ことばを食する

くーの、極めて私的な読書覚え書き。誰かにお薦めできると思った本を取り上げます

29歳で逝った棋士 病と闘い、天才・羽生と競い 〜「聖(さとし)の青春」大崎善生

 小説・つまりフィクションは、事実を超えることができないーと感じるのは、「聖の青春」(大崎善生、角川文庫 第13回新潮学芸賞受賞)のような作品を読んだときです。幼いころから重い腎臓病を宿命として背負いながら、棋士という厳しい勝負の世界に生き、最後は平成10年、29歳で進行がんに散ったいのちの軌跡を丹念に追ったノンフィクション。

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 村山聖(さとし)は昭和44年、広島に生まれました。4歳を前に重いネフローゼになり、子ども時代を病院のベッドで過ごしました。聖は病院に縛りつけられて苦しみながら、自由に羽ばたくことができる無限の世界を獲得します。それが将棋でした。

 昭和58年、まだ中学生の聖は病気を抱えたまま大阪に出て奨励会に入ります。同世代には、後にあらゆるタイトルを独占して一時代を築くことになる天才・羽生善治を筆頭に、新しい時代の棋士たちが顔をそろえていました。その中にあって、東の天才・羽生に対し、聖は西の「怪童」と呼ばれました。

 ネフローゼの再発と入院、闘病を続けながら、棋士としての壮絶な闘いが描かれます。聖の孤独を支える広島の両親、大阪の師匠・森棋士や友人たち。ライバルである羽生や名人・谷川浩の存在。そして、本の筆者である大崎さん自身が将棋雑誌編集者で、聖と深い交流がありました。

 実在する奨励会やプロ棋士の面々の、なんと人間的なことか。彼らが戦う将棋という盤上の勝負。これは将棋に限らず、全てのアスリートの世界は同じだと思いますが、最後の勝者は常に一人だけです。

 勝負の世界に生き、やがて成人して勝ち負けの意味について悩む、聖のナイーブさ。幼いころから病棟で死を見続けてきた人間ゆえの姿は、なかなか鮮烈です。

 聖は最高峰リーグであるA級棋士になり、それまで勝てなかったライバル・羽生を撃破し、しかしそのときすでに腎臓はボロボロになっており、進行した膀胱癌が発見されたのです。

 これは哀哭の<物語>ではなく、<記録>です。

 大崎さんは吉川英治文学新人賞を受けた小説「パイロットフィッシュ」の作家として認識していました。ところがデビュー作が本作であり、なんとノンフィクションだったとは。

 生前の聖との交流を反映しているのか、大崎さんの文章には節々に深い思い入れが感じられます。しかし感傷に流れることのない抑制が効いていて、平凡な書き手ならしらけてしまう記述がむしろ読ませどころになっています。

 自分が生きてきた時間の生温さに、静かに唇を噛んだ一冊でした。