無意識のうちにしかめっ面しながら、ミスタイプしてイライラしながら、自分がいま書いているこの文章も......実は「そんな大河ロマンを秘めていたのか!」。目から大小のウロコが何枚も落ちてスッキリ爽快になるのが、「日本語の歴史」(山口仲美、岩波新書)でした。
文字という人間が手にしたツール。世界には様々な言語があり、日本語だけを取っても多様な方言があるわけですが、声にした瞬間に消えていく話し言葉を、ときの流れに逆らって記録するのが文字です。この1冊は会話のツールである<やまとことば>と、記録するための<漢字>との、なれそめから現在までを分かりやすく、ワクワクさせながら解説してくれます。
日本で文字(漢字)が使われ始めたのは大化改新(645年)以降だとか。奈良時代の万葉集の原文は、万葉仮名で書かれています。際限のない漢字の羅列である万葉仮名を読み解く極意とは何か。答え。ひたすら文字の意味を無視すべし!。
「名津蚊為」
この言葉は果たして何を言っているのでしょうか。「津さんという名前の人が蚊に刺された!」でも「名津(名高い良港)は蚊為(蚊が作った)」でもありません。つい字面の意味と形態に囚われて、無知を強みに推測を暴走させますが、完全なる徒労。ごくろうさま、ご褒美はなにもないよ。初心に戻って一文字ひと文字、声に出してみましょう。
名(な)津(つ)蚊(か)為(し)。なつかし。万葉人もわたしたちも、同じように使う<やまとことば>の
「懐(なつ)かし」
昔の恋人が懐かしいの「なつかし」....です。音(話し言葉)を表すために、漢字が持つ意味は棄てる。何と大胆で、ややこしい表記ww。話し言葉を書き残すために漢字を輸入して利用した、いにしえ人の苦闘がひしひしと伝わります。
驚くのは、奈良時代の人々が現在の五十音を超える多彩な発音を持っていたということ。「恋・こい」も「声・こえ」も、最初の音は「こ」(ko)ですが、当時は「こ」の発音を微妙に使い分けていたのです。なぜそんなことが分かるかといえば、「こ」の発音に当てはめる漢字を、単語によって使い分ける規則性があるから。
万葉びと、すごい。現代の日本語より、よほど話し言葉が色彩豊かではないですか。微妙な英語やフランス語の発音なんかは古代人の方が得意だったかも(この仮説に言語学的な根拠があるかどうか、関知しませんが)。
そこからご存知の通りカタカナや平仮名が生み出され、平安文学が花開くというわけです。さらに鎌倉、室町、江戸と時代を経て「波乱万丈の半生を辿ってきたんだねえ〜日本語くん」と、心からねぎらいたくなりました。
明治になっての大きな課題は言文一致と標準語。政府によって標準語の原型にされたのは、かつての武士や知識階級が使っていた「山の手言葉」。べらんめえ調の下町言葉はかくして、同じ東京言葉でありながら「江戸弁」になったのでした。
ほんの一部だけかいつまんで紹介しましたが、この本のおかげで、わたしもずいぶん賢くなった!(気がします)。
某駅横、マリエ5Fにある書店の新書担当者の方、ありがとうございます。あなたがこの本を平積みの一冊に選ばなければ、わたしはこの本に出会えなかったでしょう