ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

色とりどりの宝石たち 〜「巻頭随筆 百年の百選」文藝春秋編

 命まで賭けた女(おなご)てこれかいな

 無名の人の、知られざる1句。川柳の句集「有夫恋」が異例の大ベストセラーになった時実新子さんが、平成6(1994)年4月号の月刊誌「文藝春秋」に書いたエッセイで、取り上げている1句です。わたしは思わず笑ってしまいましたが、時実さんも思い出しては笑っていたらしい。そして、こう書いています。

 この句は見れば見るほどあたたかい。

 なるほど。言われた妻の方は怒り心頭か、苦笑いか。しかし、この句の笑いの底には、妻へのどっしりとした愛情が感じられます。

 「巻頭随筆 百年の百選」(文藝春秋編)の、巻頭に置かれているのが時実さんのこの随想。思わず、部屋の書架のどこか奥に「有夫恋」があったはず..と見回し、しかしすぐに次のエッセイを読み始めて忘れてしまう。2作目は歌手、淡谷のり子さんの「八十六歳の執念」...。

 雑誌「文藝春秋」が作家・菊池寛によって100年前に創刊されたことは、知る人ぞ知るところ。創刊は大正12(1923)年で、巻頭随筆が芥川龍之介「侏儒の言葉」第1回でした。私は「文藝春秋」の読者とはとうてい言えませんが、それでも年に1回か2回、買うことがあります。

 芥川賞発表後、受賞作が全文掲載されるからです。ところが受賞作より、巻頭に置かれた数人の随筆の方がいつまでも心に残る事実に、以前から気づいていました。創刊以来100年の選りすぐりの原稿100本を本にしたとなれば、買わないわけにはいきません。そして時代時代の空気を嗅ぎながら、1世紀を旅することができました。

 構成は3部。第1部は「平成から令和へ 平成6〜令和3年」で、近年の名随筆が集めてあります。第2部「名物連載の第1回」は、芥川、小泉信三など、これもそうそうたる顔ぶれです。第3部は「昭和の名随筆 昭和38〜平成4年」。筆者は作家、政治家、経済人、タレントなど、時代を表と裏で彩った人ばかり。伝わってくるそれぞれの精神は、今もちっとも色褪せていません。

 この類の本、ベストセラーにはなりにくいのですが、ちょっと拾い読みして楽しく、小さなタイムスリップも味わえて、わたしはお気に入りです。

            

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