ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

ノンフィクション

臥す枯野なほかけ廻る夢心 〜「永訣かくのごとくに候」大岡信

<死>とは何か、人は決して知ることはできません。死んでから甦って語ることがない以上、つねに<死>は生きている人の中にある、さまざまなイメージです。 <死>について語るとは、<死>を前にした<生>の在り方をつづることになります。辞世の句、遺作…

癒しのガーデニング 〜「庭仕事の愉しみ」ヘルマン・ヘッセ

最初に告白しておけば、25年前にひっそり書店に並んでいたこの本、わたしは1ページ目から最後までを、通読したことはありません。 買った当初は目次で全体構成を眺め(庭に関するエッセイ、詩、書簡のような断片、掌編小説、水彩画などが集められている)、…

歩き続けるために、立ち止まる 〜「ベスト・エッセイ2020」日本文藝家協会編

二篇のエッセイが、妙に響きあって、心に残りました。どちらも、新聞に掲載された短い原稿です。 まず2020年5月25日、朝日新聞に掲載された青来有一さん(作家)の「暖簾は語る」。 年に数回は行くという、長崎県の温泉地の居酒屋の話です。 八十代の元気な…

古本屋さん巡りの楽しさ満載 〜「東京古書店グラフィティ」池谷伊佐夫

東京の古書店をすみからすみまで追究する究極のマニュアル本ついに完成! と、帯にうたわれているのが「東京古書店グラフィティ」(池谷伊佐夫、東京書籍、絶版)です。1996年に出た本なので、すでに四半世紀・25年前。今も、古書店巡りのガイドブックになる…

特攻隊はこうだったのだろう 〜「孤塁 双葉郡消防士たちの3・11」吉田千亜

10年前の2011年3月11日、午後2時46分18.1秒。この瞬間を境に、多くの人生はそれ「以前」と「以後」に決定的に分断されました。被災者でないわたしでさえ、めまいのような横揺れに驚いたあの瞬間からの数日、数週間、そして1年は忘れられません。 東日本大震…

ちょい悪の、看護婦さん 〜「ベスト・エッセイ2016」日本文藝家協会編

「やめられない、とまらない〜」という、ビールと大変相性のいいスナック菓子の古典的コピーが、この本を読んで脳裏によみがえりました。頃よく日も暮れたので、さっそく飲み始めましたが、手元にリアル<かっぱえびせん>がないのは...痛恨の極み。 2016年…

青春の屍が埋まっている 〜「高田馬場アンダーグラウンド」本橋信宏

10代の終わりから20代始めは、ある年齢に達した多くの人にとって、特別懐かしい時期ではないでしょうか。子供ではないけれど、まだ社会に踏み出していない大学時代。生活をぎりぎりまで切り詰め、わたしを東京の大学に出してくれた両親に今は感謝しかありま…

クール・ジャパンの私的再発見 〜「陰翳礼讃」谷崎潤一郎

随筆という文学ジャンルの起源は、清少納言の「枕草子」だそうです。国語辞典によれば「自己の見聞・体験・感想などを、筆に任せて自由な形式で書いた文章」となります。 随想、エッセーとも言い、呼び名にこだわることに意味はない気もしますが、谷崎潤一郎…

良き死は、逝く者からの最後の... 〜「がんになった緩和ケア医が語る『残り2年』の生き方、考え方」関本剛

著者・関本剛(せきもと・ごう)さんは2019年の昨年、肺がんと分かった時点で43歳でした。既に脳に深刻な遠隔転移があり、進行度はステージ4。そして関本さんは、神戸市にある緩和ケアクリニックの院長として数多くのがん患者を看取った専門医でもあります。…

人は愛した者のためにしか... 〜「ハラスのいた日々」中野孝次

昭和62(1987)年にベストセラーになった「ハラスのいた日々」(中野孝次、文藝春秋)を、30数年ぶりに再読しました。中野さんはドイツ文学者でエッセイスト、小説家で2004年没。 ハラスと名付けた柴犬と暮らした13年間を綴ったこの作品は、刊行翌年に新田次…

歴史を通しての、日本論 〜「絶対に挫折しない日本史」古市憲寿

書店の平積み本を眺めていて、タイトルにひかれ、しかも著者は小説も書く気鋭の社会学者(歴史学者ではない)ということで手にしたのが「絶対に挫折しない日本史」(古市憲寿、新潮新書)です。 幸い、挫折せずにすみました^^;。歴史を通しての、ユニーク…

この国の未来が不安になる 〜「高校生ワーキングプア 見えない貧困の真実」NHKスペシャル取材班

高校生がスマホを持っているから、化粧をして笑っているから、貧しくはないー。少なくとも、貧しくは見えない。しかし、本当はどうなのか。 <貧困>に結び付けて思い浮かぶイメージとは、どんなものでしょうか。ごみ山を漁って生活するアジアのどこかの国の…

生きて在る それだけで美しい 〜「百万回の永訣 がん再発日記」柳原和子

死を語るとは、いのちを語ること。 かつて医師や看護師、患者のみなさんから聞いた多くの言葉、その核心を要約すればこのようになります。長く取材者としてキャリアをつないできたわたしは、二度、がんと終末期医療をテーマにしました。 最初は1980年代終盤…

謎に迫る ミステリーのような面白さ 〜「日本語の成立」大野晋

こんな想像を巡らせたことはありませんか。もし自分が卑弥呼の時代にタイムスリップしたら、どれくらい会話が通じるのだろう?。あるいは、縄文時代のある集落にだったら。そこではどんな日本語<ヤマトコトバ>が話されていて、例えば英語なんかよりはスム…

29歳で逝った棋士 病と闘い、天才・羽生と競い 〜「聖(さとし)の青春」大崎善生

小説・つまりフィクションは、事実を超えることができないーと感じるのは、「聖の青春」(大崎善生、角川文庫 第13回新潮学芸賞受賞)のような作品を読んだときです。幼いころから重い腎臓病を宿命として背負いながら、棋士という厳しい勝負の世界に生き、最…

新型コロナは何をあらわにしたのか 〜「疫病2020」門田隆将

本来なら日本はいまごろ、7月24日(金曜日)に開幕する東京五輪を目前にして、日に日に空気がたかぶっているはずでした。安倍政権にとっては、昨年の消費増税による景気低迷を一気に消し去る、盤石のロードマップでもありました。ところが2020年は日本にとっ…

文化を担った人々の熱い舞台裏 〜「神楽坂ホン書き旅館」黒川鍾信

ひと昔前まで、脚本家や小説家はどんなところで、どんなふうにして原稿を書いたのでしょうか。「神楽坂ホン書き旅館」(黒川鍾信、NHK出版)を再読して、不覚にもところどころ涙しそうになりました。昭和の物書きたちと、彼らを支えた無名の人びとの息遣いが…

朝に人を殺し 昼に子を助ける 〜「異端者の快楽」見城徹

幻冬舎代表取締役社長、そしてカリスマ編集者である見城徹さんが、対談を通して自らを語っているのが「異端者の快楽」(幻冬舎文庫)です。見城徹という一人の編集者・人間がくっきり浮かび上がるとともに、対談相手の中上健次、石原慎太郎、さだまさしさん…

心に持ち帰る 本の言葉 〜 「日本の文学論」竹西寛子

読み終えていない本について書くのはどうなのかーと思いますが、幾つもはっとさせられる文章が出てきて、しかも途中から飲みながら読んでいるので、気づけばほろ酔い状態、となると読む集中力は途切れがちで、むしろ気ままに自分の思いを書く方が適当なのだ…

心地よいウイット 〜「ニューヨーカー・ノンフィクション」常盤新平 編・訳

最近は<巣ごもり>気味なので、このさい難破船のごとき部屋の本を整理しようと思い立ったのが昨日。開始15分で早くもどう収拾をつけるか茫然とし始め、手にとった昔の本をちょっと開いてみたら、現実逃避という悪癖が即座に作動して読みふけってしまいまし…

爆発的に感染する<幻> 新型コロナの今だから 〜「日本を襲ったスペイン・インフルエンザ」速水融

新型コロナが世界に広がり、日本では学校が一斉休校、コンサートやイベントが中止になり、大相撲やセンバツ高校野球は無観客開催と、2020年3月は大変なことになっています。マスクは分かるとしても、トイレットペーパーや紙おむつまで店頭から消えたとなると…

雨を聴く 深い癒しのとき 〜「日日是好日」(にちにち これ こうじつ)森下典子

書店に行くたびに目にし、気になりながら、なかなかレジまで持って行かない本。チェックリストのようなものですが、最終的に読むことなく忘れていく1冊もあれば、何か小さなきっかけで買う本もあります。 「 日日是好日 『お茶』が教えてくれた15のしあわせ…

本能寺 張り巡らされた謀殺計画 〜「信長の革命と光秀の正義」安部龍太郎

2020年のNHK大河は明智光秀が主人公ということで、書店にも光秀関連本を集めたコーナーができています。信長が光秀に討たれた本能寺の変は、日本の歴史を大きく変えた事件でした。なぜ光秀は主君・信長を急襲したのか。現代に至るまでいろいろ言われてきた大…

こんなにも多彩! 下っ端の食生活 〜「幕末単身赴任 下級武士の食日記」青木直己

下級武士がけっこういろいろ食べて、昼から飲んで、「何だか楽しそうだなあ」と、うらやましくなったのが「幕末単身赴任 下級武士の食日記」(青木直己、ちくま文庫)です。わたしが持つ「下級武士=貧乏」「武士は食わねど.....」、あるいは「清貧」という…

目からウロコ 波乱万丈の大河ドラマ 〜「日本語の歴史」山口仲美

無意識のうちにしかめっ面しながら、ミスタイプしてイライラしながら、自分がいま書いているこの文章も......実は「そんな大河ロマンを秘めていたのか!」。目から大小のウロコが何枚も落ちてスッキリ爽快になるのが、「日本語の歴史」(山口仲美、岩波新書…

鮮やかに浮かび上がり 消えていく人びと 〜「いのちの姿 完全版」宮本輝

はじめて読んだ宮本輝さんの小説が何だったか、もう記憶が定かでありません。デビュー作で太宰治賞を取った「泥の河」だったか、芥川賞の「蛍川」だったか。前後して村上春樹、村上龍さんがデビューした時期で、当時はこの2人に比べると地味な印象でした。 …

こんなにも楽しい古書の世界 〜「古本屋控え帖」青木正美

令和最初の正月、久しぶりに雪のない中で初詣に出かけ、年末に地元の古本屋で仕入れてきた本を、ぽつりぽつり拾い読みして過ごしています。この時期は子供たちも家に帰って賑やかになり、ゆっくりページをめくる時間が意外にありません。気が向いたとき、さ…

出版が華だった時代 〜「ベストセラー伝説」本橋信宏

夕陽の向こうに消えていった懐かしい出版物とそれを作った編集者たちの物語です。 という冒頭の書き出しに惹かれて、つい買ってしまったのが「ベストセラー伝説」(本橋信宏、新潮新書)です。今は消えてしまったか、見る影もないけれど、かつて出版業界の最…

旧仮名遣いの魅力 この冬の課題^^ 〜「ヨオロツパの世紀末」吉田健一

先日、地元の古本屋さんをのぞいて見つけ、つい買ってしまったのが「ヨオロツパの世紀末」(吉田健一、新潮社、1970年)です。タイトルからして「ヨーロッパ」ではなく「ヨオロツパ」。本のシンプルな装丁、古びた佇まいも含めてなんだかカッコいいというか…

なぜ、という問い 〜「謝るなら、いつでもおいで 佐世保小六女児同級生殺害事件」川名壮志

一人の新聞記者のルポルタージュです。事件は2004年6月1日、長崎県佐世保市の大久保小学校で起きました。6年生の女子児童が、同級生の御手洗怜美(さとみ)ちゃんを多目的教室に呼び出し、後ろから首をカッターナイフで深く切って殺害。返り血に染まった女子…