書店に行くたびに目にし、気になりながら、なかなかレジまで持って行かない本。チェックリストのようなものですが、最終的に読むことなく忘れていく1冊もあれば、何か小さなきっかけで買う本もあります。
「 日日是好日 『お茶』が教えてくれた15のしあわせ 」(森下典子、新潮文庫)はそんなふうにして、この部屋を埋める本の仲間入りをすることになりました。最後のページを閉じたとき、心静かに自分の一日一日を振り返って噛みしめたくなる本です。
6月ある日の、茶室のシーン
「梅雨の雨だわね」
先生が、誰に言うともなくつぶやいた。
その時、気づいた。
(そういえば、秋雨の音はちがう....)
十一月の雨は、しおしおと淋しげに土にしみ込んでいく。同じ雨なのに、なぜだろう?
(あ! 葉っぱが枯れてしまったからからなんだ....。六月の雨音は、若い葉が雨をはね返す音なんだ)
こんな小さな「気づき」をどれだけ持てるかで、1日の濃さはずいぶん違ってくると思います。人の幸せは、大きな成功や幸運ではなく、こうした日常の細部にこそ宿っているのかもしれません。
森下さんは大学3年になった二十歳でお茶を習い始め、それから25年間の出来事がつづられています。茶道の本ですが、読む側にお茶の知識や体験は必要ありません。仕事、失恋、父の死など、女性としての歩みと、お茶(なかなか上達しない!)の関わりが語られます。
15の章で成り立っていて、各章のタイトルからいくつかピックアップしてみます。
頭で考えようとしないこと(第二章)
五感で自然とつながること(第七章)
別れは必ずやってくること(第十一章)
雨の日は、雨を聴くこと(第十四章)
「〜すること」というのはすべて、森下さん自身の未熟な自分への励ましと気づきを表しています。そしてこれらは、茶道の話ではなくても通じるタイトルです。疲れてふと立ち止まりたくなった時、慈雨のように心に滲みる本かもしれません。
この本の素晴らしさは、読んだ私たちに成長や進歩を押し付けないことです。わたしはこんなにも無知だった、迂闊だった、鈍感だった、と打ち明けてくれますが、「だからあなたも気をつけてね」というニュアンスがありません。
だからこのわたしも、雨の日は、雨に耳を澄ましてみたいと思いました。