ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

長谷川等伯ではなく浮世絵を見る 〜石川県立七尾美術館

 富山県氷見市から日本海に面した山中の高速道路を走り、能登半島の中ほどに位置する石川県七尾市へ向かいました。8月末だというのに、車の温度計は35度。

 歴史的に七尾市は海運で栄え、戦国期には背後に迫る半島の丘陵に室町幕府の有力大名で管領・畠山一族の山城が築かれていました。能登は江戸期以降、加賀藩に組み込まれましたが、船の往来でむしろ越中(富山県)と結びつきが強い地でした。

 その七尾に、長谷川信春という若い絵師がいました。彼は志を持って京に上り、やがて安土桃山時代を代表する絵師になります。

 長谷川等伯です。

   松林図屏風(長谷川等伯。国宝、六曲一双。東京国立博物館蔵)

 文化的にはきらびやかな安土桃山時代。色彩の魔術師・等伯がたどり着いたのは、墨の濃淡の世界でした。彼の一生は安部龍太郎さんが「等伯」(直木賞受賞作、文春文庫)で描いています。

 石川県立七尾美術館には、若き能登の絵師・信春時代の等伯作品が収蔵されています。さらに近隣、また越中の古刹にも、彼の仏画がいくつも寺宝として今に伝わっているのです。

 信春時代の作品が見たくて、七尾美術館に行ったのは10年近く前。以来何度か、車好きのわたしはツーリングがてら、この美術館に立ち寄るようになりました。いや、
 いま書こうとしていたのは、実は等伯のことではなかった...。

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 美術館に着くと平日だったこともあり、案の定がらがらでした。わたしと同年代の夫婦1組だけで、受付などの館内スタッフの方が多い。田舎の、地味な美術館や博物館は、たいていこんな感じです。

 開催中だった企画は「動物たちの浮世絵展」。生き物が出てくる江戸から明治にかけての浮世絵を集め、当時の庶民生活と文化を垣間見る企画です。長谷川信春(等伯)とは、なんの関係もありません。

 寛政年間処女之風俗 月岡芳年。会場は撮影禁止なので、購入した絵葉書の複写です。

 等伯よりも、今回は生の浮世絵を見たかった。がらんとした館内に、落ち着いて、静かな時間が流れていました。

 若いころ訪れたルーブル美術館で、わたしが作品のオーラに圧倒されたのはレオナルド・ダ・ヴィンチの「岩窟の聖母」でした。世界中からやって来た観光客の人波の中で、魂を抜かれたようになりました。

 主にルネッサンス期、また19世紀後半以降の西洋美術に興味を惹かれるのは昔も今も変わりません。でも、50歳を過ぎたころから日本の古い作品にも妙に親しみを覚えるようになったのは、歳のせいでしょうか。あのころ浮世絵といえば、パリの印象派に影響を与えた日本の風俗画程度の興味しかなかったのに。

 それにしても地方の、特に派手さのない美術館ときたら。入場料収入だけではどこも大赤字でしょう。学芸員は必死です。企画担当課長も、館長も。結局、公金を投入して運営するしかなく、そのお金を老人福祉に回せと議員に詰め寄られたら、きっと辛いものがあります。

 各地の中小美術館の年間計画を眺め、背後に学芸員の苦労や、でも隠しがたい嗜好を想像し、密かに楽しむのはわたしの悪い癖でしょうかw。そんな美術館が、愛おしい。

 いろいろな浮世絵があったけれど、月岡芳年はやっぱりいいなあ。ひっそりした美術館を出て、猛暑の中を駐車場に歩いていると、遠い昔の人びとのざわめきが、浮世絵とともに改めて聞こえてくるようでした。

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 「等伯」、月岡芳年に関して、かつてブログに書きました。

www.whitepapers.blog

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