北海道大学柔道部に憧れ、二浪して入学した<私>が、ディーゼル機関車に揺られて札幌駅に着くところから、「七帝柔道記」(増田俊也、角川書店)は始まります。4月だというのにホームにはまだあちこち雪が残り、吐く息は白く...。
そこから展開するのは汗と涙と、肉体がぶつかり合う柔道という格闘技の世界です。体育会系などではなく、<体育会>そのもの。わたしが経験した学生生活の対極にある世界ですが、作品が発する男たちの熱量にこちらの心も共振しました。
ところで、北大の柔道部に憧れて?。大学で柔道やるなら、強豪校はいくらでもあるのでは?、という疑問はすぐに理由が明らかにされます。
私たちが知っている柔道は「講道館柔道」です。明治時代に嘉納治五郎が様々な柔術・柔道流派を束ねて創始したのですが、当然ながらその流れに乗らない、講道館とは違う柔道も戦前まではそれなりの勢いを誇っていました。
非・講道館柔道を代表する流れが、旧制高校などで行われていた高専柔道です。ポイント制などなく、勝負が決するのは「1本」、あるいは「参った」、または「落とす(気絶させる)」のみ。場外もないまさに「格闘技」柔道で、確実に勝つ、あるいは負けないために寝技が中心になります。威力をふるうのは関節技や絞め技...。
その高専柔道は現在、「七帝柔道」として九大、東大、名古屋大、阪大、東北大、京大、そして北海道大学の7校に引き継がれ、毎年定期戦が開催されています。主人公の<私>は、その格闘技柔道に憧れて北海道の地を踏んだのです。
帯によれば「自伝的青春小説」。崖っぷちに立ち続けた体験があったからこそ、自らの青春時代を愛おしむ権利があるのだと、すんなり胸に落ちる作品でした。
増田さんは4年生で最後の七帝柔道の試合を終えた後、北海道大学を中退。新聞記者をへて、大宅賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞したノンフィクション「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」(新潮文庫)を書き上げています。
スポーツのノンフィクションは多彩ですが、これは異色の力作。ノンフィクションの醍醐味は勝者より、しばしば敗者の悲劇を追うことにあります。泥水だらけの現実をからめ、残酷な勝負の世界を冷徹に描き切ってヒューマン・ストーリーを浮かび上がらせた秀作の一つです。
ん?。この稿、いったいどちらのレビューだっけ?