ことばを食する

くーの、極めて私的な読書覚え書き。誰かにお薦めできると思った本を取り上げます

爆発的に感染する<幻> 新型コロナの今だから 〜「日本を襲ったスペイン・インフルエンザ」速水融

 新型コロナが世界に広がり、日本では学校が一斉休校、コンサートやイベントが中止になり、大相撲やセンバツ高校野球は無観客開催と、2020年3月は大変なことになっています。マスクは分かるとしても、トイレットペーパーや紙おむつまで店頭から消えたとなると、ウイルスよりも「幻」がパンデミック(爆発的感染)を引き起こし、日本中にその感染者があふれているといえそうです。

 「日本を襲ったスペイン・インフルエンザ 人類とウイルスの第一次世界戦争」(速水融 藤原書店)を読んだのは、半ば仕事の必要に駆られて、半ばは個人的な興味からでした。今から100年前、1918年から1920年(日本では大正7ー9年)にかけて世界中で猛威を振るった「スペイン風邪」をご存知でしょうか。

 この本は日本における「スペイン風邪」について詳細に記述、考察した数少ない、もしかすると唯一の著作です。大正の当時、学校は一斉休校し、政府は「人混みを避け、マスクとうがひ」を呼びかけました。あれ、新型コロナの今とあまり変わらないような....。

 決定的に違うのは被害の規模、死亡者数です。世界全体で第一次世界大戦の4倍に当たる4,000万人、日本では45万人。え?、マジで?。繰り返しますが、感染者ではなく<死亡者>が日本で45万人。関東大震災の約5倍です。

f:id:ap14jt56:20200303190011j:plain

 そのころ人類は細菌は知っていても、ウイルスの存在をまだ知りませんでした。亡くなった人の病理組織が保存されていて1990年代に解析され、スペイン風邪は新型トリインフルエンザだったと確定しています。

 この本はスペイン風邪の発症(まずはアメリカ)からヨーリッパに広がり、日本への襲来と被害を多くの資料、統計から浮き彫りにします。恐るべき猛威!。

 科学と医学の進歩で、私たちはウイルスというとんでもなく小さな生物が存在していること、しばしば悪さをすることくらい、誰でも知っています。ところが、細菌に対してはペニシリンなどの抗生物質・強力兵器で戦えますが、ウイルスに対しては現在も手元の対抗兵器は極めて心許ないのです。

 インフルに「タミフル」という薬がようやく10数年前に登場しました。しかし効くのは感染から48時間以内で、かつ万能ではない。もちろん新型コロナウイルスには無力です。したがって、対ウイルス戦となると重要なことは1世紀前とさほど変わらないのです。人混みを避ける、マスク、手洗い...。

 もちろん、新型コロナがスペイン風邪のような事態になるとは思えません。基本的な武器がないのは今も相変わらずですが、臨床における対処療法は劇的に進歩しています。極論するなら、たとえ呼吸が止まっても現代は人工呼吸器に繋いてとりあえず心停止は先送りできるのですから。

 さらに新型コロナは現在、新型インフルほどの強毒性を持っていません。ウイルス変異で、強毒性を獲得する可能性はありますが(本によると、ペイン風邪のインフルウイルスも変異してより強力になり、短期間に2度流行した)、変異してもインフルエンザウイルスほどではないと思います。素人の期待ですがw。

 大切なのは、最悪の想定はしつつも、常に理性的な思考を失わないこと。最近、ドラッグストアに朝できる行列を見ると、幻に感染している人が多すぎると不安を覚えます。トイレットペーパーや各種おむつが、本当に必要としている人にしっかり届いているなら、笑い事でも済むのですが。

 少なくとも人々の行動を見る限り、100年前に比べて何ら進歩していないか、メディアが発達した分だけ混乱が広範囲に及んでいるのは間違いないようです。私たちは本当の意味で<進歩>してきたのか、考えてみる必要がありそうです。

 それにしてもなぜ、戦争に匹敵する災害だった「スペイン風邪」が、歴史や歴史教育の中で軽視、あるいは忘れられているのか。著者の速水さんも疑問を呈しています。結局、歴史とは自然との戦いではなく、人の愚かさ(戦争や政争など)に焦点を当てる学問なのでしょうか。

               

  

 ちなみに、楡周平さんのこの小説も、対ウイルスのフィクションとして社会のあり方を問うなかなかの秀作です。

www.whitepapers.blog