山から雪の気配が漂い始める北陸の晩秋。色鮮やかな落葉が終わったころ、枝先に残る木守柿が、ぽっと火を灯したように目に入ります。
今日、些細な仕事で山沿いにある小さな町に出かけました。用事を終えると、冷たい雨が上がっていたので街中をぶらぶら歩きました。あちこちでシャッターが閉まったままの、寂れた商店街。少し外れたところに見つけたのが<春乃色食堂>です。
レトロな雰囲気を凝縮して、営業中。なんだか小学校の校舎みたいな。ちょうどお昼過ぎだったので入りました。
地元の人たちで、店内は結構なにぎわい。畑から軽トラで乗りつけたおばちゃん、というかおばあちゃんが、路駐したまま(そもそも店の駐車場がありません)一人でラーメン食べてたり、じいちゃんグループがおでん定食で盛り上がっていたり。てな具合。
パイプ椅子のテーブルにつき、熱い麦茶を持ってきた店員さんに『メニューは?』と尋ねると、黙って壁を指さされました。小学校の長細い習字紙みたいなのが、色褪せた壁に10枚くらい貼ってあります。
「親子丼」「○●そば」「◎○うどん」「中華そば」に「おでんセット」などなど...。
もし<春乃色食堂>という小説を書くとしたら、さてどんな設定にしよう。ふと、思い描きました。
店を切り盛りするのは、30代後半の細身のバツイチ女性。さきほど注文を取りに来たのは、声を発することができない障害を持つ弟。店は50年前に両親が始めたのだけれど、すでに亡くなっている。
物語のメーンは店に出入りする田舎の人々の、交錯する喜怒哀楽に四季の移ろい。サブストーリーで店主の秘やかなときめきと、過去を少しづつ明らかにし、弟の障害や亡き両親の思い出は、ポイントで挟むエピソード。うん、これで本屋大賞か!。
...なんて、埒もないことを考えていたら、注文したカツ丼がやってきました。やや薄味で食後に後を引かない、なかなかの品でした。ちなみに味噌汁は付かず、小皿のたくあんのみ。
もし夜で、車の運転も心配なかったら、おでんで一杯飲みたかったなあ。そんなお店でした。