ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

面白い歴史でなく、歴史の面白さ 〜新版「日本国紀」百田尚樹

 百田尚樹さんという小説家による歴史本・日本通史が「日本国紀」(幻冬舎文庫、上下巻)です。百田さんを知る人がまず思い浮かべるのは、「永遠の0」や「海賊と呼ばれた男」(本屋大賞)のはず。2作ともとても面白い小説で、一気読みした人は多いと思います。
 もちろん小説家が書いたからと言って、本書は<小説>ではありません。古代から令和の今に至るまで、歴史の事実を細かく積み上げて記述された日本人の歩みです。

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 実は単行本が刊行された2018年、興味をそそられたのですが、一部の事実誤認や解釈について、ネット上でさまざまに意見が出たことも知っていました。こうした本の場合、複数の歴史の専門家がゲラ段階でチェックしたはずで、それでも事実誤認という異論が出るということは、なんとなく歴史学、あるいは思想上の狭い世界の争いに巻き込まれそうな気がして(そんなわけないだろw)...ともかく敬遠しました。
 今回ついに手にしたのは、本の帯に「大幅加筆により生まれ変わった、令和完全版!」と言うフレーズがあったからです。一度、世間の波に揉まれた改訂版なら、読んでみようかな...、みたいな感じで。うん、わたしは結構単純なのだ。
 
 さて、学校で強制される歴史の教科書は、どうしてあれほど見事につまらないのでしょうか。答えは、大部分が歴史年表を文章にしてつなげてあるに等しいからです。受験で求められる基礎は暗記する能力。これで歴史に興味を持てと言う方が、どうかしています。
 645年、大化の改新。蘇我氏滅びる。1945年8月、ポツダム宣言受託。戦争の終結。こうした結末に至るまでの男や女の涙、怒りの連鎖について、教科書は述べません。まあ、こだわったらキリがなくなるのは確かなのですが、無味乾燥な記述の背後に人間の生臭いドラマを嗅ぎつけるかどうかが、もっと歴史を知ろうとするか、スルーするかの分かれ目です。
 そして、もっと歴史を知ろうとする人にとって「日本国紀」はなかなか刺激的です。奮い立ち、挫折し、涙し、また起き上がる古代からのストーリーを<日本人>という一人の(無数の)主人公に託してあるからです。守べきは、この国に生まれた誇り。
 一人が<人間としての誇り>を守り通す闘いは、誰もが拍手喝采します。ところが、日本人が<民族としての誇り>を守ろうと主張したとたんに、一部から反論が押し寄せます。軍国主義へ戻るのか、侵略戦争を忘れたのかーと。日本はなぜこのような奇妙な国になってしまったのか。百田さんの歴史分析は実に興味深い。
 改めて述べておきますが、事実は一つでもその事実の受け止め(解釈)、あるいは複数の事実からの取捨選択の判断は、人の数だけあります。歴史とはつまり、個人的な解釈の集積であり、時代時代の多数派が正しいとされる歴史観を作っているに過ぎません。
 「日本国紀」に述べられた歴史観を、読者としてどうとらえるかはそれぞれでしょう。ただし全面肯定も、全面否定も、どちらも危ういなあ。まずは肩の力を抜いて、読んでみてください。こんな老婆心を吐露してしまうのは、ちょっと尖った面白さがあるからです。