「ヒロイン」(桜木紫乃、毎日新聞出版)は、23歳から17年間にわたる逃亡の物語です。華やかなタイトルと裏腹に、殺人罪の指名手配写真を気にしながら、次々と別人になりすまして世間を欺く長い旅。そこにも男との出会いと死があり、最後にようやく、ヒロインは自らを縛る過去の呪縛から抜けることができます。
生きるとは何か。幸せはどんな姿をしているのか。逃亡の生き様を描くことで、わたしたちの普段の生き方に裏側から光を当て、問いかけているようでもあります。
1995年3月、新興カルト教団による白昼テロが発生しました。実際の事件と教団をモデルにしていることは、だれにも分かります。当日、何も知らされないまま、ただ教団幹部に付いて東京の街中を歩き回った主人公。
一般市民を巻き込む大規模な毒ガステロが行われたこと、自分が実行犯の一人になったことを知ったのは事後です。17年に及ぶ、彼女の逃亡生活の始まりでした。
弱い人間だからこそ、自分を守ることを学んでいくヒロイン。彼女の正体を知りつつ、助ける人たちも、それぞれが過去を背負って生きています。不法滞在する残留日本人孤児の中国人、老いたスナックのママ、女性のルポライター。
桜木さんの魅力は、人物を描いて、ずっしり手応えあるキャラクターを創り上げること。軽さ、陽気さとは縁遠い人物ばかりです。小説に心晴れるストーリー展開や爽快感を期待する読者には、最後までちょっと息苦しい世界かもしれない。
しかし、生きづらさを積み上げることが、結局生きる現実ではないか。逃亡犯であれ、だれであれ。そんな気配が、作品の土壌から漂ってきます。
ヒロインは何も分からず実行犯に連れ回されただけです。その行為に当てはめるどんな罪があるのか。警察に出頭して裁判になり、自分の証言が受け入れられれば、重罪にならないであろうことは彼女自身が分かっています。ただし、証言の正しさを証明できる証人がいるのなら。
最終章、17年の逃亡の果てに束の間の幸福を得た彼女は、そこでようやく自分の<罪>に気づくことになります。それは、テロに関与した事実ではなく...。