ことばを食する

くーの、極めて私的な読書覚え書き。誰かにお薦めできると思った本を取り上げます

謎に迫る ミステリーのような面白さ 〜「日本語の成立」大野晋

 こんな想像を巡らせたことはありませんか。もし自分が卑弥呼の時代にタイムスリップしたら、どれくらい会話が通じるのだろう?。あるいは、縄文時代のある集落にだったら。そこではどんな日本語<ヤマトコトバ>が話されていて、例えば英語なんかよりはスムースに意思疎通できるのだろうか、と。

 想像の中でわたしは、現代の知見に加えて、ある程度の医薬品とか百円ライターを所持してタイムスリップするので(それ具合良すぎ!)、たちまち古代の小国の陰の王や、集落の偉大な神になってしまうのです。でも言葉が全く通じなければ、追い出されて餓死するか、最悪の場合殺されてしまうかもしれません。

 わたし、映画その他のタイムスリップもので、最初に違和感を感じるのが言葉です。だって、一番基本的な障壁が軽くお茶を濁してスルーされるのだから。

 ときどき脳内で一人遊びする戯言のような夢想に、光明を与えてくれたのが「日本語の成立」(大野晋、中央公論社)です。ん、頑張ればそれなりに会話できるかも!、と。でも現代でさえ早口の方言は外国語に等しい場合があるから、やはり難しいのかなあ。

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 わたしにとってこの1冊、果たして自分の言葉は時代によってどこまで通じるのかという大きな謎を解明していく、ミステリー小説もどきでした。長いヤマトコトバの変遷を綴った、壮大な歴史小説でもあります。あっ、もちろん本物の「小説」ではなく、日本語「論」ですが。

 文字を持たない時代にも、この国の人々はヤマトコトバを話し、社会生活を営み、選ばれた人々が部族の歴史や決まり事を物語で伝承していました。そういえば、実際にアイヌの人々などは明治の初めまでそんな社会を形作っていたのです。

 しかし、大昔のヤマトコトバの録音などもちろんありません。国語学者である大野さんの論考の面白さは、言語学の壁を超えて神話学、文化人類学、考古学など学問の縦の壁を排した総合的な姿勢で、原始のヤマトコトバの実態に迫るところです。

 イモ栽培と狩猟で生きていた縄文人の母音はこうだったーなど、具体的にわたしたちの祖先が話していた言葉が立ち現れてきて、謎を解き明かしていくミステリー小説を読んでいる気分になりました。

 古墳から発掘された鉄剣の刻印などから、ヤマトコトバは記録の道具である文字(中国から伝えられた漢字)を獲得し始めたことが分かります。やがて古事記、日本書紀、そして万葉集に代表される万葉仮名の世界。万葉仮名は、ちんぷんかんぷんの漢字の羅列にしか見えませんが。

 平安期に<かな文字>が生まれ、日本語化した漢字と融合してヤマトコトバの書き言葉に発展し、「源氏物語」のような傑作が生まれます。最後に、この本は仮名遣いを完成させた藤原定家にたどり着いたところで「完」となります。

 う〜ん。これがもし、交響曲だったら、わたしはアンコールの拍手!。でもアンコール曲はもう少し気軽に読める小品で^^;

 かなり専門的な分析もあり、実はそういう部分は斜め読みしました。日本語の変遷というストーリーがわくわくさせてくれるのであり、わたしのごとき素人が言語学の詳細に立ち向かっても辛いだけですから。

 山口仲美さんの「日本語の歴史」(岩波新書)を読んだ時も思ったのですが、現代が一番豊かで、過去に遡るほど不便で貧しくなるという常識は、自然科学をベースにした尺度です。言葉の世界において、その尺度は必ずしも通用しないということを痛感しました。

 人の心と、表現する言葉には、時代時代の豊かさがあり、ときには現代よりはるかに多彩だったのだと思います。

www.whitepapers.blog

 本書「日本語の成立」は、中央公論社から刊行された「日本語の世界」全16巻の中の1冊。絶版ですが、amazonnで中古出品のほか、「日本語はいかに成立したか」のタイトルで中公文庫にもなっているようです。