おいおい、なんで今ごろ「サラダ記念日」(俵万智、河出書房新社)なんだよ。と、わたしがこの稿のタイトルを見たら思うでしょう。いや、若い世代はそもそもこの本を知らなくて、新作のライトな恋愛小説か何かだと思うのかも。
小説ではなくて、歌集です。舞台裏を明かせば、来週締め切りが来るコラム(貴重な書籍代&酒代稼ぎ)のネタを探して、ネットで『今日は何の日』と言うページを見ていたら出てきたのです。
<7月4日=梨の日、5日=みたらし団子の日、6日=サラダ記念日....>。えっ。本物の記念日になってたの?
「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
初版は1987年5月8日。わたしの手元にあるのは7月11日の25版。大ベストセラーになりました。もし当時、流行語大賞があったならノミネートされていたこと間違いなしです。短歌という一般的にはほこりにまみれていた表現形式を、口語で現代にアピールした功績は計り知れません。
読み直してみて、当時以上に新鮮でした。
落ちてきた雨を見上げてそのままの形でふいに、唇が欲し
我だけを想う男のつまらなさ知りつつ君にそれを望めり
初々しいなあ。なんか、切ないなあ。まあ当時、俵さんは早稲田の学生だったのだから、青春していて当然なのですが。こんな初々しい感覚は、やがて社会の荒波に散々揉まれて.....も、心の底で生き残り、決して消えません。そう、簡単には消えないさまざまな心根が見事に切り取られ、31文字に表現されています。
一冊の歌集には、歌を通して底流に輪郭が曖昧なストーリーが流れていて、一つは<男と女>です。それを<愛>という言葉で、大上段に構えるべきではないテーマ。実はそうした男と女の日常の断片こそが<愛>というものだったと気づくのは、老人になってからでいいのです。
そして男と女には、別れがある。
君を待つことなくなりて快晴の土曜も雨の火曜も同じ
新しき恋はあらぬか求めてもおらぬ夕べにつぶやいてみる
振り返れば、「サラダ記念日」から少し後に出て話題になったのが、時実新子さんの575の世界。「有夫恋」(朝日新聞社)でした。
ほんとうに刺すからそこに立たないで
愛咬やはるかはるかにさくら散る
こちらは大人の世界だなあ。しかし今日は、「有夫恋」の方まで再読するエネルギーはありません^^;。
「サラダ記念日」に話を戻せば、あとがきに俵さんはこう書いています。
原作・脚色・主演・演出=俵万智、の一人芝居ーーそれがこの歌集かと思う。ご観覧くださったかたに感謝しつつ、わたしはまだ舞台の上にいる自分を発見する。幕はおりていないのだ。生きることがうたうことだから。
今も舞台の上ですね。見える風景はさまざまに変わっただろうけれど。
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(追記)調べてみると、1987年にはすでに流行語大賞がありました。wikiには
1984年(昭和59年)に創始された。毎年12月1日に発表される。なお、同日が土曜日・日曜日の場合は次の平日に発表となる。
候補となる言葉は『現代用語の基礎知識』(自由国民社・刊)の読者アンケートの結果から編集部によって選出された30語から50語が候補としてノミネートされ、その中から新語・流行語大賞選考委員会(選考委員7名)によってトップテンと年間大賞が選定される。
とあります。追記して本記の一部「もし当時、流行語大賞があったならノミネートされていたこと間違いなしです」の削除・訂正に代えます。ごめんなさい!。主催団体や内容はその後、何度か変わって現在に至っています。
ちなみに1987年の流行語は「懲りない○○」でした。安部譲二さんのベストセラー小説からですね。
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