ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

風前のともしび 燃え盛る 〜「のぼうの城」和田 竜

 歴史小説は、信長や秀吉を代表とする戦国の覇者たち、あるいは彼らを支えた人物に焦点を当てるのが本流です。おなじみ、NHKの大河ドラマの原作になるような作品群。でも、普通は表に出てこない歴史の支流にも、魅力的な人物はたくさんいたはずです。

 「のぼうの城」(和田竜=りょう=、小学館)は、メーンストリームを離れた小さな城の攻防を描いて、なんとも痛快。有名な観光地に出かけたら、賑わう表通りより、むしろ裏通りの路地が面白くて記憶に残ることがあります。これはそんな小説。

 時代は秀吉が天下統一を成し遂げようとするころ。残るは関東の覇者・北条家のみ。秀吉は臣従する全国の武将たちに、北条攻めを命じます。歴史上の事実ですが、なんというか、まあひどい。たった一人の大名めがけて、日本中の大名たちが四方から攻め上がるわけですから、勝利の帰趨なんてはなから見えています。

f:id:ap14jt56:20210215180259j:plain

 北条家の殿様も「わが小田原城に籠城すれば戦える」と、たかを括るところが甘いというか、あまりに楽観的。そこは乱世を生き抜いてきた武将の矜持があって、仕方ないのかもしれませんが。

 さて小説の主人公は、北条の殿様に臣従する小さな城の若様。若様は不器用で、ぼーっとしていて、農民さえ<のぼう様>と呼んでいます。フル表記すれば、<でくのぼう様>です。

 小城なので家臣団かき集めて1千騎。当主は半数を率いて小田原城に詰め、のぼう様が残る武士たちと城を守ることになります。ここに石田三成が率いる2万の秀吉勢攻めかかります。

 風前のともしびかに見える、のぼう様や家臣の武将たち、勝ち気で魅力的な姫、農民たちの運命はいかにー。

 脚本家でもある和田さんは、07年に発表した本作が小説家デビュー作。登場人物のキャラの描き分けがくっきりと魅力的なのは、視覚空間で役者さんを際立たせるシナリオ書きの感性が生きているのでしょう。物語が進むテンポのよさにもそれを感じます。

 「のぼうの城」は直木賞候補になりましたが逃し、本屋大賞も2位。しかし4作目の「村上海賊の娘」(新潮社)で、和田さんは2014年の本屋大賞、吉川英治文学新人賞を受賞しています。

 わたしは「村上海賊の娘」の方を先に読んでいましたが、そちらも読み応えのある大作でした。視点が村上海賊ではなく、「の娘」というところが面白さです。