ふう...娑婆に戻れる。
娑婆(しゃば)と書いて、もしかすると若い人は首を傾げるのでは...。ふと不安になりました。もともとは「この世」を指す仏教用語ですが、昔のやくざ映画では刑務所から出所したときの、お決まりの台詞によく使われていました。
娑婆の空気はうめえなあー。
みたいな感じ。
今日の夕方、昨年11月からの仕事に一区切り。原稿用紙にして300枚の、たぶん世の中の話題にも、ベストセラーにもなることのない仕事ですが、あとは明日、編集者に120,982文字を送信するだけ。7月ごろには、書店に配本できそう。
今回のわたしの仕事を簡単に表せば、ゴーストライターです。もう現役引退しているので、今さら名前を売りたいという気持ちも、必要もありません。書くことが好きなので、それに対してある程度の報酬まで頂けるなら、幸せです。ただし、これまでも今後も気持ちが乗らない仕事は受けません。
この歳になって、いろいろな欲を捨ててようやく、裏方の仕事の面白さに気づいています。「江戸城を作ったのは誰か」と問われたら、みんな徳川家康と答えます。「大工だ」と答えたら、千人に一人いるかいないかの偏屈者です。わたしはその大工になることが、なんとも楽しい。
仕事で楽しさを噛み締めるには、たぶんその10倍くらいのしんどさを乗り越えなければいけません。
今回の原稿、4月半ばでいったん書き上げていました。そこから、読み直しの推敲が始まりました。書き始めたのが昨年11月末なので、何カ月か前の自分の文章と向き合うことになります。これがなあー。
失望。
書いているときは苦労したつもりだったのに、この程度なのか...の連続。自分の限界を突きつけられます。心が暗くが沈んでも、なんとか推敲と再取材で、納得できるレベルまで原稿を立て直さなければなりません。
同時に、昔の自分が怖くもなりました。かつては午前0時の締切に連日追い立てられて長期連載を新聞に書き、ときにはそれが本になっていました。毎回全力を出し切った感があって、それなりに満足していたけれど、もし数カ月後に推敲する機会があったなら...と考えると、過去の自信が揺らぎました。
でも、明日原稿を送信したら、半年ぶりに娑婆に戻ります。