ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

出版が華だった時代 〜「ベストセラー伝説」本橋信宏

 夕陽の向こうに消えていった懐かしい出版物とそれを作った編集者たちの物語です。

 という冒頭の書き出しに惹かれて、つい買ってしまったのが「ベストセラー伝説」(本橋信宏、新潮新書)です。今は消えてしまったか、見る影もないけれど、かつて出版業界の最盛期に燦然と輝いた雑誌や本、またそこにかかわった人たちとは....。

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 ベストセラーと聞くと単行本をイメージしがちですが、戦後の長い期間に、圧倒的な部数を売り続けたのは「少年」「少年サンデー」「少年マガジン」をはじめとする、漫画月刊誌と週刊誌でした。毎月、あるいは毎週、何百万部と売れるわけですから、1冊きりの単行本など足元にも及びません。

 鉄人28号とアトム、巨人の星、あしたのジュー、がんばれ元気、などなど...漫画雑誌の発売日がどれほど楽しみだったか思い出しました。

 地味ですが、息の長い学習参考書の類も出版社にとって稼ぎ頭です。特に旺文社の「赤尾の豆単」、青春出版社の「試験に出る英単語」などは驚異的な部数を積み上げたロングセラー。

 振り返れば、わたしは「でる単」派で、ずいぶんお世話になりました。これも懐かしい...。

 100万部を超えた「週刊プレイボーイ」、「平凡パンチ」の素人ヌードはだれが口説いたのか。

 などという疑問にも、ストレートにぶつかっていきます。当時の「口説き担当者」を訪ねて取材すると、横にいる奥さんが補足で回想したり。つまり、脱いだ(説得されて脱がされた)モデルの一人が今は妻になっています。

 全体は以下の8つの章で構成してあります。初出は休刊になった「新潮45」に掲載された記事です。

 第1章 「冒険王」と「少年チャンピオン」

 第2章 「少年画報」と「まぼろし探偵」

 第3章 「科学」と「学習」

 第4章 ポプラ出版「少年探偵シリーズ」

 第5章 「平凡パンチ」と「週刊プレイボーイ」

 第6章 「豆単」と「でる単」

 第7章 「新々英文解釈研究」と「古文研究法」「新釈現代文」

 第8章 「ノストラダムスの大予言」

 

 「あとがき」の中で本橋さんは、ライターとしての自分をこんな風に書いています。例えば文豪たちの集合写真があったとして、キャプション(説明)が添えてあるとします。「左が芥川、一人おいて太宰」とか。このとばされてしまうのは、たいていは編集者。

 「一人おかれてしまった人物の人生を追うのが、私が自分に課したテーマであった」

 無名の、あるいは社会的にマイナーな世界の人を追うのは、本書に限らない本橋さんの姿勢だと思います。そしてライターとして、とても面白い視点です。無名の人生に潜んでいるドラマ、またその視点から両脇の著名人の実像に光を当てることも可能になります。

 本橋さんは1956(昭和31)年生まれ、フリーランスのライター。仕事ぶりは事件や政治を正面から追う硬派ではなく、体験を元にした等身大のルポを基調にして、時代の空気と人びとのリアルを浮かび上がらせます。

 「裏本時代」(飛鳥新社、現在は幻冬舎アウトロー文庫)や、東京のあちこちに昭和の面影を追ったルポなど、「あれ、こんなに読んでたっけ?」という感じで、気づけば7、8冊が手元にあります。うーん。もしかして、これはファンだということ?