(浅田次郎、文藝春秋)は、太平の世が続いてガチガチに硬直し、それゆえに首が回らない武家社会のとある大名家が舞台です。

 切れ者の先代は、ついにお家の立て直しを断念して隠居しました。ところがこのご隠居、とんでもない策士で、密かに計画倒産を企みます。なにかしでかしてお家お取り潰し(=倒産)になってしまえば、負債はチャラ。できるだけ倒産を先に伸ばして、その間に裏金を溜め込もうと算段します。申し訳ないが、若殿にはしばらく耐えてもらい、最後はお取り潰しの責を負って腹を切ることになってもやむなし。妾の子で、それほど愛情もないし。

 で、主人公は何も知らずに跡を継がされた若殿です。

 若殿の周辺に集まる、魅力的な人びと。シリアスで、おかしくて、なんとも潔い面々がストーリーを構成します。

 

 人間というのは、変に頭が回るから中途半端にうじうじします。例えばわたしに虎の子のへそくり・100万円の定期預金があったとして(ないけど)、これを解約して世のため人のためにきっぱり差し出すなんて、到底できなません。

 酔った勢いで「みんなもってけ!」とカッコつけたとしても、素面に戻ったら頭を抱えて後悔しそうです。要は、わたしは...

 いなせでない。

 憧れても、いなせになれない。うじうじといつまでも考えてしまう。

 <いなせ>とは、江戸における美意識(美的観念)のひとつで、若い男性を形容する言葉。男気があり粋であり、心意気のあること。<いき・粋>とともに、江戸っ子のきっぷ(気風)を表す言葉。=wikiの要約

 宵越しの金を持たない、いなせで粋な男たち、女たちが登場します。お金に困って頭を抱えたとしても、ええいお金なんでヤボは本来隅っこときっぱり思い定め、人として為すべき道を考えたときの自明の価値基準が、いなせです。彼ら、彼女らのように、わたしもスッパリといなせに生きられたらと憧れるけれど、できないから、浅田小説にカタルシスを感じるのです。

 具体的にはお読みください。次々に展開するストーリーと、後半における各テーマの回収はさすが小説の名手。ちなみにこの物語、人間だけでなく神様が背後に登場して、どたばたに付き合います。

 貧乏神に死神、七福神...。どの神様も人間臭くて、特に七福神なんかは1人(1神か)では役立たずだから、7人(7神)でユニットを組んでなんとか、はるか昔から頑張ってきたんだとか。

 笑いあり、涙ありの喜劇を通して、死神のごとくさらりと胸深く刺します。ちなみに映画化されて現在、全国で絶賛上映中と聞き及びました。

            

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